母の遺言のような言葉に、堪えていたものが一気に溢れた。
 どうして母の気持ちをわかってあげられなかったのだろう。
 どうして母の言葉を真に受けてしまったのだろう。
 やはり父が関わっていたボンドは、母がやめてほしかったことなのだ。それなのに父はボンドの研究を進めた。母の気持ちを無視してまで。
 だからこそ紗雪は、ボンドを否定したいと思った。
 否定しないと母が報われない。紗雪を守ろうとしてくれた母に、顔向けできないと。

 中学三年生になった時、父親からとあることを告げられた。
「紗雪。高校だけど、関東の高校に行かないか」
 父親はその理由を簡単に語ってくれた。関東に大きな病院を建設していると。紗雪が中学校を卒業する三月に開業するらしく、それを機に関東の高校に行かないかという提案だった。
 最初は父に抗うべきなのかと思った。父を困らせて、仕事に集中できなくするのも一つの手かと。でも紗雪にとって、自分の置かれている環境を変えたいという思いが強くあった。
 母が自分に伝えたかったことを思うと、もっと立派にならないといけない。学校に通って、父よりも頭が良くなって、父を超えなければいけない。紗雪のことなど考えずに、都合のいいように物事を片付ける。そんな父に勝つために、最低限必要な学力を手に入れないといけない。紗雪は決心した。環境を変えるためにも、そして自分自身の情けなさを直すためにも、父親の提案を受け入れようと。
 それからというもの、紗雪はとにかく勉強した。今までの遅れを取り戻すために。
 しかし紗雪は中学二年生の二学期から、ずっと学校に行っていない。それに加え、学校に行こうとすると未だに吐き気に襲われる。
 だから紗雪は石川先生に聞いた。不登校の自分にも行ける高校はないのかを。
 石川先生は紗雪の疑問に答えてくれた。
「不登校で内申点が悪い生徒でも、高校に入ることは可能だ」
 オープン入試というものがあることを、このとき紗雪は初めて知った。
 学校の内申点は関係なく、受験当日の結果で見てもらえる受験がある。このシステムを採用している学校なら紗雪でも合格の可能性があると。
 既に内申点が酷かった紗雪に一つの希望が見えた。それから紗雪はオープン入試をしている高校を調べた。そして該当する中で、とある高校名が目に留まった。
 堀風高校。
 どこか聞き覚えのある高校だった。
 それもそのはず、堀風高校は紗雪の母の母校だったのだから。
 即決だった。紗雪の心は一切迷わなかった。
 母の過ごした学び舎で、新たな人生をスタートさせる。そんな青写真を描くために、紗雪は堀風高校に何としてでも合格したいと、勉強漬けの日々を過ごした。
 そして月日は流れ、二月。紗雪は堀風高校を受験し、見事合格した。