最高神である夫婦神。
そこから産まれた最初の子は水を司る蛇神だった。
本来なら祝福され、喜ばれるべき男児。
けれど、子供の顔を見た女神は悲鳴を上げた。
女神とは似ても似つかぬ白い老人のような髪と、金色の目。
そればかりか、顔の半分を覆う鱗に、女神は恐れ戦いた。
このような醜いもの自分の子ではないと。
産まれたばかりの我が子に向け、そう言い放った。
母にすら忌み嫌われる蛇神に見向きする者はいなかった。
いつも独りぼっちの蛇神。
親に甘えることも知らず、頼ることを知らず、心許せる者もいないまま育った蛇神は、いつしか感情をなくしていった。
成長すると、追い立てられるように神殿を出された。
別に悲しくはなかった。
むしろせいせいしたぐらいだ。
顔を合わせる度に、醜いと癇癪を起こす母神に辟易としていたからだ。
蛇神は深い森の中にある神殿で眷族と共にひっそりと暮らしていた。
何年も、何百年も、何千年も変わらぬ日々。
誰も訪れぬ静かな神殿で過ごした。
神だけでなく、人もあやかしも、蛇神の姿を見ると恐怖した。
その反応を見るのが嫌だった蛇神は誰も近付かせぬように、神殿に結界を張った。
煩わしい外の世界から逃げるように。
眷属達はいたが、彼らは蛇神によって作られた者達。
主人である蛇神の話し相手にはなれども、臣下でしかない眷属達は全て是という回答しか返ってこない。
いつしか、そんな眷属達との会話にも飽いた。
退屈な日が繰り返される。
その度に蛇神の心は凍り付いていく。
しかし、転機はある日突然訪れた。
神域である蛇神が住む森に誰かが侵入した気配がした。
神殿の周囲には結界を張ってあるので、神殿に入ってくる心配はなかった。
ぞろぞろと数人の気配。
その気配は、一つの小さな何かを残して去っていった。
気配は小さく、放っておけばいずれ大地に還るだろう。
正直、こういうことはこれが初めてではなかった。
何十年かに一度、大勢で神域に入ってきたかと思うと、誰か一人を残して去って行くのだ。
決まって小さな妖気を感じていたので、あやかしの子供か何かだろうと思っていたが、蛇神は決して手を出さなかった。
放置された小さな気配はしばらくするといつの間にかなくなっていた。
特に何にも感じなかった。
感情のない蛇神の心は微塵も揺らがない。
だから、いつものように無視すれば良かった。
そうすれば、いずれまた静かな世界に戻る。
けれど、その時蛇神は何故か気まぐれを起こした。