――8月。

夏休みも半ばを迎え、今は暑さの盛り。
そんななか私と颯司くんは、とある理由で登校を余儀なくされていた。

「……就職組だからって、なまけてた罰だな」

「あはは、おつかれさま」

互いに用事を済ませた私たちは、炎天下の帰り道を並んで歩いていた。
蝉の声は騒がしく、あまりの暑さのせいか、遠くのアスファルトの上には逃げ水が見える。

颯司くんは今日、夏休みの補習を受けに登校していたそうだ。
どうやら期末テストの結果がどの科目も悲惨で、「このままでは卒業できないぞ」と言われていたらしい。
曰く、あとは出された課題をこなせば、留年の危機は免れるようだが。
いつも以上に気だるげな表情をした彼は、課題である分厚い紙の束で自分を扇ぎながら、心底うんざりしたように息を吐いた。

「そう言えば、雨音はどうだったんだよ、進路面談」

「うん。まぁ、なんとか」

私はというと、今日は担任の先生との進路面談のために学校へ来ていた。
クラス全員の面談はひと月前に終わっていたが、進路に迷っていた私は、とうとう第一志望が決まらないまま夏休みに突入してしまい、休み中にもう一度行うことになっていたのだ。

「先生とたくさん話して、第一志望も変えてきたよ」

「やっぱり東京か?」

「うん。私立の大学」

私が改めて決めた志望校は、都内にキャンパスのある大学だった。
偏差値も倍率もそこまで高くはなく、今の成績なら、これからの勉強次第で十分合格できるレベルらしい。

「……それで、どういう心境の変化があったわけ?」

私が語ったわずかな話だけで、颯司くんはほとんどすべてのことを悟った様子だったけれど、あえてそう尋ねてくれた。
ずっと溜め込んでいたこの思いを。聞いてくれようとしているのだろう。
横目で静かにこちらを見た彼の視線を、私も自分の瞳で受け止め、息を吸い込む。

「颯司くん、最近の理人さんの作品、見た?」

「理人の……?」

私が聞くと、颯司くんは特段迷った様子もなく、「最近だと、あれだろ?」と答えた。

「コンベンションセンターがオープンしたときに飾られてたやつ。たしか赤い花のオブジェみたいな感じの」

「そう、それ」

相槌を打ちながら、私もそんな理人さんの作品を思い出していた。

あれは、今年の5月のことだ。
県が新しく建設した複合施設のオープニングイベントに、理人さんの作品を飾りたいという依頼がきたのだ。
基本的にトロイメライのお仕事優先で、あまり外仕事を受けない理人さんも、「地域貢献になれば」と快く承諾していた。
イベントは先月の末に執り行われ、予定通り、理人さんの新作もホールの中央という目立つ場所でお披露目された。

「すごかったよな、あれ。俺みたいな素人が見ても圧倒されたし」

「うん。本当に」

数ヶ月の試行錯誤を経てつくり上げられたのは、無数に咲く赤い花が印象的な、全長2メートルほどの大きな作品だった。
珍しく和の雰囲気も取り入れられており、彼の新たな一面がうかがえるアレンジだ。
搬入の際にお手伝いに行った私も、仕事そっちのけで目を奪われるくらい、それはすばらしい出来だった。