僕らのノイズ ※最後の願いは、十分考えたうえで送信してください。

 ふと寒気がして、目を覚ました。変に傾いている視界に映る時計塔を見て、目を見開いた。

「もう十七時だ……」

 お母さんが帰ってくる時間の少し前、十六時頃には帰宅しておきたかったのに。お母さんはもう、家にいるはず。いつもなら夕飯は十九時だから、急いで帰らないと怒られる。
 まだ少し眠気が残る体を無理やり起こして、バッグを肩にかけたとき、タイミングよくバスがきた。走ってバスに乗り込むと、他の乗客が私を見つめてきて、少し気まずかった。
 申し訳なさを醸し出しながら、手すりに摑まると、バスはアナウンスと共に発車して駅に向かった。
 
 そういえば――。
 友達と遊んだり、自由に使ったりしていいと言われて毎月もらうこのお小遣いも、時間が戻る前のいつからか、こういう交通費や参考書の費用として使うようになった。多分、お母さんはそのことを全く知らない。朋美のお母さんから、朋美との関係性を何も聞いていないんだとすれば――、だけれど。

 
 数分後、バスは、終点の停留所である駅入り口に到着した。
 五、六人がカードを支払い機にタッチし出ていき、私も同じようにタッチしてバスから降りた。
 
 バス車内が温かったから、降りた瞬間に寒くて鼻先がかじかんで痛かった。
 手袋とマフラー、持ってくるべきだった。昼間はあんなに温かくて、気持ちよかったのに。
 どんどん冷えていく両手を互いにこすり合わせて温度を上げていきながら、バッグとゴムチェーンで繋がっている電車の定期券をポケットから引っ張って、改札機に押し当てた。即座に開いた遮断機に別の地獄に通された気がして、空っぽになって軽くなったはずの心が少し重くなった。

 電車に乗って椅子に座って、外が真っ暗になって窓に反射する自分を見つめた。
 明後日、冬休み空けの教室で、普通に過ごせるのかな……。

 一つめのお願いは叶った。でも、まだ二つめのお願いは叶ってない。
 もしも、朋美が他のクラスメイトに何か話しているとしたら、進級前のクラスでさえも、時間が戻る前と同じで、いじめがある。朋美とはずっと同じクラスだし。

 誰も助けてはくれない。逃げ場がない。お先真っ暗だ。
 
 せめて、願いが叶う時期が大まかに分かれば、教えてもらえたら、助かるのに。
 うだうだと考えている間に、電車は自宅の最寄り駅に到着した。電車を降りて駅を出てしばらく歩いていると、スマホから着信音が鳴り響いた。

「お母さんだ……」

 画面に映し出される名前を見て、出ようか否か悩んでしまう。きっと、また怒鳴られるから。
 時刻は十九時前。普段はもう、食卓に夕飯が並んでいて、さぁこれからいただきます、のタイミング。電話に出なければ、それはそれで怒られる。

 目を閉じて深呼吸をして、再び目を開けて、緑色に光る「応答」を親指でタップした。

「どこにいるの! 今何してるの! 夕飯までには帰りなさいっていつも言ってるのに! お母さんが悪いの!? あんたはいっつもそう、大きくなってから素直に言うこと聞かなくなって生意気なんだから! 朋美ちゃんは――」

 お母さんのヒステリックな怒鳴り声で耳がキーンと鳴った。
 やっぱり怒鳴られた……。いくら聞き慣れても、この怒鳴り声は毒となって体中を回って、苦しくなる。
 とりあえず、この場はひたすら謝るしかない。何を言っても聞く耳を持ってもらえないから、せめて怒りの温度を冷ませるようなことを言わないと、帰宅後の私が嫌な目に遭うかもしれない。

「今、駅に着いた。部活で居残り練習してた。すぐ帰るね」

 嘘を混ぜた返事をして電話を切り、スマホをポケットにしまった。
 急いで帰ってもどのみち少しは怒られるだろうから、家の近くの曲がり角から走って息切れさせて急いだように見せよう。

 嘘をつくのだけは、得意になってしまった。