私とあなた達の世界

『お前さ、本当は変な子だと思うよ…』

……しばらく話を聞くだけにしよう。

『人間でいれば、誰でも中にもう一人がいる。だけど、ほとんどの人は何も気づかず人生を過ごしてる。一部の人は、子供の頃、中の人のことを気づいて、お前のように色んな世界(パラコズム)で遊んでたりする…』

わかるように、わからないように。

『…その一部の人をまた二つに分ける。一つ目は、成長するにつれて中の人の姿も見えなくなって、段々記憶からこんな人がいるのも忘れる。もう一つは…』

あぁ、魔法のように。

『お前みたいに、俺たちのこと忘れたくないし、出会った子とも別れたくない。たとえ、自分を壊そうとしても、中の人といたいと思ってる人だ。』
「なるほど…」
『お前が、昔からも【あっちの世界】(現実)が嫌いでしょう。』
「ええ。もちろん、今も。」

私が好きなのは、あなた達がいる世界(パラコズム)だ。
自分の存在や記憶はどうでもいいと思ってた。

選べるなら、私はあなた達の記憶だけ覚えて欲しい。
なのに、ヘミアとの別れで、私は気づいた。

私は、最初から選択権がなかった。

『…俺たちさ、実はもう一つの役目があるよ。』
「役目って、私を守ること?」
『それは一つで、もう一つは、あなたの物語(人生)を記録する。』
「…記録意味がないじゃない?」
『さっき聞いたよね。お前が仕事や学校へ行った時、俺が何かやってるか知りたいでしょう。俺は、いや、俺たちは、お前の物語(人生)をしてるよ。』
「なんでそんなことを…」
『お前の世界を崩れないように。』

私の世界(パラコズム)

『そして、お前自身が壊さないように。』

私の物語(人生)

『だから、俺は【蒼】と性格が違うけど、同じくお前を見守ってる。あっでも勘違いすんなよ。俺たちは役目だからお前を可愛がってるじゃないよ。』
「…そっか。」

なぜかホッとした。

『変なこと考えないでよ。俺たちはあんなにお前といたから、それぐらい信じてくれよ。そもそも、あの子はお前のために世界(パラコズム)まで用意した…』
「…ねぇ。」
『うん?』
「私の物語(人生)なんて、つまらないでしょう?」

栞とヘミアの物語(人生)を見てきたからこそ、言える。
自分の物語(人生)は、どっちに言うと、つまらないと思う。

『…さぁ。俺は普通だと思う。』
「そうなの?」
『でもさ、俺は他の子の物語(人生)も見たことないし、目を覚めてからずっとお前としか話せないから、お前の物語(人生)は、普通だけど嫌いじゃない。』
「ありがとうね。」
『ってか、一人の物語(人生)でこんなにたくさん物語(人生)もあって、どこかつまらないの?』
「たくさんってどういうこと?」
『その紙に書いた名前の子の物語(人生)、全部あるでしょう。』
蒼は指を指して、笑いながら言った。

…うん?今のは聞き間違い?

「…全部あるって、消えてないという意味なの?」
『俺、消えたと言ったか?』

あっさりと言った。

「…それ違うよね?」
『え?何か?』
「だって、私が忘れたから瑠璃の部屋が消えたでしょう?私が忘れたから、ここ、2階建ての洋館からこんな感じになったではないの?」
『あっそういうことだ。お前、記憶についてうるさかったので、説明しなくてもいいと思った…で、簡単に言うと、お前が思い出せないだけで、永久に消え去った訳じゃないよ。』

消えてない。
ただ思い出せない。

「それって、何か違うの?」
『お前があの子達と出会ったのは事実だった。俺が証明できる。お前が言った通りに、お前以外の誰にも俺たちの存在を証明できない。それと一緒だったよ、お前が彼女達と出会ったということを証明できるのは、俺とあの子しかいない。』
「…ってことは、私がいつか思い出せる?」
『あぁ。』
「じゃ、なんで…」
『決まってるのはお前の脳だよ。お前がこれからも覚えられないと行けない情報がいっぱいあるし、全部覚える必要ないだろう。』
「なら、どうやったら思い出せるの?」
『さぁ。でも、あの子ならできると思う。』
「…蒼も記憶良いの?」
『どうかなぁ…普通だと思う。でも、俺は基本日常的に覚えることないので、お前のこと覚えるくらいできるよ。』
「…でも、そんな…」

それなら、蒼と【蒼】の物語(人生)はどうになったの?

