――高校三年、九月。
「えー、君達はここ、私立芝原学院高校の生徒としてその名に恥じぬ行動を心がけ、特に、三年生は受験に向けて引き続き頑張ってもらいたい」
校長先生の話長くね? 俺ら暑すぎて死にそうなんだけどー。そんな悪態をついている声が後ろから聞こえてくる。
まだ昼間は平均気温は三十五度を維持し続け、全身は体育館の熱気に包まれ、みんな汗をかいている。
二学期が今日から始まった。
世間一般的には一番、中だるみが発生しやすい時期といわれている、あの「魔の二学期」が、遂に。
夏がもう直ぐ終わるというのに、連日猛暑は微妙に腹が立つ。こんなことでイライラしても体温が上がってしまうだけだから、私は、頭の中でかき氷を食べて涼んでいた。
とにかく涼しいことをイメージすれば、汗をかかずに済みそうだから。
校長先生の長話の後、校歌を歌い終わると、解散の合図で自分の教室へと向かった。
ホームルームが終わり全員解散すると、クラスの中でも特に目立つ、朋美のいるグループが、私の席の両隣と目の前を囲んできた。
悪夢が再び始まるのか……。
前学期はトイレで水をかけてきたり、移動教室から戻ると私の机を廊下に出していたり、暴言暴力、ととにかく暇そうな三人だ。
まあよくも、"奇数人数で仲間割れしないな……"と呆れるあまり、ため息をついてしまう。
そんな風に心の中でクスっと笑ったのが、相手方にバレたのか、三人組の一人、桜木朋美が、私の机の柱を軽く蹴った。
私は、蹴られた衝撃で、全身に雷が走り、瞬間的に目を閉じて身震いした。
「夕夏さ、いつになったら芝学辞めんの? ……目障りなんだけど」
朋美はそう言い放つと、私のバッグの口を逆さまにして中身を全て落とした。そして、片足でぎしぎしと強く踏みつけた。
踏まれた教科書やノートが上履きの汚れでいっぱいになってしまったのを、私はぼーっと見つめていた。
(もう何度目だろう)
いちいち数えなくなった。
見つめた先にある、散乱したバッグの中身を前学期と同じように、慣れた手つきでバッグに戻している間に、三人ともどこかへ行ってしまった。その姿が、どこか懐かしくて、羨ましくて、誰にも見つからないように、下唇を静かに噛んだ。
幼稚園の頃から、お互いの家の向かい側という関係で仲良しだったはずの幼馴染、朋美。そして、高校から関わるようになった、まるで、金魚のフンのように朋美の後ろにくっついている河原陸と井原那月。
私とこの三人は、中学時代の実績を買われ、高校入学時から芝学の有力合唱部員として「エース組」と呼ばれていた。
今は……あの三人だけがエース組。
"芝学"の愛称で親しまれているこの高校は、他校・地域住民たちから、別名「音楽の国」と呼ばれている。なぜなら、毎年のように吹奏楽や合唱、箏曲といった音楽系部活が、全国大会に勝ち進むほどの強豪校だったからだ。
かつてはその三部とも、学校の「強化指定部」だった。
けれど、高校一年の冬、私が事故に遭った日、合唱部が大会を棄権したのをきっかけに、合唱部のみ、その名を外された。
朋美や陸、那月の三人"以外"は棄権に賛成したらしい。三人だけは違った。
将来の進路を考えて、強化指定部の有力部員「エース組」としての実績を重視していた。だから、大会を棄権するきっかけになった私を憎んでいるのか、無視し始めるようになった。
朋美に「あんたがいなければ、芝学は全国まで行けたはずなのに!」と泣き叫ばれた日を境に、私と朋美の関係性は音を立てる間もなく、すぐに壊れた。
それからだった、この悪夢が始まったのは。
私は、ハッと我に返り、立ち上がってスカートの埃を両手ではたいた。
教室を見渡すと、周囲の視線を浴びたからか、だんだんと喉の奥がぎゅっと締められる気がして、逃げるように早歩きで学校を出た。
学校から離れたくて、走って駅に向かい、乱れた呼吸を整えながら改札口を通り、電車に乗った。
空席に座ってバッグを膝の上に置くと、いじめで染まった学校生活から逃げられた、という安堵感が全身にじわりと広がった。そして、背もたれに体を預け、はぁとため息をついた。
やっと十分に酸素を吸えるようになった。視界にかかっていた靄が晴れ、目の前がはっきりとしてきた。
ふと、顔を上げて、車内の中吊り広告を見ていた。
(あなたの願いを、叶えます……?)
