菊理は驚いていた。当然修羅場になるものだと思っていたし、なじられ、軽蔑されると思っていたからだ。
 けれど、逆に考えれば、至にとって菊理はあくまでも飾りの為の花嫁にすぎず、菊理でなくてはならない理由は一つも無いのだという事に気づいた。
 少し前の菊理であれば、そんな事にすら傷ついて、自分の無価値さを嘆いただろうが、今は違っていた。
 タカオが浴びせる菊理自身を求める言葉が、菊理を自分で思うよりもずっと強くしてくれていた。
 タカオが人成らぬものであったとしても、タカオが菊理に注いでくれる溺愛と言ってもよい愛情からすれば、それは取るに足らぬ事だった。
「出資の件についてだけれどね」
「ええ、それはもちろん」
 菊理の実家に対しての出資については、婚約が破談になる事で話としては消えるのだが……。
「君か君の両親の方から俺の両親に直接プレゼンをしてみるのはどうだろう? あの人達はあれでビジネスについては利に敏い、儲けを出す自信があるのならば、一度だけのチャンスではあるけれど、時間をとるくらいのことならばできるよ」
「兼田さん……」
「……はじめから、ビジネスとして話をすべきだったと後悔しているよ、だが、俺の父と母を納得できるかどうかは君達の問題だ」
 もっと早くに、きちんと話をしておけばよかった。そう、この時点では、菊理はそう思っていたのだ。
 けれど。
 菊理とタカオが出会えた事も運命ならば、その運命の先が兼田至と繋がっていた事も含めて運命だったのかもしれない……。
「おや、至じゃないか」
 声をかけて来たのは、壮年の夫婦だった。長身の男性は所々に白いものが混ざっているが、老けているというよりは彼をより渋く、貫禄と知性を際立たせていた。
 婦人の方も上品で、仕立てのよい服はオーダーメイドなのか、着こなしに隙が無かった。
「ああ、ちょうどよかった、俺、婚約解消するから」
「そう、菊理は俺のお嫁さんになるから!」
「……すみません、はじめから説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
 考えが飛躍しすぎている男二人に半ばあきれながら、菊理は至の両親になし崩しに説明する事になった。