榊さんが話し始めたのは、お酒をもう一杯飲んでからだった。飲みながら何度も迷うような表情をして、どう話そうかと考えているようだった。
ようやく決心した榊さんは、テーブルの上で手を組んで、ちょっとあらたまった様子で俺を見た。それから、やっぱり言いにくそうに視線を何度も泳がせて、最後にひとこと言った。
「同窓会があるの」
それだけだった。そのまま気まずそうに自分の手を見つめているだけ。
「え、あの……?」
そこからどう話をつなげたらいいのか分からない。とにかくもう少し情報をもらわないと。
「同窓会って、その……、いつなんですか?」
「11月の終わり」
「ええと……、大学の?」
「違う。高校」
「高校……」
「そう。卒業10年目の」
そして沈黙。
「あのう……、行きたくないんですか?」
「うん」
「じゃあ、断ればいいのに……」
そう言った途端、ものすごく恨めしそうな顔をされた。
「だって、断れなかったんだもん」
「あ、そうなんですか……」
簡単に「断れば」なんて言った自分が、とてもデリカシーがない男みたいに思えてしまった。
「すみません……」
「べつに謝らなくてもいいけど」
少し怒ったような、困ったような様子で、榊さんはため息をついた。それから少し力を抜いて、今度はきちんと話してくれた。
「北海道にお嫁に行った友達が、このために帰って来るって張り切ってるの。で、あたしにも『絶対出席して』って言うから……」
「ああ……」
「別の日に会おうよって言ったんだけど、家の都合で無理だって」
「そうなんですか……」
話しているうちに、榊さんの表情が変わった。本当に困っていて、どうしていいのか分からない、という顔。仕事中には絶対に見せない顔だ。
「そんなに嫌なんですか?」
「嫌」
即答するほど嫌。なのに断れない。
(うーん……、榊さんが悩んでいる原因は分かったけど……。)
なんで同窓会に出ることが、こんなに憂うつになるほど嫌なんだろう? 昔の友達が来てるって分かっていれば、特に嫌がるほどのことなんてないのに。
「どうしてそんなに嫌なんですか?」
思い切って訊いてみた。
榊さんは一瞬息をつめて視線を逸らした。まるで、「それは訊かれたくなかった」というように。
「もしかして、会いたくない人がいるんですか?」
榊さんの表情が歪む。
「仲が悪かった人とか?」
今度は小さく首を横に振る。
「昔の彼氏とか」
「いないって言ったじゃん!」
怒られてしまった。でも、少し拗ねたようにグラスの水滴を指でなぞる様子は、心の中のことを話す準備をしているように見えて、俺はそのまま黙っていた。
「彼氏じゃないけど、ちょっと」
何かそれらしいことがあった相手? 告られたのを断ったとか……。
高校生だったら、そういうことがあっても普通だと思うけど。
「だったら、その人だけを避けてればいいじゃないですか。同窓会って、クラスのなんですか?」
「学年全部」
「それなら人数も多いんだから、問題ないですよね?」
「あるんだよ。ああ、もう……」
ますます元気が無くなってしまった。肘をついて頭を支える姿がものすごく気の毒だ。
でも、その一方で、俺の心の中には不思議な充実した気分が広がっているのも否定できない。だって、榊さんが俺に弱気な部分を見せてくれたのだ。今までもプライベートな話をしたことはあるけど、これほど弱気な彼女は記憶にない。
「何がそんなにダメなんですか?」
助けてあげたいという気持ちと、何でも話してほしいという気持ちでいっぱいになって尋ねる。彼女の弱気な姿を見て、逆に俺が強気になっている気がする。
「うー………」
両手で頬を押さえてちょっと面白い顔をした榊さんが、上目づかいに俺を見た。それから手を膝に乗せると、少し身を乗り出して、小声で言った。
「笑わない?」
「笑いませんよ」
俺も身を乗り出して答える。友人の悩み事を聞いて笑うなんて、あり得ない。
「あのね……」
「はい」
「あたし、男の人が苦手なんだよね……」
「……はい?」
冗談を言われているのかと思った。
だから、榊さんの様子をじっと見てみた。目の前に座る榊さんは、気まずそうに目を逸らしたまま、なんとなくもじもじしている。
(本当なのか?)
簡単には信じられない。今までの彼女は、誰に対しても気後れしているようには見えなかったんだから。それに。
「ええと……、俺は……?」
“一応、男なんですけど?” という意味を込めて尋ねると、彼女はちらりと俺を見て答えた。
「年下だし」
ガツン! と殴られた気がした。
(な、なんで!? 年下は男じゃないのか!?)
ものすごくショックだ。
べつに榊さんと恋人同士になりたいと思っていたわけじゃない。だけど、 “男” の範囲に入っていないということは、男として認められていないということなんじゃないだろうか?
そりゃあ彼女は男に頼ったりしない人だから、相手が男でも女でも関係ないのかも知れない。だけど……。