『俺たちの物語(人生)はどうでもいいよ?』
「いい訳ないでしょ!」
『俺はいいと思う。お前の物語(人生)に俺の存在があるだけで充分だ。』
「…バカな話言うな…」
『しかも、彼は、お前が安心できる拠り所を作り出した。』

蒼の話を聞きながら、何故か目が暖かくなった。

私、一体なんで泣きそうになったでしょう。
【蒼】に申し訳ないと感じたか?
みんな忘れたくないと言ってるのに、忘れてしまったから?
それとも、大切な人たちから頂いた物を、自らの手で壊してしまうそうから?

『お前、泣きすぎだろう。』
蒼をそう言いながら、私の涙を拭いてくれた。

彼達が、今まで頑張って私を守ってきた。
知ってると思うけど

『お前はさ、昔から辛くても誰にも言わずに何でも独りでする。』
「……」
『ずっとお前の人生を見てきた【蒼】ならわかるはず。お前の心理状況もわかってるし、お前がいつか自分の世界(現実)を壊そうとするのもわかる。』
「…ごめんなさい。」
『責めてないよ。』
「そんなつもりがなかった…」
『まぁ、彼のやり方として、お前の記憶を保管したり修正したりしただけだった。』

…今、修正って言った?

『脳から必要ではないと判定された記憶も、お前が大切だと思ってるなら、こっそり保管してる…』

ふっと、私の中に酷い事を考えた。
人間の脳は、万能ではない。妨害も起こる。

「…類似の記憶がお互いに妨げ合い…」

類似の記憶がお互いに妨げ合い、
正しい記憶が表面に出てくるのを邪魔する。

こんな仕掛けがあるから、人間はものを忘れて、
新しい情報を吸収しながら記憶を上書きしたりできる。

『今、何を言った?』
「…繋がりだけではないよね?あなた達が、私の記憶を記録だけではなく、修正もできるよね?いや、先イリスの件にもわかるけど、【蒼】は記憶を干渉してから記憶を保管してるよね?」
『あぁ。』

保管するだけなら、別に【蒼】がやらなくてもいいんだ。
私が望んだように記憶を保管する。
ちゃんと私の意向を聞いて、それから反応してくれた。

こんなことができるのは、
私の中の住人、彼しかできないんだ。

『彼はしっかりしてるよ。気分や面白いと思ってお前の記憶を干渉したことない。お前が、もう二度と自分を壊さないように、居場所も、生きる理由も用意した』

生きる理由。

自分の世界を好きになる理由。

「…私、今凄くひどいこと思いついた。」
『ひどいこと?』
「私が、何回も、自分が死んだら【蒼】もヘミアも死んでしまうと思ったよね。もちろん、今も、私が死んだら蒼と栞が死ぬと思ってる。」
『で?』
「この考え、この感情も【蒼】が用意したの?」
『そうだよ。』

蒼はあっさり認めたせいか、自分も思ったより冷静だった。

いわれば、そうだったよね。
正直、私はその日のことほとんど覚えてない。
十年以上も経ったし、覚えなくても普通だと思う。
今でも残ってるのは断片的な記憶だけだった。

もちろん、それだけでも当時の私の気持ちを蘇る。
映像には、キッチンでナイフを持ってる右手と、キッチンのタイル床だけ。
そのあと残るのは、自殺した後にどうなるか必死に考えてた。

