僕らのノイズ

 とりあえず、少年――とりあえずそういうことにしておく――が話しやすいほうがいいかなと思い、私は寄りかかっていた柵から体を離して、タツさんに近づいた。手を伸ばせば届く距離で歩くのを止め、視線の高さを合わせようと膝をついて、膝立ちの状態になった。

「あなたがタツさんかどうかはともかく、あなたはどこの小学校の子かな? それともこの高校の先生のお子さん? 迷子だよね? 一緒に戻ろう」

 私が、黒い服の袖からかすかに見える少年の指に触れようと右手を伸ばしたとき、自分の目を見開いた。少年の体をさらっと通り抜ける自分の手が、震えている。温度がない。感触も、私たちを包む秋風の強さしか感じられない。
 私は伸ばした手を引き戻し、胸のあたりで、左手で右手を包んだ。少年の目を恐る恐る見上げる。

「驚かせてごめんなさい。お伝えすることは滅多にないので忘れておりました。私は、どうやら

死んでいるみたい、なんです。

それも、今から九年前に。最近、日付を調べて知りましたが、驚きますよね、そんなに時間が経っていたなんて」

 少年はべらべらと話しながら、フードを左手でめくって、優しく、どこか悲しそうな目をして微笑んでいた。

「調べた日付が正しければ、この仮想空間は二○二六年の一月、夕夏さんが元々いた世界、あぁ、時間が戻る前の世界ですよ? そこは二○ニ六年九月で、僕も生きていたら十八歳のはずなんですよね……」

 私は少年……いや、タツさんの今にも消えそうな儚さに、胸がきゅっと苦しくなった。十八歳なら、私と同い年、九年前は九歳、小学三年生のころにタツさんは既に亡くなっている……? というか今、さらっと、「仮想区間」って言った……?

「どうし、て、死んで、しまったの……?」

 私は二割の好奇心と八割の怖さが混じった声で訊ねた。少年は顔を一切変えず、口を開いた。

「それが、分からないんです。死んだであろう理由、経緯、その何もかも……」

 そう聞かされて、一つ、思い出した。
 どこかの国で作られた自殺に関する動画、何度飛び降りても、全く死なない。死ねないことが本人は苦しいらしかった。でも、死ぬたびに自分から流れる血液でどんどん体が汚れていく、最終的には、という位置づけすら難しくて結論としては「自殺は成仏できない」みたいな内容。本当にそうだったかさえ曖昧な記憶だから、実際の動画は違うかもしれない。そもそも、自殺防止の啓発動画みたいなものだった気がする。

 その動画のような現象をタツさんが経験しているとか? 死因が分からないんじゃ、そもそもいくら考えても「可能性」の範疇から出られない。でも、なんで、タツさんがそんな大事なことを私に打ち明けたんだろう。

「実はこのこと、サイトを一度利用してくださった方で、最後の三つ目のお願いをされていない方に実際にお会いしてお伝えしています」
「え? いろんな人に話してるならニュースとかになってるんじゃ」
「秘密厳守をお願いしておりますし、三つ目のお願い後は、皆さまから……おっとこれ以上は」

 えへへ、危ない危ない、と初めてちゃんと微笑まれて、私は胸をなでおろした。

「とにかく、今の話は誰にも話しちゃいけない、ここでの秘密ってこと?」
「そうです! 夕夏さんは理解が早くて助かります! ところで、最後のお願いは決まりましたか?」
「いや、決まっては……」

 顔を覗き込まれて、気まずい気持ちになり、視線を斜め上にずらした。

「じゃあ、一つ、私、タツの願いを、あくまで" 提案 "という形で聞いていただけませんか?」
「提案?」
「はい。とりあえず、聞くだけでも、ね」