僕らのノイズ ~捨ててやる、こんなもの~

 朋美の姿が見えなくなってから、やっと足が動くようになった。
 あの空気の中を歩いて帰る、そんなことは今の私にできないから、先に帰ってくれたほうがむしろ好都合だ。


     * * *


 十八時半だからか、住宅街には各家庭の夕飯の香りが立ち込めている。
 いいなぁ、今日はカレーか。
 自宅が近くに見えたとき、なんとなく、向かい側の……朋美の家を見つめてしまった。
 リビングからこぼれる灯りは、そっと道路を照らしていた。

 " 朋美ちゃんは、あんたと違って "

 お母さんの声がまた、頭の中で響いて、黒い靄が心の奥底からうっすら顔を覗き込ませてきた。

 我が家は、朋美の家の明るさとは対照的に、真っ暗なまま。
 まだ誰も帰っていないようで、少しほっとした。
 誰の機嫌もとらなくていい、自分の時間が確保されている安心感だった。

 「ただいま」
 
 玄関で、返ってこない言葉を発してローファーを脱いだ。
 自室に戻って、制服のままベッドに身を委ねると、疲れのあまり、そのまま眠りについた。


     * * *


 ――翌朝。ニ〇ニ六年、一月六日、火曜日。

 いつも通りーー時間が戻る前のーー朝がきた。
 縦長の鏡を前に、冬服のブレザーに袖を通してため息をついた。

 自室を出て、食卓につこうと台所に向かうと、上半身を投げ出した状態で寝ているお父さんが視界に入って、どうしようもないくらい、げんなりした。

 「お父さん……」

 おそらく、昨夜は年明けの飲み会か何かで飲み明かしてきたんだろう。
 酔い覚ましなのか、お父さんの右手のガラスのコップにはなみなみ水が注がれていたけれど、口をつけた様子は一切なかった。

 時計の針は、八時前を指している。
 
 「お父さん、お父さんってば……」

 お父さんの背中をゆっくり揺らしても、揺れるのはお父さんの体と、右手に繋がれたコップだけ。

 (このまま無理に起こして殴られても、後が面倒だな……)

 憂鬱な気持ちのまま、そっと諦めてその場を離れた。


 玄関のドアを開けた時、同じタイミングで朋美が家から出てきた。

 昨日の今日のことだ。朋美に合わせる顔なんて、ない。
 それでも、冬休みは部活があるから、部活には顔を出さないといけない。だから私も家を出た。

 「朋美おはよ!」

 私は、「昨日朋美に言われたこと、気にしてないよ!」そう言いたくなる気持ちをぐっと堪えて、ただ、笑って朋美に挨拶した。

 人間関係だけでも良好にしなきゃ、居場所がなくなる。
 特に女子の場合は……。

 朋美はそんな私の気持ちを無視するかのように、通りすがりに私を睨むなり、早歩きで学校へと歩いて行ってしまった。