しかし、この記憶を回想した度に、一番強く出てるのは、
【自分が死んだら【蒼】も消えてしまう】
という考え方だった。

「…今さらだけど、確かに彼からそう言われたことない。」

普通、影響を与えるや大事な話であれば、忘れないよ。
特に、話し相手は【蒼】だとしたら、忘れるはずがない。

『まあ。あの子も、お前を止めようとしたかったでしょう。』
「蒼もやった?」
『やったって?』
「私の記憶、干渉した?」
『あんな大変なことはすん…あっ。』

蒼は突然口を噤んだ。

「したよね?」
『…俺はあの子みたい大事してないよ。』
「へぇ。」
『ただあの男との記憶だけいじってみただけ…いや、いじると言えないかも。あの男との記憶の中にある嫌な気持ちを強くさせただけ。それは俺が悪いが、あの男と付き合うのはやっぱやめ…』

蒼は焦ってるように、頑張って説明してる。
いつも余裕でいるのに、一瞬子供のように見える。
そんな姿を見ると我慢できず、ぶすっと笑ってしまった。

『…大丈夫なの?』
「あっごめん、ごめん。でも怒ってないよ、ありがとうね。」
『ありがとうって…お前、やっぱおかしい。』
「てか、そんな便利なスキルができるなら、もっと早く言ってよ。学生時代の恥ずかしい思い出も消してくれない?」
『ダメに決まってるでしょう。』
「ケチ。」
『それ、お前が思ったより大変だよ!』

なるほど、これならわかるようになった。
なぜか、特にこの一部の気持ちが通常よりも強いか。
妙に納得できて、嫌な気持ちではない。

「…もしかして、蒼は私が思ったより有能だったかなぁ。」
『有能かどうかわからない。ただ、あの子は違う。』
「違うのは?」
『俺から見ると、そこまでしなくても良いじゃないかと思った。彼のやり方ですると、お前に不利なことや害があるものを全部排除する。ここよりも、もっと深い所へ押しやる。』
「へぇ…」

深い所はどういう意味だろう。
私の質問を聞けるように、蒼はそのまま話し続ける。

『お前が自らの力で絶対行けない場所だよ。俺もそんな記憶を取り戻せない。』
「うん?なら、いい。」
『…なんだ、今回大人しいじゃないか?』
「【蒼】がその方がよいと思ってるからこうしたよね。別に、私は反対しない。」
『そうだけど…』

彼達と何年もいたからこそ、はっきり言えない気持ちたくさんある。

この世界に、もし無条件の愛や信頼があるとしたら、きっと彼達のことだと思う。
私にとって、二人は不可欠な支えを与えてくれる存在だ。

『そこまで言うか。』
「事実だし、それに、個人的な意見だけど、今所有してる記憶があるから、今の私がいる。もし記憶を無くなったり新しい記憶を増えたりすると、それによって、私の行動や考え方も変わる。」

そうすると、あの時の私は、もう今の私ではない気がする。

「私、このままにいてほしいと思う。」

なんでもできるタイプではないのに、ヘミアは私のこと信じてくれる。
お金も権力もないのに、栞はずっと私の側にいてくれる。
好まれる人ではないのに、【蒼】が私のこと大切にしてくれる。
こんなつまらない人生を、蒼が好きだと言ってくれた。

彼達がいると、自分はどんなことがあって、大丈夫だと思う。

『それは一番大事なこと。』
一旦話が落ち着いたから、ふっと時間を気になった。

あれ、私、今日ずっとここに居て平気なの?

