カーテンから眩しい日差しが差し込み、半強制的に起こされる。
隙間から差し込む日差しをよけるようにベットから上半身だけを起こす。まだ、意識がぼんやりとしていて目がかすんでいる。少しのあくびをしてベット脇に置いてある時計に目を向けると時間は午前11時を回っていた。どうやら、太陽が昇りすぎてここまで日差しがさしこんでいたらしい。
普段ならこんな時間に起きることは絶対にない。ましてや平日の学校がある日。遅刻というかもう学校に行く気分にもならない。その理由は他でもなく昨日の出来事のせいだ。
この時間まで誰にも邪魔されずに起きなかったことから考えるに母さんは僕に気を遣って起こしに来なかったのだろう。

「はぁ」

ベットの上で一つ息を吸って吐き出してみる。
疲れて熟睡していて陽光で目が覚めるという気分のいい目覚めの典型的な例。でも昨日と変わらずいい気分とは言えなかった。
もう一度、時計を見つめる。長針が刻一刻と進んでいる。時計にタイムリミットがとうとう始まったなと言われている気分になる。7日間というタイムリミットが。

気怠い身体を動かし、昨日は見向きもしなかった机の上に置いてある"MR7"についての書類に手を伸ばす。もちろん見る気にはならない。でも一度目を通す必要があるから仕方なく目を通して詳細を見ていく。ほとんどのことが先生から聞いたことばかり。だけど僕にとって重要なのは成分や副作用ではなく、記憶の期間についての細かいことだ。
症状の欄に目を向け一通り見る。先生も言ってた通り薬を打たれた次の日から7日間のカウントを得て記憶が消去される。つまり今日が金曜日ということは来週の金曜日の朝に記憶が消えるってことだ。記憶が消える当日の具体的な時間までは解明されていないらしい。だが今までこの薬を扱ってきた患者の例を見ると、どうやら当日の起きた瞬間にはもう記憶が消えているらしい。
考えただけでもゾッとしてしまい、息を呑み込む。見るんじゃなかったと後悔してしまうがもう遅い。その後悔とともに時計のカチカチという音がいつもよりも早く感じる。


鉛のように重い身体を動かし、自分の部屋を出て1階に降りる。洗面台で顔を洗った後、リビングに向かう。リビングには母さんの姿は見えず、昨日カレーを食べた机の上に置手紙らしきものと朝ごはん、というか昼ご飯らしきものが置いてあった。

『休みたいところだけど、休めそうにないから母さんは仕事に行ってきます。横に置いてあるご飯しっかり食べてね。学校には体調不良と連絡しておいたからね』

どうやら学校への連絡も母さんが済ませておいてくれたらしい。僕の気を案じて体調不良という体にしてくれた。昨日は話す気にもなれなかったが母さんの優しさが心臓に突き刺さる。記憶が消えるまでには感謝を伝えておかないといけないなと思った。今までのことを思い返すと母さんはほんとに僕のことに精一杯尽くしてくれていた。学校や部活、陸上の大会の送迎なんかもそうだ。それも含めて伝えないと。まるでお別れかのように考えてしまう。いや、でも実際お別れなんだ。僕である露木隼人という人格は消えるわけなのだから。

母さんが作ってくれていた朝ごはん兼昼ごはんを食べ終える。食器を流し台に持っていき、洗い流していく。外気温のせいか蛇口からでてくる水がものすごく冷たい。今日、僕は瑠璃に連絡をしないといけないこと以外特にすることもない。瑠璃へ伝えなければならないことを考えるとさらに頭が重くなる。

瑠璃に伝えるのは夜でいいか。自分の中でそんな結論に至っていると、玄関の方からバイクが止まる音が聞こえてきた。少し時間をおいてまたバイクが走り出す音が聞こえる。おそらく郵便物かなにかだろう。そう思い、玄関の方に足を運ばせる。玄関の鍵を開けて扉を開く。外は晴れながらも雪がちらちらと降っていた。ほんとにこの季節の天気は変わりやすい。ポストから郵便物を取り出してすぐに中に入る。ほとんどが母さん宛の郵便物。主に化粧品のカタログなんかだけど、一つだけ茶封筒に僕の名前が書いてある郵便物を見つけた。あて名には病院機構団体と記載されていた。母さん宛の郵便物だけリビングの上に置いて、その茶封筒だけをもって僕はまた自室に戻った。

