苫屋の老夫婦は、タカオが消えた事で菊理を責めたりはしなかった。タカオは消えたのでは無く、海へ還ったのだと、至に会おうとしたから、海の神様は怒ったのだと納得したようだった。
 ……そして、菊理は。


 結婚式までの期間は短かった。あれほど嫌だと思っていたのに、菊理はウェディングドレスを纏って、式が始まるのを待っていた。
 身支度が終わり、ほんの一瞬、菊理は一人になっていた。
 もうすぐに、迎えが来る。
 窓に映ったドレス姿から、菊理は思わず視線を外した。
 特別、結婚や結婚式に強い憧れを持っていたわけでは無かったのだが、婚礼衣装は着物がいいと密かに思っていた。
 けれど、神前式を行う事に、菊理はためらいがあった。
 八百万の神々、いずれかの神社であっても、それは赤江島の竜神社の眷属では無いのだろうかという恐れがあった。
 菊理は、あの日から水を恐れるようになっていた。
 夜、暗い水面から、タカオが現れるのではないかと恐れる。
 あれほどすべてを委ね、自分を求めてくれた存在を、菊理は裏切り続けている。
「お時間です」
 迎えに来てくれたスタッフと共に、菊理の父が待っていた。
「やあ、きれいに仕上がったね」
 父は、娘が家の犠牲になる事に罪悪感を持っていたようだったが、それでも、花嫁姿を見て笑顔を見せてくれた。
 菊理もぎこちなく笑い、父と並ぶ。
 チャペルへの扉が開き、真っ直ぐ進むカーペットの先で、司祭と共に菊理を待っていたのは、

……至だった。