普段なら、よく途中で呼ばれていきなり追い出された。
確かに、今日はなかなか、ここでいる時間が長い気がする。

逆に不安になった。
でも、この不安は自分の世界に戻れないせいじゃなく、
蒼が何かあると思ってしまった。

基本、みんなが消える前にも、いつもと違うことが起こってる。
私がいつもと違う行動を選択したから…

ダメだよ。

「…ねぇ、蒼、私は…」
『そろそろ時間かも。』
「えっ?」
『あっ、【蒼】はノートにちゃんと書いたけど、ここはお前の世界を崩れないように作った世界(パラコズム)だよ。』

蒼に聞こうと思ったら、彼がまた話を始めた。
…やっぱ今日の私って、頭の回転悪いかも、しかも気分悪い。

『ここで、時間は流れ去らないから、過去は過ぎ去らず、未来も既にここにある。』

だから【蒼】と蒼は二人も、出会ってから姿が一切変わらなかった。

【蒼】との初対面の時、私は小学生で、彼の見た目は二十代前後だった。
優しいお兄さんというイメージだった。

【蒼】と最後にあったとき、私は社会人で、彼の見た目も二十代前後だった。
優しい弟くんというイメージだった。

蒼との初対面の時、私は短大生で、彼の見た目も二十代前後だった。
口が悪いが根は良い同級生というイメージだった。

そして、今目の前にいる蒼も、当時と何も変わらなかった。

『心配せず、俺たちはずっとここにいるよ。お前の隣にいて、お前が誰と会ったか、誰と遊んだか、一つ一つ記録して覚えてる。』

いつだったでしょう。
蒼の姿は何も変わってないと気付いたのはいつだった。

『いつものように、仕事を終わったらどこかに寄ったりして、服屋でどの服が良いか聞かれたりして、栞とヘミアの世界よりつまらないかもしれない。でも…』

同行する友達がいなければ、私は必ず蒼を呼び出した。
蒼は食事できなく、物を触るのもできないのに、それでも文句を言わない。

『俺、お前の物語が好きだよ。たとえお前がずっと「くだらない」か「つまらない」と言い続いても…嫌いになれない。何故なら、俺はお前のこと否定したくない。』

私から見ると、
自分の物語はどうしようもないと思う。
ただ、こんなくだらない物語が好きだと言われるのは、彼しかいないと思う。

『お前は俺たちと違いんだ。お前の世界で時間は流れる。お前と初対面の時、また学生だったのに、いつの間にお前が大学卒業して就職ともした。』

私の身長は150センチから165センチになった。
髪も伸ばして、オシャレに興味あって、好きな服ブランドも変わった。
趣味も変わって、ピアノも弾けなくなった。

ただ、蒼はちっとも変わらない。

『お前の世界は広くなった。色んな人に接して色んな物語を見てきた。それで、お前の物語を書き続くために、新しい知識や情報を覚えないといけない。新しい出会いも必要だ。』

私の物語は、私で決めるじゃないか?
それとも私の脳で決まるの?

…今、なんで、言葉を口から出せないの?

『段々、いっぱいになって、要らない物や価値ない記憶を捨てろうとする。だから、【蒼】は、お前がみんなとの記憶を隠した。お前の脳が記憶を消さないように、彼はちゃんと他の所に保管してる。』

蒼は、私の異様を気付かず、ずっと喋り続いてる。

『…俺、最初【蒼】のノートを見た時に、お前が俺たちのこと忘れるなんて起こらないと思った…彼は心配しすぎだって。まぁ、根拠のない自信だったかもしれない…』

蒼は最初から知ってるんだ。

『それで、お前がある日から俺に声かけなくなり、完全に俺の前に来なくなった。忙しいから来なかっただろう、と思った。』

あぁ。
そういえば、私も一時期蒼と会わなかったもん。
蒼が呼ばなくなった。
でも、蒼は、【蒼】と違って、私の元に来た。

『心配して様子を見に行っただけど、お前が家に出た瞬間、いつものように「あっおはよう」と言ってくれた。しばらく喋っても何も違和感を感じなかった。』

あの頃の私、勇気を出して質問を聞いた。

『その次、お前が口から出た言葉を聞いて、ゾッとした。』

私、【君、誰でしょうか?】と聞いた。

あの頃の蒼は、悲しげに苦笑した。
そんな顔、一度も見たことなかった。
あの表情は何もないように見えてるのに、
裏に悲しみも悔しみも含めた。

『名前を答えたら、きっとお前はすぐ思い出せるだろう…』
『でも、お前が自分で俺の名前を思い出せて欲しかった。毎日も懐いてたのに、忘れるわけない…子供っぽいよね。かっこつけで、思い出せなくてもいいよーと返事した。』

