斜め前のシートに座っていた髪の長い女性がちらっとしずくを見た。
お腹の音が聞こえたのだろう。

 恥ずかしい。

 恥ずかしくて誤魔化そうとするのに、お腹は遠慮なく鳴り続ける。

 隙なく丁寧にメイクした女性がくすっと笑う。長い睫毛とラメの入ったブルーのアイシャドウがとても綺麗だ。

 しずくは思わず肩を竦めた。
 両手でぐうっとお腹を抑えつけて、なだめてみようと思ったけれど、しずくの中の子犬は相当の駄々っ子で、手のひらの強さをすり抜けてきゅううっと鳴く。


 ――ああ、もうやだな。


 しずくはもう一度誤魔化しにもならない緑茶を飲んだ。

「よかったらどうぞ」
「え……っ」

 驚いて顔を上げたら、斜め前の女性が細くて白い腕を伸ばして、小さなバウムクーヘンを差し出していた。

「え、え、あの……っ、えっとっ」

 しずくはテンパってしまって、バウムクーヘンと髪の長い女性を交互に見比べた。
 コンビニでよく売っているありふれたバウムクーヘンなのに、綺麗なひとが持っているとひどくきらきらして見える。美味しそうだと素直に思えるのは、空腹だけのせいではない、と思う。

「もうひとつあるから遠慮しないで。お腹空いてるんでしょう?」
「は、はあ……」

 しずくはまた肩を竦め、身体を縮めた。もともと小柄だけれど、より一層小さくなってしまっていることだろう。

 予定ぎりぎりまで爆睡していて朝ご飯を抜き、だからといってどこかで食べ物を買ってくることもせず、公共交通機関の中でお腹が鳴って……。
 十九歳にもなって計画性がないにもほどがある。

 その恥ずかしさと綺麗な女性から憐れまれた惨めさに、顔から火を噴きそうだ。頬が火照るのに、背筋がひやっとしてしまう。

「この暑いのに食べておかないと持たないわよ」

 やわらかく微笑み、女性は続けて小分けになった可愛らしい包装のミニチョコレートも取り出した。

「あと、これもどうぞ」
「は、あの……すみ、ません」

 女性の好意を拒むのも忍びなくて、しずくはバウムクーヘンとチョコレートを受け取った。