「うん。ただ、テレビ番組のこととか、好きな本のこととか……くだらない冗談とか」
「俺とか槙瀬さんと、みたいに?」
「ああ、うん、そう」
榊さんがにっこりと微笑む。その笑顔は屈託がなくて、俺も彼女の役に立てているのだと思えて、こんな話の最中だったけれど嬉しくなった。
「でもね、できなかった」
フッと、息を吐いて。
「あたしがね、どんな男の子とでも話せていれば問題がなかったんだけど、ほかの人とは話さないのに、その人とだけ話すのは……変でしょう?」
「そう、かな?」
「だってさ、あたしがその人だけを特別に思ってるみたいに思われちゃうかも知れないし……、彼女がいる人だし……」
もう一度、ため息。
「それに、やっぱり普通に話なんかできなかったと思う」
淋しそうな榊さん。臆病で自信のない高校生だったころの思い出……か。
(……ん?)
急に思い当たった。
同窓会って、当時の好きだった相手に会ったりするのも楽しみの一つなんじゃないだろうか。話はしなくても、当時のことを思い出したりして。しかも28歳という年齢だと、それぞれ大人になって、見た目も中身も格好良くなっている可能性があるのに。
「その人に会いたくないんですか?」
「うん」
「でも、普通はそういう相手に会いたいって思ったりしませんか? どうなってるかなーって。ちらっと見るだけでも」
「無理。絶対。目が合ったりしたら困るもん」
「そんなに恥ずかしいんですか?」
やっぱり好きだったんじゃないのか?
「 “恥ずかしい” じゃ、済まないんだもん……」
「どうしてですか?」
「だって……、あ~~~~~……」
榊さんはまた苦しい顔になって両手で顔を押さえた。そんなに会いたくない理由があるのだろうか?
「やっちゃったんだよ……」
頭を抱えた榊さんが、俺を見つめて低くつぶやいた。
「何を……?」
つられて俺も声をひそめる。
「卒業したあとの春休みにね、」
「はい」
「手紙を出しちゃった」
「ええええええぇ!?」
意外にも思い切った行動だったので、びっくりした。話しかけることはできなかったけど、手紙は出せたのか、と。
「意外と大胆ですね」
「ときどきあるんだよね……」
そう言って、ため息をついた。
「ものすごく迷ってね、最終的に “やらないよりは、やる方がマシ!” って思うの」
「ああ……」
「でも、そういうときって、必ずあとで後悔するんだよね……」
わかるような気がする……。
「あ~~~~!」
また両頬に手をあてて、彼女が言い訳をした。
「だって、もう会わないと思ったんだもん」
「はい」
「もう会わないから、言わなくちゃいけないことがあるような気がして」
「ええ」
「書いたら気持ちを整理できるような気がしたし」
気持ちを……って。
「何を書いたんですか?」
「え……?」
「告白したんですか?」
「いや、まさか」
榊さんが恐ろしそうに否定する。
「さっき言ったでしょ、好きかどうかわからないって……」
「ああ、そうでしたね。じゃあ……?」
「お礼」
「お礼?」
「何て言うか……、話しかけてくれてありがとう、みたいな?」
それはお礼を言うようなことなのか? さっきの話では、まったくそうは思えないけど。
「あと……」
まだあるんだ?