もやっとした違和感を覚え、無我夢中でスマホで検索していた。
すると、「あなたの願いを、叶えます」とだけ書かれたサイト名が、偶然にも、一件目に出てきた。
他にはよくある占いサイトの広告ばかりが出てきて、(ここだけ怪しいサイトかもしれないし、今はアクセスしないでおこう)と思ってスマホをバッグにしまった。
家の最寄り駅についた。電車を降りると、学校では感じなかった別の苦しさが、両足から上半身に向かってじわじわ伝ってきた。
帰っても、家には私を穏やかに理解してくれて、温かく包み込んでくれるような人間などいない。それなのに、なんで、あの場所が私の家なんだろう。
家って、もっと、こう、心が休まるとかのイメージなのに。
早帰りのせいでまだ明るい住宅街を歩いているうちに、自宅の玄関が見えた。
お父さんは、表向きは会社の敏腕営業マン。でも、家では飲酒して一人で勝手に暴れている。
お母さんは、朋美のお母さんと昔からとても仲良しだけど、家では、私と朋美を比較して「なんでこんな出来損ないが私から生まれたの?」が口癖で……。
世間一般的には、この二人には毒親気質がある、とでもいうんだろうか。
確かに、私の成績は落ちこぼれで、帰宅部、授業中は上の空、家で手伝いなんてしない、最低な娘なんだろうな……。
うつうつと考えながら家に入ると、どうしても「ただいま」を言えなくて、すぐに二階の自分の部屋に向かった。
居場所、そう言える唯一のこの一人部屋。ベッド、学習机、ベランダまである。けれど、本棚には、かつての私が熱中した合唱の楽譜ばかりが並んでいる。だから、もう二度と見なくて済むよう、夏休みの間に、本棚に小さな黒色のカーテンを付けた。
楽譜なんて見ると、今でも、事件当時のことがフラッシュバックして、全身が固まってその場から動けなくなる。
なんで、音楽なんて、合唱なんてやっていたんだろう。
辛くて苦しくて、悔しい、それだけが残っただけで、それだけなのに。
あの日の事故の後遺症によって、身体ではなく、心を蝕んで、壊された。そんなこと、誰も気づかない。気づこうとすらしない。
去年の今頃のようには、他人と関われなくなった。拒んでいる。体がいざとなると動かなくなるから。
「えー、君達はここ、私立芝原学院高校の生徒としてその名に恥じぬ行動を心がけ、特に、三年生は受験に向けて引き続き頑張ってもらいたい」
校長先生の話長くね? 俺ら暑すぎて死にそうなんだけどー。そんな悪態をついている声が後ろから聞こえてくる。
まだ昼間は平均気温は三十五度を維持し続け、全身は体育館の熱気に包まれ、みんな汗をかいている。
二学期が今日から始まった。
世間一般的には一番、中だるみが発生しやすい時期といわれている、あの「魔の二学期」が、遂に。
夏がもう直ぐ終わるというのに、連日猛暑は微妙に腹が立つ。こんなことでイライラしても体温が上がってしまうだけだから、私は、頭の中でかき氷を食べて涼んでいた。
とにかく涼しいことをイメージすれば、汗をかかずに済みそうだから。
校長先生の長話の後、校歌を歌い終わると、解散の合図で自分の教室へと向かった。
ホームルームが終わり全員解散すると、クラスの中でも特に目立つ、朋美のいるグループが、私の席の両隣と目の前を囲んできた。
悪夢が再び始まるのか……。
前学期はトイレで水をかけてきたり、移動教室から戻ると私の机を廊下に出していたり、暴言暴力、ととにかく暇そうな三人だ。
まあよくも、"奇数人数で仲間割れしないな……"と呆れるあまり、ため息をついてしまう。
そんな風に心の中でクスっと笑ったのが、相手方にバレたのか、三人組の一人、桜木朋美が、私の机の柱を軽く蹴った。
私は、蹴られた衝撃で、全身に雷が走り、瞬間的に目を閉じて身震いした。
「夕夏さ、いつになったら芝学辞めんの? ……目障りなんだけど」
朋美はそう言い放つと、私のバッグの口を逆さまにして中身を全て落とした。そして、片足でぎしぎしと強く踏みつけた。
踏まれた教科書やノートが上履きの汚れでいっぱいになってしまったのを、私はぼーっと見つめていた。
(もう何度目だろう)
いちいち数えなくなった。
見つめた先にある、散乱したバッグの中身を前学期と同じように、慣れた手つきでバッグに戻している間に、三人ともどこかへ行ってしまった。その姿が、どこか懐かしくて、羨ましくて、誰にも見つからないように、下唇を静かに噛んだ。
