どうして。
どうして分かってくれないの。
どうしてこんなことをするの。

理人さんの腕の中で、私はどうしようもできない思いに駆られていた。
好きな人に抱きしめられているというのに、甘さなんてひとかけらも感じられない。
徐々に浮かんでくる涙を必死になって堪えた。
ここで泣いてしまっては、きっと取り返しがつかなくなる。

「アタシが今こうしていることが、あなたを追いつめることだって分かってる。でも、やめてあげられない」

身長差のせいで意図せず耳元で囁かれ、私はびくりと肩を揺らした。
これでは意識していることが丸分かりだが、だからと言ってどうすることもできない。
きつく抱きしめてくる胸に手を当てて押し返しても、宣言されたとおり、びくともしないどころか、余計に力を加えられてしまった。

「ねぇ、雨音。あなたはアタシの大切な子よ。だから自分が傷つくことより、あなたが傷つくことの方がよほど辛いの」

「私、傷ついてなんか……」

「それ、アタシの目を見て言える?」

すると理人さんは私の顎をすくい、至近距離で瞳を覗きこんだ。

どうしよう。
きっと今だって、私は愛しい人を想う目をしているはずなのに。

目を瞑ることもそらすことも、否定も肯定もできず、曖昧に瞳を揺らす。
どうか気づかないでいてと、強く祈りながら。

「あなたを傷つけているのはアタシなんでしょう? だとしたら、それはアタシにとって何よりも辛いことだわ」

理人さんの持つ色素の薄い目が、私の理性を溶かそうとする。
その色を振り切るように拳をつくり、彼の胸を叩いた。

「ごめん、言えない」

「雨音……」

「私も理人さんと同じだから。今思ってることを言ったら、絶対に理人さんを傷つける。だから言えない」

俯いて、やっと彼と距離を取る。
握っていた拳が、だらりと開いていた。

結局、私は上手く立ち回れないままだ。
そんな自分が嫌になる。

今、理人さんはどんなことを考えているのだろう。
どんな表情をしているのだろう。
怖くて、彼の顔を見ることができない。

「……雨音は、アタシが嫌い?」

「っ、どうしてそうなるの」

すると突然、理人さんは全く予想外なことを言った。
その言葉に驚き、つい顔を上げると、彼は落ち着いた微笑みをたたえながら私を見下ろしていた。

どうして今、そんなことを聞くのだろう。
ふざけているようには見えないけれど。

「アタシが雨音に傷つけられるとしたら、それはあなたに嫌われたときくらいよ。ねぇ、アタシのこと、もう嫌いになっちゃった?」

「……私が理人さんを嫌いになることなんて、あるはずないでしょう」

「本当に?」

「当たり前だよ……」

「そう、よかった」

これではまるで、母親に嫌われたくない子供みたいではないか。
なんだか間の抜けたやりとりに、肩の力まで抜ける。