病院機構団体。宛名からして内容はおおむね予想がつく。
封筒を開けてみると、難しい文字が羅列してあった。そして一番最初に目に着いたのは"MR7の使用における研究への協力依頼"と書いてあった。難しい文字を読むまでもなく理解できた。

「はぁ、僕はモルモットなんかじゃないんだけどな...」

吐息を漏らすように声を漏らす。
人が絶望の淵に立たされているというのにこの封筒が僕の心をさらにたたきつけるようだった。というかプライバシーはどうなってるんだ。こんな封筒を送ってきた主に憤りを感じつつも僕はすぐに茶封筒ごとその紙をぐちゃぐちゃに丸めてごみ箱に放り投げた。
母さんがいなくて逆によかった。こんな封筒見たらまた母さんに心配かけることになる。これ以上母さんに心配はかけたくない。それだけが救いだった。


時刻は午後16時過ぎ。
どうやらあの後、また眠ってしまっていたらしい。途中までは瑠璃に送るメールの文章を考えていたんだけど、ベットの脇に携帯が投げ出されているあたり寝落ちというものをしてしまったみたいだ。
冬ということもあり太陽が沈むのも早く、カーテンの隙間からは夕日が差し込んでいた。一日の半分以上が過ぎた。もう僕の記憶が持つのは7日間もないわけだ。何度考えても実感が湧かない。頭でわかってはいても何かがつっかえている。そんな気分だ。

少しの時間ベットの上に座って天井を見上げていると下の階からインターホンを鳴らす音が聞こえてきた。
母さんが帰ってきたのかな。しかしインターホンは鳴りやまない。何度も鳴るあたり母さんではないみたいだ。冷静に考えてみると母さんなら鍵を持っているはずだから開けて入ってくるはず。もし鍵を忘れていても裏口から入ってくるはずだ。
あまり気乗りはしないけど、駆け足で階段を降りて玄関の方に向かう。玄関の前に着くとうっすらと扉の向こうにボラーがかかっている人影が映る。見たことのある紺色の服、下半身の方は少し長めのスカート。すぐに同じ高校のしかも女子生徒の制服だと理解した。
おそるおそる扉を開けるとそこには見覚えのある彼女がそこに立っていた。

「瑠璃...」

「あ、はやと。体調大丈夫?」

肩の方に少しだけ積もった雪を払いのけながら、僕の方に目を向けてくる。どうやら随分と雪が降ってきたらしい。瑠璃の背景の道路には轍の上にふさふさとした新雪が積もっていた。
瑠璃が僕を心配して来てくれるなんて普段の僕なら嬉しくて舞い上がってしまうところだけど、当然今はそんな気分になれない。

「う、うん、大丈夫。だいぶましになってきてるし」

「そう。よかった。はい、これ。今日のプリント」

今日、配られたであろうプリントを渡してくる。週末の課題と委員会だよりのプリントだ。

「月曜日には提出できるようにしておくようにって先生から伝言。と昨日、委員会の仕事、無理させてしまったみたいでごめんなだって」

どうやら先生は昨日の仕事のせいで体調を崩してしまったと思っているようだ。そしてわざわざ伝言を頼むあたり、ほんとにうちの担任は生徒一人一人をしっかりとみていると改めて思う。

「そう。ありがとう」

「ねぇ、上がっていい?久しぶりにはやとの部屋でお話したいな」

お礼をして少しの間が開いた後に瑠璃が僕の方を覗き込むようにしてそう提案してきた。
断る理由もないけど、これから別れようって連絡を入れようとしていた瑠璃を入れるのは流石に気まずい。なにより、僕の部屋には"MR7"についての書類が置いてある。僕の状態がばれてしまう可能性だってあるわけだ。僕の状態について言うつもりはない。だからばれてしまうであろうリスクは少しでも減らしたい。