実際、私は数日後に彼の名前を思い出せた。
もちろん、その間に、蒼という名前を口から出ることは一回もなかった。

『お前は俺の名前思い出せないなら、もういいよと思った。ただ、どうしても悔しいと感じてしまった。こんな結末は嫌だと思ったから、最後に賭けてみた。』

私が彼の名前を思い出せたまでの数日間に、毎日も少し話してた。
最後の日は、休日だった。
何も思い出せない時点で会話が続かなかった。

ーーもういいよ、予定あるでしょう?行ってらっしゃい。

しかし、あの時、私は動けなかった。
普通なら、そのまま歩き出すだろう。
でも、私はなぜか離そうと思わなかった。

この人を置いて行っちゃっダメだって。

という気持ちが強かったから、蒼から離れなかったかも。
蒼は、私の目をまっすぐ見ながら、そう聞いた。

ーー相手の所に行くか。それとも俺とどこに行く?

悲しい顔でそう言って、私に手を差し出した。
これを聞いた時、なぜか目がウロウロになってしまった。

今考えば、当時の自分にとって、蒼はただの「どこかで見たことある人」だけだった。
なんで離れるのが迷っただろう。

ただ、私、あの時蒼の手を掴んだ。

『お前が俺の手を素直に掴んだ瞬間驚いた。名前覚えなかったし、掴まないと予想した。』

私が蒼の手を掴んだ時、蒼はフッと笑って言った。

ーー知らない人について行ってダメだって言っただろう。

あの時の私は、理由もなく目の前にいる人は私を傷つかないと感じた。
そして、そのまま口から出して答えた。

『お前が、迷わず俺に「知らないけど、私を傷つかないでしょう?」と答えてくれて、びっくりした。お前が俺の名前を思い出せなくても、俺に懐いて信頼してる。あの時、思い出せなくても、感覚と感情は残ると思った。』

確かに。
懐かしい記憶だった。
目の前にいる人が誰かどうか知らなくても、信用できるなんて、
多分、生まれてから初めてだった。

蒼の顔を見ようとすると、
なぜか見えなくなった。
見えないじゃなく、私は、真っ黒しか見えない。
…私、いつ目を瞑ったの?

一体、何かあった?
急に、怖くなった。

動けないから怖くなったではない。
喋れないから怖くなったではない。

そんな感じではなく、もっと深い所から襲われた。

強烈な不快感。
真っ黒な世界(パラコズム)で、蒼の声はいつものより綺麗に響いてる。

『だから、いいよ。』
『お前が十年以上も頑張ってたから、もう俺たちと他の子たちを背負わなくてもいいと思った。全部思い出せなくても、俺たちが死なないし。』

何か良いでしょうか。
なんでさっきから勝手なこちばかりを言う…

『正直を言う。俺たちがいなくても、お前の世界は止まらない。』
『物語も続けるし、だから、手を離そう。あの世界…たとえどんな理不尽だと思っても、少しずつ好きになろう。だって、俺たちもそっちで出会っただろう。』

