僕らのノイズ ~捨ててやる、こんなもの~

 その後、舞台から退場して、ロビーで反省会が開かれても、私はどこか、上の空だった。
 反省会なんてどころじゃなかったから、ソロを歌えなかったから。
 あの黒い人に対する怒りと、モヤモヤした灰色の気持ちが頭の中に居座って、私はロビーの磨かれた床を見つめている。

 隣に立っている朋美を横目でちらっと覗いた。
 口角を上げているのに、目はどこか、遠くを見つめているようで……。
 視線を朋美の手にそっと落とすと、強くぎゅっと固められた拳が、微かに震えているのが目に入った。
 私はその拳で今すぐ殴られるんじゃないかと、血の気が引いて顔を上げられなかった。

 ――――気づかれてる。

 ソロを、私が歌えなかったこと。
 きっと、朋美は気づいていた。

 ……朋美だけじゃない。
 反省会で話す先生の話を聞く限り、朋美のほかに、先生や他の部員みんなが、私の失敗に気づいている。

 後ろから、「那月がいなかったら台無しになってたよねー」「" エース "じゃないのかよ朋美は」「代理申請のおかげで助かった」と呆れ混じりの声が微かに聞こえてきた。

 私の失敗に、みんなが気づいて、呆れてる。



 "  シッパイサク "



 その言葉がまた、頭の中で大きく響いた。
 

     * * *


 反省会を終え、ホールの自席に戻ると、力が抜けて、きらきらと輝き続ける舞台を呆然と見つめていた。
 
(そういえば、さっき誰かが"代理申請のおかげで助かった"って言っていたような……)

「朋美、代理申請、先生が出したの…?」

 隣に座る朋美にしか聞こえないような小声で、尋ねた。

「出さないなんて、ありえないでしょ。うちが説得した」

「そう、なんだ……」

 ――ここも、時間が戻る前と比べて、変化してるんだ。
 だって、あのときは代理申請していなかったはずだから。
 急遽、那月が私の代わりに歌うなんてこと……。

 でも、私が歌わなかった事実は、変わっていない。

 反省会のときに生まれたモヤモヤが、ゆっくりとうねって、不安を煽ってくる。


 しばらくして、ステージ脇から司会者がスタスタと歩いてきて、舞台のセンターに立った。
 司会者が、結果発表の時間になったことをマイク越しに伝えてくる。

 銅賞、銀賞、と下の順位から発表し、やっと金賞を受賞した高校名の発表を迎えた。
 ここで呼ばれなかったら、奨励賞……俗に言う、参加賞のみになったことを知らされる。



 「ついに! 金賞の受賞校を発表いたします! 金賞は……

 芝原学院高校、おめでとうございます! 金賞、ゴールドです!」



 「し」の頭文字で確定したからか、私以外の部員と、先生は席を勢いよく立ち上がって、歓喜に満ち溢れた声を上げたり、ガッツポーズやハイタッチをしていた。
 私だけ、そこで取り残されたかのように、座ったまま、舞台を見つめ続けた。

 聞こえてくる音のすべてが、やけに遠く感じられる。
 
 喜べるわけがない。私は、自分の役割を、放棄したも同然だから。
 
 心は、ひんやりとした冷たさだけを響かせていた。

 
     * * *


 会場を出て、朋美と一緒に並んで歩く。
 なんだか、とても気まずくて、話しかけるにも何も言葉が思いつかない。

 急に朋美が隣からいなくなり、私が後ろを振り向くと、怒りも呆れもすべて消し去った朋美が、私を静かに見つめていた。

 視線が、どこか痛くて、悲しくて、私は俯いた。

「あんたさ、あれどういうつもりなの?」

 "あんた"なんて、仲が良かったころの朋美は一言も言ってきたことなかった。
 朋美の言葉で、朝のあの朋美はいない、と思わされた。

「なんで歌わなかったの」

 取り調べを受けている時の感覚って、こういうものなんだろうな……。
 そんなことを考えているうちに、朋美は私の横を通り過ぎて行こうとした。

「いくら、金賞を獲れたって、意味ないでしょ……歌わない人間がいるなら」

 ピシャリとシャッターを閉めたような朋美の声は、その場の時間を止めるには十分すぎるほどだった。
 
 " そうだよね、私もそう思う "……なんて、歌わなかった私が言っても、きっと理由を話しても、朋美に分かってもらえるはずがない。
 
 私はそれ以上考えることがしんどくなって、ぼーっと立ち尽くした。