幼稚園の頃から、お互いの家の向かい側という関係で仲良しだったはずの幼馴染、朋美。そして、高校から関わるようになった、まるで、金魚のフンのように朋美の後ろにくっついている河原陸と井原那月。
私とこの三人は、中学時代の実績を買われ、高校入学時から芝学の有力合唱部員として「エース組」と呼ばれていた。
今は……あの三人だけがエース組。
"芝学"の愛称で親しまれているこの高校は、他校・地域住民たちから、別名「音楽の国」と呼ばれている。なぜなら、毎年のように吹奏楽や合唱、箏曲といった音楽系部活が、全国大会に勝ち進むほどの強豪校だったからだ。
かつてはその三部とも、学校の「強化指定部」だった。
けれど、高校一年の冬、私が事故に遭った日、合唱部が大会を棄権したのをきっかけに、合唱部のみ、その名を外された。
朋美や陸、那月の三人"以外"は棄権に賛成したらしい。三人だけは違った。
将来の進路を考えて、強化指定部の有力部員「エース組」としての実績を重視していた。だから、大会を棄権するきっかけになった私を憎んでいるのか、無視し始めるようになった。
朋美に「あんたがいなければ、芝学は全国まで行けたはずなのに!」と泣き叫ばれた日を境に、私と朋美の関係性は音を立てる間もなく、すぐに壊れた。
それからだった、この悪夢が始まったのは。
私は、ハッと我に返り、立ち上がってスカートの埃を両手ではたいた。
教室を見渡すと、周囲の視線を浴びたからか、だんだんと喉の奥がぎゅっと締められる気がして、逃げるように早歩きで学校を出た。
学校から離れたくて、走って駅に向かい、乱れた呼吸を整えながら改札口を通り、電車に乗った。
空席に座ってバッグを膝の上に置くと、いじめで染まった学校生活から逃げられた、という安堵感が全身にじわりと広がった。そして、背もたれに体を預け、はぁとため息をついた。
やっと十分に酸素を吸えるようになった。視界にかかっていた靄が晴れ、目の前がはっきりとしてきた。
ふと、顔を上げて、車内の中吊り広告を見ていた。
(あなたの願いを、叶えます……?)
もやっとした違和感を覚え、無我夢中でスマホで検索していた。
すると、「あなたの願いを、叶えます」とだけ書かれたサイト名が、偶然にも、一件目に出てきた。
他にはよくある占いサイトの広告ばかりが出てきて、(ここだけ怪しいサイトかもしれないし、今はアクセスしないでおこう)と思ってスマホをバッグにしまった。
家の最寄り駅についた。電車を降りると、学校では感じなかった別の苦しさが、両足から上半身に向かってじわじわ伝ってきた。
帰っても、家には私を穏やかに理解してくれて、温かく包み込んでくれるような人間などいない。それなのに、なんで、あの場所が私の家なんだろう。
家って、もっと、こう、心が休まるとかのイメージなのに。
早帰りのせいでまだ明るい住宅街を歩いているうちに、自宅の玄関が見えた。
お父さんは、表向きは会社の敏腕営業マン。でも、家では飲酒して一人で勝手に暴れている。
お母さんは、朋美のお母さんと昔からとても仲良しだけど、家では、私と朋美を比較して「なんでこんな出来損ないが私から生まれたの?」が口癖で……。
世間一般的には、この二人には毒親気質がある、とでもいうんだろうか。
確かに、私の成績は落ちこぼれで、帰宅部、授業中は上の空、家で手伝いなんてしない、最低な娘なんだろうな……。
うつうつと考えながら家に入ると、どうしても「ただいま」を言えなくて、すぐに二階の自分の部屋に向かった。
居場所、そう言える唯一のこの一人部屋。ベッド、学習机、ベランダまである。けれど、本棚には、かつての私が熱中した合唱の楽譜ばかりが並んでいる。だから、もう二度と見なくて済むよう、夏休みの間に、本棚に小さな黒色のカーテンを付けた。
楽譜なんて見ると、今でも、事件当時のことがフラッシュバックして、全身が固まってその場から動けなくなる。
なんで、音楽なんて、合唱なんてやっていたんだろう。
辛くて苦しくて、悔しい、それだけが残っただけで、それだけなのに。
あの日の事故の後遺症によって、身体ではなく、心を蝕んで、壊された。そんなこと、誰も気づかない。気づこうとすらしない。
去年の今頃のようには、他人と関われなくなった。拒んでいる。体がいざとなると動かなくなるから。