何バカのことを言うか。
私は蒼を見て話したいのに、瞼は、開くな、閉じようと反抗してる。
私の体、先から自分からコントロールできなくなった。

『俺、やっぱりお前から名前を呼ばれたかった。』
『成長しても甘えてきて、くだらないことでも俺に言ってほしかった。』

蒼、もういいから黙って。

『お前がこれ嫌いとわかるのに、止めさせなくてごめん。』
『でも、俺も知りたいかも。きっとだいじょ…』

突然、無音の世界(パラコズム)に落ちた。
ふっといい匂いがする。
この匂い、私が知ってる匂いだ。

切ない気持ちは、体の中に溢れてきた。
この優しい匂いと全然違う。

【ーーーー】

男の子の声だった。
誰が私の名前を呼んだ。

【また泣いてるの?】

映像流れてないまま、声だけ響いてる。
この声、【蒼】だった。

【もう…泣かないでよ…】
【よっし、僕、特別に魔法を教えてあげるか?】

闇に囲われて何も見えないのに、
涙だけ溢れて、目ウロウロになった。

これは、子供の頃の私と【蒼】の記憶の断片だ。

【みんなに内緒してよ。】
【涙が止まる魔法だ。】
【この理不尽な世界を、少しずつ好きになりましょうね】

私、この魔法知ってる。

【僕の名前を呼ぶ。】
蒼の名前を呼ぶ。

そに瞬間、涙腺が崩壊した。
大人になって、まともで泣いたことない気がする。
久しぶり、子供の私みたいに、蒼の名前呼びながら激しく泣いた。

しかし、今回私がどんなに呼んでも、
【蒼】も、蒼も、私の前に現れなかった。

どのくらい泣き続いたでしょう?
重かった瞼が、突然軽くなった。
ずっと目を閉じてたから、光はいつもより眩しいと思った。
視野に入るものは全部ぼやけて見えるけど、3秒後にしっかり見えるようになった。

「あ、お…」
無性にある名前を口に出した。

ここ、誰の世界(パラコズム)だろう…?

私はソファに座ってる。
しかし、実家のソファではない。
清潔感のある空間だ。
白基調で清潔感を出したし、木製の家具で優しい雰囲気も出してる。

栞の世界《パラコズム》ではないんだ。

ここ、一体誰の世界《パラコズム》なの…

「あら、目を覚めたか?」
突然、ある男性が部屋に入ってきた。

「さてっと、何か違和感がない?…あっ、何か飲む?そんな何時間も経ったし、喉渇いたよね?紅茶入れてくるね、君、ぼくが淹れた紅茶一番好きだと言ったね。」

男は、私の前にあるソファに一度座ったけど、また立ち上げた。

…私、この人知らないし、紅茶飲めないけど?

男は鼻歌を歌いながら紅茶を淹れている。

そういえば、彼はここに入ってから驚いた表情は一切出てこなかったので、私がここにいること知ってるということでしょう…私と顔見知りぐらい?

いや、でも、私と知り合ったら、紅茶飲めないぐらいわかるだろう。
彼が淹れた紅茶が好きだと言い出した時点で、なんかおかしい。

私は、男が戻る前に、もう一回この部屋を見てみよう。
見上げると、ここ天井高いことを気づいた。

…これだから開放感があるんだ。

「頭がまた痛いの?」
男の方に見ると、紅茶を持ってきた。
何回顔を見ても、やっぱいこの人は誰か知らない。

「あっ、もしかして、まためまいがある?ふわふわしてる?」
男は、様子みるために私の顔を触ってくる。
頭が回る前に、私の体が先に反応して、無意識で避けた。

「悲しいからやめて。そんなビクビクしなくてもいいのに…警戒心を持つことのは良いけど、ぼくは大丈夫だって。」
男は少しムスッとなった。
「……ごめんなさい。」
彼が来てから、初めて口から言葉を出たかも。
なんか、自分の声はこんな感じなの?
「はいー敬語禁止だ。」

…なんか、この男、苦手かも。

そう思いながら目をそらして、外の景色を見える。

「紅茶飲み終わったら、外に出てみよう?この焼菓子は近くにあるケーキ屋さんで買ってきた…」
男の声を聞こえるけど、話の内容は全然理解できない。

…そうか、蒼に聞けば良い。

もし会ったことあるなら、蒼はわかるはず。

男はまた焼菓子の話を続いてる。
私は話を聞いてる風にして、バレないように小さい声で言った。

独り言のように、蒼の名前を呼んでみた。
しかし、何もなかった
たとえ世界《パラコズム》に移動しなくても、私が名前を呼ぶたびに、蒼は絶対応える。

でも、何もなかった。
…なんで?