「いや、でも、うつるといけないし...」

「大丈夫。治りかけなんでしょ?私なら平気」

「いや、でも...」

歯切れ悪く話す僕を見かねたのか瑠璃は覗き込んだ顔をもとの位置に戻した後、少しうーんと悩む動作をしている。

「じゃあ、マスクつけるから」

そう言うとマスクを取り出して口元に当てた。なんというさっぱりとした方法だ。
どうやら帰るつもりはないらしい。相変わらず謎に頑な部分がある。こうなってしまったら瑠璃の中で帰るという選択肢はなくなってしまう。

「はぁ、いいよ。上がって」

「やった。お邪魔します」

家の前で立ち往生されるのも困る。それに時々、手を擦り合わせて寒そうにしている。外は陽が落ちてきたこともあり、寒さを加速させていた。こんな状況で瑠璃を外に置いておくわけにも行かないのでしぶしぶ家に上げる。
瑠璃は僕の後ろにぴったりとくっついてついてくる。後ろから瑠璃が手に息をはぁと吐く音が聞こえてくる。相当寒かったのだろう。

「今、散らかってて片づけるから少し待ってて」

「そんなの気にしないのに。それに隼人の散らかってるは散らかってないでしょ?」

瑠璃の言う通り僕は男子にしては比較的部屋は綺麗な方だ。別に散らかってるわけじゃないし、片づけるわけでもない。気掛かりな書類を隠すためだ。
瑠璃を廊下に待たせて、僕だけ先に部屋に入る。机の上に置いてある書類を枕の下に隠す。ベットの下に落ちていた携帯も画面を開いて瑠璃に送るために考えていた別れの言葉を全部消してポケットにしまう。
怪しまれないように少し物を移動させる音を立てて、1分くらいたったあとに瑠璃を呼ぶ。

「入っていいよ」

「ほら、散らかってない」

「さっきまで散らかってた」

「ほんとに?変わってないと思うけどな~」

瑠璃はそうぼやくと、僕の部屋のベットに腰を掛けた。
普段の僕なら瑠璃の隣に座るところだが、少し距離を置いてカーペットの上に腰を下ろす。

「ひさしぶり。はやとの家に来るの」

「そういえば、そうだね」

確かに。瑠璃が僕の部屋に上がるのは随分久しぶりだ。
高校生になるまでは良くうちに遊びに来ていたけど、高校生になってからは減っていた気がする。ましてや付き合ってからははじめてだ。

「だいぶ雪積もってきたみたいだね」

「うん、学校帰る途中くらいからだいぶ降ってきたかな」

「ごめんね。寒い中、届けてくれて」

「ううん。私がしたくてしたんだから」

他愛のない話をしながら瑠璃は首に着けていたマフラーに手を伸ばす。マフラーを取ると同時にマスクに手をかけて取り外した。

「ちょっ。マスクしてないと」

「なにがうつるの?隼人、別に体調、悪くないでしょう?」

「え...」

見透かされるような透き通った瞳を僕に向けてくる。
ばれてる?ずる休みだってこと。タラリという効果音が鳴りそうな冷や汗が突如として湧き出てくる。

「そんなことないよ。今日はずっと寝込んでたし」

とりあえずごまかしておく。
寝込んでた。というか寝疲れてたってのが正しいけど、別に嘘を言ってるわけじゃない。間違いなく今日は寝ている割合のほうが多いのだから。

「それはほんとかもね。でも熱を出してたり、風邪ってわけでもなさそう」

瑠璃は膝の上に肘をついて顔を手の上に乗せたかと思えば、僕の方から目線を外し宙に向けている。
芯を貫かれるような瑠璃の言葉に流石にたじろいでしまう。思わず下に目線を下げてカーペットを見つめる。

「...どうしてそう思うの?」

下を向いたままおそるおそる聴き返す。

「だって、隼人が嘘ついてるの分かるから」

「昔からそう。隼人自身気づいてないのかもしれないけど、隼人って嘘つくとき目を合わせてくれないから」

知らなかった。
瑠璃に言われてはじめて気づいたことだった。確かに言われてみればそうなのかもしれない。現に今日は瑠璃の表情をしっかりと見ていない気がする。瑠璃の顔を見るとつい目線を逸らしていた。
なんてわかりやすい人間なんだろうと今日ばかりは自分を責める。

