「先輩、大丈夫でしたか? すみません、僕が席を外したばっかりに」

 よく見ると塩見くんは、肩で息をしていた。もしかして、私を待たせないように走って戻ってきてくれたのだろうか。

「ううん……。塩見くんのおかげで助かった」
「怖くなかったですか?」

 隣の席に戻った塩見くんが、真剣な表情で私を見つめる。

「……怖い?」

 酔っている男性に強い口調で対応することにためらいはないし、必要だったら背負い投げだってする。そんな私だって、普通の女の子みたいに怖がっていいんだって初めて気づいて、自分の心をがんじがらめにしていた縄がしゅるしゅるとほどけた。

「……あ、あれ?」

 気が緩んだとたんに涙がぽろぽろこぼれて、「おかしいな」と言いながら手の甲で拭う。

「やっぱり怖かったですよね。もう、大丈夫ですよ」

 塩見くんが、私の身体を軽く抱き締めるようにして、「よしよし」と背中を優しく叩いてくれる。

「守れなくて、すみません」
「違う……違うの」

 塩見くんはちゃんと、守ってくれた。酔っ払いからも、過去のトラウマからも。私が自分でかけた呪縛でさえも、解いてくれた。

 私の涙が止まるまで、ほかのお客さんの目からかばうようにして、塩見くんはずっと、広い胸で私を包んでいてくれた。