「来たみたいね、ダーリン」
「もう、囃さないでよ」

バイクのエンジン音が聞こえたらお別れの合図。

「また掛けるわね」と黒電話を指さして笑った彼女の家を出て、迎えに来てくれた彼に駆け寄り抱きついた。

「バカ、危ないだろ」
「迎えに来てくれてありがとう!」
「…お前1人じゃあ 危ないからな」

彼がヘルメットを少し深く被る。顔さえも見えないほどに。

私はそれが照れ隠しだと思ったけれど、彼は「早く乗れ」の合図のつもりだったから、わざと勢いを付けて飛び乗るような形で、そしてどさくさに紛れて彼の腰に手を回した。

「バカ、危ないだろ」
「そればっかりね」

発進したバイクはビュンビュンと風を切って、景色だけが後ろへ流れていく。
最初の頃はこの浮遊感に怯えていたけれど、今は怖がっているふりをしてしがみついているだけ。

「ねぇ、スピード落として!」なんてセリフも、バイバイまでの時間を少しでも長く取るためだけのもの。