「なにがあったの?隼人が理由もなく学校休むなんてことないはずだよ」

瑠璃はベットから降りて、僕と同じ高さのカーペットに正座で座る。そして一番聞いてほしくない質問が投げかけられた。
どう答えればいい。瑠璃の言い方からしてごまかしてもすぐに嘘だとばれてしまいそうだ。まっすぐな瞳が刺さるように痛い。
僕のことをすべて分かっているように話す彼女。普通の高校生カップルならこんな嬉しいことはないだろう。自分のことを分かってくれる彼女がいるなんて理想のカップルって感じだ。でも、その嬉しさは微塵もない。状況が状況だからだ。

「瑠璃...」

「なに?」

優しい声で瑠璃が応じる。
僕は相変わらず上を向いて瑠璃と顔を合わせることができず下を向いている。

「...別れよう」

ぽつりとでた言葉。
つい数時間前までメールを送ることすらためらっていたこの言葉は簡単に吐き出せた。
おそるおそる瑠璃を見てみるとなにも動じていないようだ。さっきとは変わらず僕をまっすぐ見つめてきている。

「どうして?理由を聞きたいかな」

「それは...」

ひと時の静寂が包み込む。
別れようの言葉は簡単に出たけど、そのあとのことを考えていなかった。
まるで瑠璃に告白したときのような見切り発車だ。あのころと何にも変わっていない。
いっそのこと言ってしまいたくなる自分がいる。記憶が消えてしまうことを。いや、でも言うわけにはいかない。

「瑠璃と付き合うのは僕じゃ駄目だと思ったから」

「隼人。理由になってないよ。それに私は隼人が好きだよ」

また沈黙。居心地がいいとは言えない空気が部屋を満たす。
瑠璃からの好きという言葉。嬉しい。嬉しすぎる言葉だ。なんで。なんで。
瑠璃と別れたくない。いやだ。これからの日々を瑠璃と過ごしていきたい。少しの間、収まっていた感情があふれんばかりの感情が今にも心のダムを決壊させて飛び出しそうだった。

「僕は...僕は...瑠璃のことが嫌いになった」

うそだ。
ほんとは大好きだ。手放したくない。せっかくなれた関係を崩したくない。
でも、こう言う以外の回答を僕は持ち合わせてない。

「うそだよ」

「うそじゃない!!」

自分でもびっくりするくらい大きな声が部屋に響き渡った。瑠璃の体が僕の声に反応してピクリと動いた。
瑠璃に見透かされるように否定されるのが辛くて、痛くて、反射的に声を荒げた。思い出したくない昨日の出来事が鮮明に思い出される。頭の中を駆け巡る。

「うそ...じゃない」

「じゃあ、なんで隼人は泣いてるの?」

そっと自分の顔に手を当てる。
確かに自分の瞳から涙が流れてる。もうだめだ。止まらない。感情が滝のようにあふれ出してくるのを止めるすべを僕は持ち合わせてない。瑠璃の前で、大好きな人の前で、大粒の涙を流している。情けない。
潤んだ瞳でかすんで見える瑠璃はいつものような優しい顔をこちらに向けてくれている。

「隼人。なにがあったの?」

「....瑠璃、好きだ。好きなんだ。嫌いになるはずがない。別れたくない」

ぽつりぽつりと声を漏らしていく。

「うん、知ってる」

「でも、別れないといけない。瑠璃を...瑠璃を悲しませたくない。せっかく一緒になれたのに、これからだっていうのに」

いつものように淡々と話す余裕はなかった。
声が震える。奥底に眠っていた本心が、さきに言った言葉とは矛盾している本心がとめどなく外に出ていく。
そのとき、ふっと手を引っ張られ、瑠璃の胸の中にすっぽりと頭を抑え込められる。

「隼人。落ち着いて。大丈夫。私も隼人が大好きだよ」

もう限界だった。
そのまま、瑠璃に抱きしめられながら泣いた。ただひたすらに。
泣くのなんて久しぶりだった。高校生で泣くことになるなんて思ってもみなかった。
瑠璃は僕が泣いている間、ずっと頭を撫で続けてくれていた。優しく温かな瑠璃の手が僕のため込んでいたものを溶かしていくように感じられた。

