俺の向かい側で、里沢さんが嬉しそうに榊さんの肩をたたいた。

「だっ、ダメです!」

自分で出した声にびっくりした。3人が同時に俺に顔を向ける。

「だ、ダメです、ダメ。絶対にダメ」

3人をかわるがわる見ながら、必死に告げる。

「あの、榊さんは、俺と出かけることになってます。だから、ダメです」

やっとのことでそこまで言い切ると、里沢さんがにや~と笑って榊さんに尋ねた。

「榊ちゃん、ホント?」
「え、は、はい。ホントです」

小さな声で言って、下を向く榊さん。肯定してくれて良かった!

次の瞬間。

「くっ」
「ふっ」
「ふははははは!」

槙瀬さんと里沢さんが笑い出した。

(え……?)

俺と榊さんは驚いてふたりを見た。そんな俺たちを見て、さらに吹き出すふたり。

「ほらー。俺の勝ちですよ、里沢さん。あはははは!」
「ほんとだねー。やだもう。こんなに早くまとまるとは思わなかったわ~、あははは」

(え? なんだこれ……?)

榊さんが状況が飲み込めない顔をして、そうっと俺を見る。俺はそれに首を傾げてみせるだけ。

「あはははは、ごめんね~。あたしたち、賭けをしててさあ。あはははは」
「そうそう。紺野と榊がクリスマスまでにまとまるかどうかって。ははははは」
「あたしはもう少し時間がかかると思ってたんだけど、早かったねー。いや~、さすが若いと違うわ~」
「ああ……、え?」

賭けって……。

いつの間に決めたんだろう? どうしてそんな話になったんだろう? 槙瀬さんの「結婚しても」は、いったい……?

「なんで……?」

呆然としている俺と榊さんに、槙瀬さんは笑いながら言った。

「だって、紺野が彼女と別れた原因って、榊じゃないか」
「え?」
「やだ、違うでしょ!?」

俺も榊さんもすぐに否定。でも、槙瀬さんと里沢さんは「何言ってんの~」と笑っている。

「え、だって、俺は……」

あのときは榊さんのことは何とも思ってなかった。気になったのは、榊さんの様子がおかしくなってからで……。

「だってさあ、あのときの話聞いてたら、ねえ? うふふふふ」
「そうだよ。お前、別れた彼女の話しながら、『榊さんなら絶対にこんなことしません』って何度言ったことか」
「そうそう。まるで榊ちゃんだけが完璧な女性で、あとのひとはみんなダメ、みたいな」
「榊だって欠点はあるのにさあ、紺野にはそれもいいところにしか見えないんだから。あれを聞いたら分かりますよねえ、里沢さん?」
「そう! もう、これは時間の問題だなって思ったよ」

あの日のことか……?

榊さんが来られなかった飲み会。前の彼女と別れた報告をしながら、自由になった気分でいたことは確かだ。でも、そんなに榊さんの名前を出していたなんて……。

「あのあと槙瀬さんと飲みに行ったときに話が出てさあ、『やっぱりそうだよね!』って話になってね、あははは」
「ちょうどほら、紺野が榊の行動が変だとか言ってきたあと。くふふふ」

(あれもか……)

心配して相談に行ったことが、自分の気持ちを言いふらしていたようなものだったとは……。

「あーあ、負けちゃった。まさか2か月ちょっとで決まるとはねー」

残念そうに里沢さんがため息をつく。その里沢さんにビールを注ぎながら槙瀬さんが言った。

「はは、俺の作戦勝ちですね」
「ん? 作戦?」

里沢さんが眉をひそめて槙瀬さんを見た。俺と榊さんも。その俺たちをニヤニヤしながら見回す槙瀬さん。

「いやあ、紺野のことをちょっとね、焚きつけたって言うか」
「え!?」
「なにそれ!?」
「ほら、本人が気付いてないとどうしようもないだろ?」

そう言いながら俺を見る。つられて榊さんと里沢さんの視線も俺に。

(まさか、あの日の……)

思い当たるのはあれしかない。槙瀬さんとふたりで榊さんの話をしたのは……。

「まあ、頃合いだと思ったし。それにしても上手く行ったなあ。くくくくく……」
「あ……」

どうりで違和感を感じたわけだ!

槙瀬さんが「結婚してもいい」って言いながら、「誰でもいい」なんて言うから。あのとき、焼きもちを焼かないのは変だって思ったのは、こういうことだったんだ……。

俺は信じられない思いで、笑っている槙瀬さんを見つめるしかなかった。

それから俺たちは、さんざん質問されたり冷やかされたりした。けれど、槙瀬さんたちが俺と榊さんのことを喜んでくれているのは間違いなかったし、誰かに知ってもらうことで俺たちの関係が確実になるような気がしたから、何を言われても嬉しかった。

でも。

俺はどうしても、槙瀬さんに訊かずにはいられなかった。だから、帰り道で榊さんと里沢さんに聞こえないように、そっと尋ねた。

「もしも榊さんが、クリスマスに一緒に出かけてもいいって言ったら、どうするつもりだったんですか?」

槙瀬さんはニヤリと笑い、俺の背中をぽんとたたいた。

「言わないよ、榊は。そういうところ、堅いから」
「じゃあ……、槙瀬さんはほんとうに……」

それ以上言えなくなった俺を見て、槙瀬さんは「わははは」と笑った。そして、どん、と俺の肩に手を置き。

「俺が本気だったら、お前にあれこれ言う前に、さっさと入籍まで持ち込んでるぞ?」
「あ……」

たしかにそうだ。この槙瀬さんが俺みたいにぐずぐずしているわけがない。

槙瀬さんは俺をまっすぐに見て微笑んだ。

「お前は榊を幸せにすることだけを考えろ。お前と榊と、ふたりでちゃんと幸せになるんだぞ」
「……はい」

晴ればれとした気持ちで槙瀬さんに返事ができた。そして心の中で、榊さんを幸せにすることをあらためて誓った。