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 もう遅くなったし、送るよ、と言うと、彼女はそんなに遠くないから大丈夫、と断った。
「この辺外灯が少なくて危ないから。家を知られるのが嫌なら途中まででいいし」
「そういうわけじゃないですけど、いつも夜に一人でコンビニとか行くし」
「今日みたいな泣いたあとの顔で、一人でフラフラしてたら、襲ってくださいって言ってるようなもんだよ」
 この子は少し無防備すぎる。いつかひどい男にひっかかって、騙されそうで心配になる。
 彼女は、う、と言葉につまり、じゃあお願いします、と小さな声で言った。
 ほんとに近いから、と車は遠慮されたので、連れ立って二人で歩く。今回は少しだけ彼女が前を行った。さっき、少し強引に会話を終わらせてから、彼女の口数が減った気がする。いろいろ聞きたいことはあるけれど、聞けない、ってところだろうか。つくづくわかりやすい子だな、と思う。
「家は実家?」
 こちらから話を振ると、どことなくほっとしたように表情が和らいだ。
「ううん、今は一人暮らしです。お父さん、私が大学に入るときに再婚したから、私は家を出ることにしたんです」
 これはあまり突っ込まない方がいい話題なのかな、と少し迷うと、気配を察してか慌てて付け足した。
「べつに居づらかったわけじゃないですよ、相手の人もすごくいい人だし。でも、やっぱりお母さん、って素直に呼べなくて。無理して一緒に暮らさなくてもいい、って言ってくれたし、私も新婚の邪魔はしたくなかったので」
 今でもご飯食べにちょくちょく帰ってます、と笑う。
「桐原さんはご実家はどこなんですか?」
「実家、っていうものはない、かな。俺の両親、ガキの頃に死んでるから」
 え、と今度は彼女の方がすまなそうに顔を曇らせた。
「俺もそんなにひどい思いしたわけじゃないよ。引き取ってくれた親戚の家でも、本当の家族みたいに接してもらったし」
 それでも、そこは実家とは言わないだろう。高校を出て働き始めてからは、ほとんど連絡は取っていない。
「ひとりでいるのも慣れてたし。どっちかというと誰かといるより、ひとりでカメラを構えてる方が楽しかった」
「小さい頃から、写真を撮るのが好きだったんですか?」
「俺が、というか親父の趣味で。子供用のカメラを買ってもらって、海とか山とかよく一緒に撮りに行ったよ」
 小学四年の時に事故で母が亡くなり、あとを追うように父も一ヶ月後に死んだ。心臓の発作で突然倒れたらしいけど、それまでなんの病気もしてこなかった人が母が死んで急に倒れるなんて、なんて仲のいい夫婦なんだ、と子供ながらに皮肉げに思ったものだ。
 突然ひとりぼっちになった俺は、父の妹の家に引き取られた。叔母は自分の子供と同じように接してくれたし、両親がきちんと保険に入ってくれていたおかげで、そこまで肩身の狭い思いはしなかった。それでもやはりひとりだけ異質なものだという自覚はあった。遠慮もあったし、なるべくひとりでいるように意識していたところもあったかもしれない。大学まで行け、という叔母の言葉にも逆らった。早く好きな仕事で食っていけるようになりたかったし、誰にも頼らないで生きていけるようになりたかった。