「普通の道場だよ。五人立の練習ができるくらいの広さがあるよ」
 そうか。と古林は頷く。自分の中学校との比較でもしているのか、あごに手を添え考える素振りを見せる。
「中学生と練習か。こりゃ下手なとこ見せられないな」
 高瀬が威勢のいいことを口走る。高瀬も初心者だろって思わず突っ込みたくなる。
「おーい。お前ら行くぞ」
 会話を終えた的場先生が、僕達の元に駆け寄ってくる。その後ろからゆっくりと歩み寄ってきた真矢先生と目が合う。僕は思わず視線を逸らしてしまった。
 中学時代の嫌な思い出が蘇ってくる。正直、ここに戻ってきたくはなかった。忘れていた嫌な出来事が思い出される。僕は動揺を隠せなかった。
 真矢先生に連れられて校内を歩き続けると、目の前に懐かしい風景が見えてきた。
「ここが道場です。ちょうど部員の子たちが練習しているので、ぜひ見学していってください」
 真矢先生のご厚意に甘える形で、僕達は道場の中へと入る。丁度、(たち)が行われていた。
 目の前で繰り広げられる練習と道場の静謐な雰囲気は、大会の時とは違う違和感みたいなものを覚える。立に入っている人との距離が近いからなのかもしれない。弦音(つるね)が大きく聞こえる。それにかつて練習に打ち込んだ懐かしい道場の空気に、感慨深い気持ちを抱かずにはいられなかった。
 僕達は立の真後ろに場所をとり、腰を下ろした。松草中学校の道場は、最大六人まで的前に入ることができる。中学校でここまで設備の整っている道場があるのは珍しい。大会では三人立と五人立の試合が行われるため、どちらも練習ができる道場は優秀だと言っていいと思う。
 一射ごとに上級生と思われる生徒がアドバイスを送っている。実際に目の前で繰り広げられている練習は、僕の理想とする練習風景だった。
 そんな中、僕はとある生徒が気になった。前射場の大前(おおまえ)に入っている女性。一射目を放ったときの弦音がやけに早かった気がした。後ろ射場の大前の人は引分けに入ったところなのに。気になった僕は、そのままその生徒を見続ける。打起し、大三。ここまでは何も問題を感じられない。引分けに入っても綺麗な形を保っているように見えた。
 大丈夫そうだなと思った瞬間、矢が的に向かって飛んでいった。あまりの早さに、僕は空いた口が塞がらなかった。そして、最悪な状況が僕の脳内をよぎった。