まだ、出来ることはあると自分に言い聞かせて、この旅の終わりを想像するのはやめようって思った。

けれど、もう、本当に終わってしまった。


あまりにも呆気なく、簡単に、手のひらに乗っていた見えない何かは吹き飛んで行った。

この手に残ったのは、たった一通の手紙。

わたしから始まって、わたしで終わるのか。


この旅の先に、もういない夏哉を求めていたわけではないけれど。

まさか、円を描くようにしてわたしに戻ってくるなんて思わなかった。


「まるで、水面に笹舟を浮かべるような夢です。乗せた夢と欲のせいで沈むのですから。秋晴れ以外すら掴めないのは、空があまりに高いからです。水面に映る空に笹舟を浮かべても、雲を掬うことはできません」

「は……え?」

「花があれほど美しいのは、人の心には花弁が舞わないからです」

「…………」

「なぜ命を尊ぶべきかはわかりますか?」


突然の問いかけに首を傾げるけれど、朔間先生はあくまでも回答を待つ気でいるようで、二の句を継がない。


「……ひとつしか、ないから?」


何かひとつの正解がある問いではないのだと思う。

先生のお眼鏡にかなう答えであった気もしなくて、情けなく眉を下げる。


「そうですね」

「何答えてもそうですね、って言うんでしょう」

「よくお分かりで」


ふふ、と笑う朔間先生の意図がわからない。


「助けられた命だから大切にしなきゃいけない」


自分の心の内が漏れだしたのかと思ったけれど、その声は確かに朔間先生のものだった。

驚いて、瞠目し、生唾を飲み込む。


「と、橘さんが思っているのではないか、と言っていましたが、当たりでしょうか?」

「……当たりでしたね」


自分で答えておきながら、微妙に使い方を誤った言葉だと失笑する。


やっぱり、夏哉はとても鋭い。

アキラが春輝くんに向かって言っていたように、夏哉が大人になったのなら、とても面白いことをしてくれる人になっただろう。


イレギュラーじみたこともあったけれど、7通プラスアルファのリレーを完遂しきったのだ。

ランカーはわたしだけれど、導いてくれたのは、夏哉だ。

お互いに拍手をして称えたいくらい。


「橘さんにも関係のある話だから、聞いていいのかと何度も確認したのですが、榊くんが喋ってしまったので、申し訳ありませんが知ってしまったことがあります」


申し訳なさそうに頭を下げるから、わたしは軽く笑って見せる。


「わたしが死にかけたときのことでしょう? 勝手に話しちゃうなんて、あいつ本当に、ひどいなあ……」


誰にも言えなかったことが、誰にも話せなかったことが。

ユリですら、真相までは知らずにいることが。

夏哉の口で、わたしの知らなかった人に話されているだなんて。