「へぇーあいつが応えないだけでこんな茫然な顔するんだ。」

ビクッ。

あいつ。

動揺を隠せながら、男の目を見つめた。
男は満面の笑顔になってる。

「やっとぼくを見てるよね。あいつは凄いなぁ…」
「何を言ってますか?」
「もぅー敬語使わないでよ。ぼくは君と仲良くしたい!」

この人、先から意味不明な話しか話せないの?
でも、彼は蒼のこと知ってる?
いや、そんなはずがない。
蒼を知ってる人は、私しかいない。

「あいつって、誰のことで…なの?」
私はゆっくり話した。
「うん?君、さっき蒼を呼ぼうとしたよね。」
「……」
「あっ、でも安心ください。君は呼んでも彼は応えないから、無駄に呼ばなくてもいい。ぼくとお茶しながら話そう。」
「…なんで…」
「え?これはどれについて聞いたか?お茶する気分じゃないか?…じゃ、お菓子だけでも食べよう…」
「…私は紅茶飲めない。」
「あら、ぼくの認識には、君はコーヒーより紅茶派だけど?」

いや、それはあり得ない。

「一口でも飲んでみない?」
「…いや、大丈夫だ。紅茶の話はもういい、私が聞きたいのは…」
「なんで蒼が知ってるか、と聞きたいよね。」
「うん。」
「君が言ったじゃない?」

…この人のテンション、なぜこんな高かったの?

てか、おかしい。
友達ともかく、知らない人に蒼のこと言うわけない。

「まず、君はそろそろそんな警戒をしなくていい。ぼくは何もしないから。」

男は紅茶を一気飲みした。

「ぼくは、お前を助ける人だよ。うーん、ナイトと呼ぶかなぁ?」
「…私、助けを求めないけど?」
「あぁ、それは確か、君の両親から頼まれた。だから、この件に対して、君の記憶は正しいと思う。」
「どういうこと?」
「娘の様子はちょっとおかしいから、治療しなくてもいいけど、彼女の話でも聞いてくれない?って。」

…おい、おい。勝手に病人扱いしないでほしい。

「…ってことは、あなたはカウンセラーみたい人だね。」
「正解。ぼくのこと思い出したか?まあ、思い出したよりも推察できた、だけかななぁ?」
「私は病気ではないし、治療も要らない。ここで帰る。」
私はきっぱりで言って、ドアの方向に歩き出した。
もう訳わからない会話を続けるよりも、今一刻も早く帰りたい。
蒼に会いたい。

「気になってるじゃない?ぼく、蒼くんのこと知ってるけど?」
「……」

私は止まった。

気になると決めってるだろう。しかし、その前に…

「おお!やっぱり気になってるよね。」
「…前を呼ば…で」
「ごめん、ちょっと聞こえないから、もう一回言ってくれない?」
「蒼の名前を呼ぶな。」

もう、なんで誰でも勝手なことしてるかよ。
私は不満に彼の顔を睨んだ。

「ふーん、いいよ。ぼくは説明するから、こっちに戻って来なさい。」

私、一体なにをしてるでしょう。
何を求めてるか。何を避けたかったか。
私が動いてないせいか、男はまた声かけた。

「はぁ、ごめん、嘘をついた。君から、蒼くんのこと教えてなかった。」
「じゃ、どうやって?」

…なんでそんな嘘をつく?いや、それ、嘘をつく意義あるの?

「彼が自分で言ったからね。」

あぁ、私、頭が痛くなる。
ねぇ、蒼。

君なんで出てこないの?
私は自分が落ち着けるように、深呼吸した。
蒼が出てこないけど、自分でやるしかない。
とりあえず聞くしかないから、素直にソファに戻った。

「…で、話は何でしょう?」
「えっと、どこから話したらいいかなぁ…」
「あなたはどうやって蒼と会えたの?」

私、こっちの世界で蒼と会ったのは数回しかなかった。
他人と会うなんてできないと思った。

「…まぁ、方法はあるよ。君には適用されないだけ。だって、君は蒼くんをこっちの世界に連れて来られないでしょう?」
「ってこと、あなたはできる。」
「ええ、試しにやってみたらうまくできたよ、ぼくに惚れた?」