「もう少しお話ししたかった、とか……」
「ああ……」
なんか……可愛い。
「それだけですか?」
「たぶん……そんな感じ……」
押さえていた頬から手を離すと、頬が赤くなっていた。それは手の跡じゃなく、今の話をしたせいらしい。
彼女は片手で顔をあおぎながら、コップのビールをぐいっと飲んだ。
「あ~……、きっと、意味不明の変な女だと思われてるよ……」
俺はそのあとずっと、「来ないかも知れませんよ」「手紙のことは忘れてますよ」などと慰め続けた。けれど榊さんはそんな言葉には納得せず、ずっとネガティブな想像にはまり込んだままだった。
「俺とか槙瀬さんと、みたいに?」
「ああ、うん、そう」
榊さんがにっこりと微笑む。その笑顔は屈託がなくて、俺も彼女の役に立てているのだと思えて、こんな話の最中だったけれど嬉しくなった。
「でもね、できなかった」
フッと、息を吐いて。
「あたしがね、どんな男の子とでも話せていれば問題がなかったんだけど、ほかの人とは話さないのに、その人とだけ話すのは……変でしょう?」
「そう、かな?」
「だってさ、あたしがその人だけを特別に思ってるみたいに思われちゃうかも知れないし……、彼女がいる人だし……」
もう一度、ため息。
「それに、やっぱり普通に話なんかできなかったと思う」
淋しそうな榊さん。臆病で自信のない高校生だったころの思い出……か。
(……ん?)
急に思い当たった。
同窓会って、当時の好きだった相手に会ったりするのも楽しみの一つなんじゃないだろうか。話はしなくても、当時のことを思い出したりして。しかも28歳という年齢だと、それぞれ大人になって、見た目も中身も格好良くなっている可能性があるのに。
「その人に会いたくないんですか?」
「うん」
「でも、普通はそういう相手に会いたいって思ったりしませんか? どうなってるかなーって。ちらっと見るだけでも」
「無理。絶対。目が合ったりしたら困るもん」
「そんなに恥ずかしいんですか?」
やっぱり好きだったんじゃないのか?
「 “恥ずかしい” じゃ、済まないんだもん……」
「どうしてですか?」
「だって……、あ~~~~~……」
榊さんはまた苦しい顔になって両手で顔を押さえた。そんなに会いたくない理由があるのだろうか?
「やっちゃったんだよ……」
頭を抱えた榊さんが、俺を見つめて低くつぶやいた。
「何を……?」
つられて俺も声をひそめる。
「卒業したあとの春休みにね、」
「はい」
「手紙を出しちゃった」
「ええええええぇ!?」
意外にも思い切った行動だったので、びっくりした。話しかけることはできなかったけど、手紙は出せたのか、と。
「意外と大胆ですね」
「ときどきあるんだよね……」
そう言って、ため息をついた。
「ものすごく迷ってね、最終的に “やらないよりは、やる方がマシ!” って思うの」
「ああ……」
「でも、そういうときって、必ずあとで後悔するんだよね……」
わかるような気がする……。
「あ~~~~!」
また両頬に手をあてて、彼女が言い訳をした。
「だって、もう会わないと思ったんだもん」
「はい」
「もう会わないから、言わなくちゃいけないことがあるような気がして」
「ええ」
「書いたら気持ちを整理できるような気がしたし」
気持ちを……って。
「何を書いたんですか?」
「え……?」
「告白したんですか?」
「いや、まさか」
榊さんが恐ろしそうに否定する。
「さっき言ったでしょ、好きかどうかわからないって……」
「ああ、そうでしたね。じゃあ……?」
「お礼」
「お礼?」
「何て言うか……、話しかけてくれてありがとう、みたいな?」
それはお礼を言うようなことなのか? さっきの話では、まったくそうは思えないけど。
「あと……」
まだあるんだ?
「もう少しお話ししたかった、とか……」
「ああ……」
なんか……可愛い。
「それだけですか?」
「たぶん……そんな感じ……」
押さえていた頬から手を離すと、頬が赤くなっていた。それは手の跡じゃなく、今の話をしたせいらしい。
彼女は片手で顔をあおぎながら、コップのビールをぐいっと飲んだ。
「あ~……、きっと、意味不明の変な女だと思われてるよ……」
俺はそのあとずっと、「来ないかも知れませんよ」「手紙のことは忘れてますよ」などと慰め続けた。けれど榊さんはそんな言葉には納得せず、ずっとネガティブな想像にはまり込んだままだった。