けれど私は特別、雨が嫌いではなかった。
それは自分の名前に雨の文字が入っているからなのだろうか。
雨が降るときの、あの懐かしいような切ない匂いも、サーサーと立つ雨粒の音も、なんだか心地よく感じるのだ。
この時期に咲く紫陽花や花菖蒲なんかは、雨雫の滴る姿が花の美しさを一層引き立てたりして、梅雨の楽しみのひとつにもなっている。
だから雨は嫌いではないのだけれど、私はここ一週間、晴れろ晴れろと何度も空に祈っていた。

理由は今週末の土曜日にある。
その日、ついに暖花さんの結婚式が執り行われるのだ。
挙式後にフラワーシャワーの演出も予定しているし、快晴とはいかないまでも、せめて雨は降らないでほしい。
都合のいい願いだということは分かっているけれど、やはり祈らずにはいられなかった。

けれど、そんな私の祈りが神様に通じたのだろうか。
結婚式当日、久しぶりに雨の上がった空は、薄く雲が刷き、穏やかな晴れ間を見せていたのだが。

「お仕事っ?」

「ええ、懇意にさせてもらってる方から急な依頼が入って」

事件が起こったのは、早朝のことだった。
依頼が入った理人さんは、急遽一人で仕事に向かうことになってしまったのだ。

「姉さんにはもう伝えてあるし、式には間に合うようにするから。雨音は先に式場に行っててちょうだい」

「大丈夫なの……?」

「平気よ。アタシを誰だと思ってるの? 任せなさい」

そう言い残して、理人さんは瞬く間にトロイメライを出て行く。

こんな大切な日に、なんてことだろう。
小さくなっていく彼の後ろ姿を見送りながら、私は波乱の幕開けを感じていた。