「落ち着いた?」

「うん、ごめん。情けないところ見せて」

「いいよ。隼人の彼女は私なんだからこれくらいのこと」

あれからどれくらい泣いていたのか分からないけど、ようやく落ち着いた。
瑠璃の制服が涙で滲んでいるあたり相当泣いてたんだと思う。何も解決したわけじゃないのに泣いたら少しだけ心が軽くなった。
もうどうでもいいと思った。自暴自棄な方のどうでもいいではない。言葉では言い表せないけど。
僕はベットに隠してある封筒を取り出して瑠璃に手渡す。

「これ、"MR7"っていう薬。昨日の帰り道、いろいろあって今、僕の体内にその薬が入り込んでる」

昨日の出来事のすべては話さず、最小限のことだけを伝える。
聞きながら瑠璃は渡した封筒の中の書類を目で追っている。

「見ての通り、僕はあと7日で記憶が消える。治すすべもない。僕はただ空白になるこれからを過ごすだけなんだ」

瑠璃は何も言わずに書類を読み終えた後、少しだけ目を瞑っていた。そしてまたすぐに僕に顔を向けてくる。
さっきと変わらない優しい表情。その裏にある感情を僕は読み解くことができない。さっき瑠璃がしたように僕の本心を見破る。なんてことはできない。今、瑠璃はどう思ってくれているんだろう。悲しい。寂しい。嫌だ。今、瑠璃はどんな感情なのだろう。

「だから、もうどうでもいいんだ。これから何をしようと僕の記憶には残らない。今こうして瑠璃に話していることすら消えてしまう」

「だから、別れようって」

「そう。ほんとはこのことは言わないつもりだった。でも、」

言わないと引けないところまで、来てしまった。
瑠璃のまっすぐな瞳と頑なに頑固な部分を前にして隠し通せる自信がない。なにより泣いてから、心が少し軽くなってから、ああ、もういいやってなった。おかしなものだ。さっきまでは絶対に言わないと決めていたのに。その信念は簡単に崩れ去る。人間なんて所詮こんな生き物なんだ。

「これから瑠璃とどんな思い出を作っても残らない。瑠璃との約束を守れないのはほんとにごめん。でも瑠璃を悲しませ...」

「別れるつもりはないよ」

僕の言葉を遮るように瑠璃が言う。凛とした迷いもなにもない声で。

「別れるなんてことはしない」

「瑠璃...。頼むよ。もう僕はどうでもいいんだ。こんなどうでもいい僕なんかのために時間を割く必要はない。瑠璃ならなんとなくそう言うと思ってた。でも」

本心だ。
さっきの別れたくないって言ったのも本心だけど、これもまた同時に心の底から思っていること。二つの答えを持ち合わせていてどちらも正解という矛盾しているけど。

「ならさ、隼人の時間を、これからの時間を、私にちょうだい」

座り直して、もう一度まっすぐな目で僕を見つめてくる。
瑠璃が言ってくる言葉の意味がつかめない。

「別れるつもりはない。隼人とこれからも一緒にいる」

「瑠璃、言っただろ。これから僕と一緒にいても」

「どうでもいいんでしょ?隼人は。自分のこれからの時間が」

食いつくように瑠璃が言ってくる。

「ならいいはずだよ。私がその時間をもらっても」

何も言い返せない。
瑠璃が言ってることが理に適ってるから。まぁ、でも僕の意見は全く通ってないが。

「隼人。これは契約だから。隼人の時間は今をもって私が全部もらうから」

自信満々に少しの笑顔を交えながら言う瑠璃を止める術がなかった。
これでもし僕が反発しても、また、どうでもいいんでしょ?って誇った顔で言われるのが目に見える。

「じゃあ、帰るね。私。長居する予定じゃなかったし」

マフラーを巻き直し、マフラーの中に入ったロングの髪を外に出している。
瑠璃は僕に有無を言わせない勢いで帰る準備をぱっと済ませていく。
張りつめた部屋の空気を割るようにぱっと瑠璃が立ち上がって、扉に向かう。

「じゃあ、また明日ね。明日はちゃんと起きてね」

最後にまた明日という意味深な言葉を残して瑠璃は部屋を出ていった。
あまりにもテンポよく進むものだから唖然としていた。なにも言い返せる余地もなく、先ほどまで瑠璃がいた部屋は一気に静まり返った。僕はただただ瑠璃が出ていった扉を眺めていた。