「仲がいいのねえ」
ふふ、と笑いながらわたし達を見ているヒサコさんの前で、年甲斐もなくはしゃいでしまったことが恥ずかしくて頬が熱くなった。
会うのはこれが2度目なんです、なんて余計な茶々は入れずに、肩口から顔を覗かせるコウトくんにほほ笑みかける。
「とうかちゃんわらってる」
「うん」
「たのしい?」
楽しいのか、嬉しいのか、おかしいのかわからないけれど。
心があたたかくて、笑いたくなる。
「コウトくんが面白いんだよ」
「えー! ぼくなの?」
子どもと触れ合うことなんてないからと会いに行く足は遠退いていたのに、いざ再会してコウトくんのペースに合わせると会話も弾む。
「ちょっと待っててね」
そんなわたしとコウトくんを置いて、ヒサコさんは部屋の奥へ行ってしまった。
数分とせずに戻ってきたヒサコさんが手に持っていたものを見て、え、と声が漏れる。
それまでコウトくんと揺らしていた体をぴたりと止めたから、コウトくんは不思議そうに首を傾げてわたしの視線の先を追う。
「なつくんのかばん」
もしかして、だとか。
まさか、だとか。
無駄だと知りながら遠回りをしかけた思考をコウトくんが遮る。
灰色のトートバッグ。
先を落としたまま付けっぱなしのキーチェーン。
持ち手と底の辺りが黒ずんで汚れたバックは間違いなく夏哉のものだ。
「どうして……」
それがここにあるんだ。
遺留品、というべきか、財布や携帯といったものは夏哉の部屋に置いてあって、持ち出さずに外に出たのだろうとナオキを経由して聞いた。
他に入っているものが思いつかないけれど、とにかくそのバック自体は夏哉のもの。
「預かってたのよ。忙しくてしばらく来られないからって。良かったらこれのこと、夏哉くんに伝えてくれないかしら」
「……それは」
できません、と素直に言うべきか、迷った。
今この場にはコウトくんもいる。
真実を話すより、そのバックを受け取って、二度と二人に会わないというのも手なのではないかと考えた。
黙ったまま両手を差し出すと、ヒサコさんは横たえたバッグを載せてくれた。
ぐっと首を伸ばして中を見ようとするコウトくんと一緒にバッグを開けると、そこには見覚えのある封筒と便箋がクリアファイルに挟んではいっていて、他には黒のボールペンが一本と液体のり。
夏哉がここで手紙を書いたということなら、ヒサコさんに渡さないわけにはいかない。
最後の手紙が残されている以上、早めに渡すに越したことはない。
「これを」
自分のカバンの中から取り出した5通目の手紙を差し出す。
「ぼくももらったやつ!」
「コウトくんのが最初だったんだよ」
「やった!ぼくいちばーん」
コウトくんの気を逸らしながら、隣に座り直したヒサコさんに手紙を渡す。
ヒサコさんは大切なものに触れるように封筒をなぞって、ナオキと同じく丁寧に封を開くと、頼んだわけでもないのに文章を読みあげようとするから、慌ててコウトくんの耳を塞ごうとして、やめた。
夏哉はこれまでの誰の手紙にも、自殺を仄めかすようなことを書いていなかった。
慌てる必要がないことを知って、コウトくんと共に耳を傾ける。
最初の当たり障りの文章から、段々とわたしの知らない夏哉の話になっていく。
けれど、その内容は突如として一変し、ヒサコさんは言葉を区切った。
「……え?」
聞き間違いかと思って、すがるようにヒサコさんを見るけれど、ヒサコさんは一心に文字を追いかける。
わたしは震える指先を擦って落ち着かせていると、読み終えたヒサコさんが手紙をわたしの膝に置いた。
読まない方がいい、と頭の中で警笛が鳴る。
さっき、ヒサコさんが読み上げかけた続きの部分が目に入って、全身がずくりと疼いた。
「冬華ちゃん」
辛いのなら読まなくてもいい、という意味で背中に添えられた手を払いはせず、ひとつ頷いて見せ、もう一度初めから読み直す。