私が真田家の人々に出会ってから、一年半後のこと。
国立大学の園芸学部を卒業した理人さんは、それからさらに一年をかけ、ついにお家の一角に念願だったお花屋さんをオープンさせた。
お店の名前は――トロイメライ。
理人さんの故郷であるドイツの言葉で、“夢見心地”という意味があるらしい。

突如として街角に現れたそのお花屋さんは、すぐに近所の奥さんたちの心に火を点け、トロイメライは瞬く間に人気のお店になった。
外観や内装のセンスのよさはもちろんのこと、理人さんの買いつける花々や施すアレンジメントは、買う人をまさに夢見心地にさせたのだ。

そんな彼の勢いが、小さな街のみに留まるはずもない。
かの有名なフラワーデザイナー、真田理花子の息子だということを公にしていなかったにもかかわらず、彼は己の実力のみで各地にその名を轟かせていった。
雑誌やテレビはその若き才能を幾度となく報じ、理人さんは多数のメディアから取材の申し入れを受けたらしい。
しかし彼はお店での仕事があるからと、そのほとんどを断っていた。
理人さんはあくまでトロイメライの店長であり続けたのだ。

そんな理人さんの姿を見ながら、私も彼の隣で少しずつ成長していった。
彼からもらった図鑑や、直接教わった知識のおかげで、今ではそこら辺の人には負けないくらいお花に詳しくなったと思う。

そして季節は巡り、私はいつしか高校生――17歳になっていた。



「わぁっ……! 絶対こっちの方がいいよ、暖花さん!」

「そう? でも、やっぱり首元が開きすぎてない?」

「ウエディングドレスはそういうものなの!」

――2月。

高校2年生の冬を終えようとしていた私は、暖花さんの付き添いでウエディングの専門店へと足を運んでいた。
照明に照らされてきらきら輝く室内は、お姫様のクローゼットのように、たくさんのドレスに溢れている。
今日はその中から、暖花さんにとびきり似合うドレスを探しにきたのだ。

そう、暖花さんは今年の6月に結婚式を挙げる。
これもそのための準備の内のひとつだ。

「でも、あっちのAラインのとか、プリンセスラインのとか、もっとふわふわしたものも良いと思うんだけどなぁ」

「あんな可愛いのなんて柄じゃないわよ! 私みたいなおばさんにはムリ!」

「もう! 暖花さんは綺麗だしおばさんじゃないよ!」

自分を卑下する暖花さんを叱咤しつつ、ドレスをまとった彼女をもう一度見つめる。
暖花さんが試着したのは、細やかな刺繍が入ったスレンダーラインのドレスだ。
首元や腕なんて出せないと言うのを説得し、やっと試着させたビスチェ型のそのドレスは、流れるようなラインが上品で美しく、背の高い彼女にとてもよく合っている。
私としてはもう少しデザインの凝った華やかなドレスでも良いと思うのだが、とにかくシンプルなものをというところだけは譲れないらしい。
そんな折衷案で決めたドレスだけれど、我ながら良いものを見繕ったのではないか。
心の中でそう自画自賛しながら、私は密かにガッツポーズをした。

「まぁ雨音が言うなら、これが一番いいのかもしれないわ」

そう言った暖花さんも、どうやら私と同じことを考えてくれていたようだった。
ドレスの裾をつまみながら、照れた様子で笑う彼女を見て、なんだか誇らしくなる。