男はニコッと笑った。

「…その方法は何なの?」
「君に催眠をかける。」
「…あなたから?」
「あっ、そういえば、君、ぼくのことどのくらい覚えてる?」
「…私たち、初対面ではない?」
「うわ…あいつ酷い、そこまでするかよ…って、ぼく達は初対面じゃないよ、知り合って半年ぐらいかなぁ?普段の付き合いもあったし、ここでカウンセリングするのも何回あったよ。」

…全く気づかなかった。
そもそも、この人の名前も思い出せない。
蒼が聞けばわかるかも。

「それなら、ぼくの名前も覚えてないよね。」
「うん。」
「それは悲しい…」
「…ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ。この半年くらいに、ぼくは何回も君ともっと深い関係を作りたかったけど、何回も振られた。別に恋愛関係じゃなくても、君、自分の話に聞かれると何でも拒否してしまう。一見、君は誰とも関係悪いじゃないのに、ほとんど人と距離持ってるよね。」

意外に、この男は本当に自分の事知ってるかも?

でも、わざっとではないんだ。
私は生まれてからこうだった。
元々人間関係に興味ないので、必要な関係だけで十分だと思ってる。
別に、学校の友達だとしても、何十年も関係持たないでしょう。
いや、学校時代の友達と何十年も関係持つなんて、逆になんで?と聴きたくなる。

「それで、ある日に催眠かけてみようと思って、やってみたね。」
「…こんな軽い気持ちでやったの?」
「まぁね。予想とおりに、君は催眠かけやすいタイプだった。せっかくなので、君の心の深い所を見てみようと思ったら、彼が出てきた。」
「え?彼って、蒼のことだよね?」
「彼以外に他の人もおるの君の体におるの?」

…いるけど、答える気がない。

「私の体から出てきたって、幽霊みたい?」
「いやいや、そんなホラーの話じゃなかった。どっちにいうと人格変わったみたい?彼は、多分ぼくのこと気づいた。他人が君に変な仕業をかけないように出てきた。」

…自分の姿で蒼の口調で喋るなんて、想像するだけで気持ち悪くなる。

「それ以降も、蒼くんはちょこちょこ出てたよ。ぼくが君の無意識を覗かないように、ずっとぼくと喋ってた。」
「…これ、何か面白いの?」
「まあ、君の様子を見ると、大学のセミナーで聞いたことを思い出して、やってみたかった。それでさ、二重人格がないのに、いきなり他の人が出てて面白くないの?!」

他人から見るとら、面白く感じるだりう?
しかし、自分のことだとしたら、全然面白くない。

「人間の無意識は、現実と非現実の区別をつけられないよ。あの状態で聞いたことや見たものも、全部そのまま受け取ってしまう。だから、あいつにとって、君があの状態に入ると一番恐れてるかもね。」
「なんで?」
「…例えば、ぼくはあなたの記憶をもっと奥のところに沈むと暗示したら、君はもう二度と彼に会えない?とか。」
「…それ、簡単にできないと思う。」
「そうだよ。知識や理論は合っても、そんなに簡単にできる訳ない。もちろん、あいつにも伝えたよ、しかし、彼は『0.00001%があっても、不可能ではない。』と言った。」

なるほど、蒼らしい。
っていうか、彼は本当に蒼と会ったことあるよね…
もしかしたら、先から全部嘘だったかなぁ…

男はまた自分のカップに紅茶を入れる。

「…てか、君本当に紅茶飲まないよね。」
「紅茶好きじゃないと言っただろう。」
「ふーん。でもぼくと出掛けた時に何も言わずに美味しく飲んでたのに…」
「私たち、本当に知り合いなの?」
「何ばかの話をしてるかよ。蒼の話が出てきても信じてくれないの?君、どんだっけ人間不信かよ。」

…確かに、証拠なんてないけど、私の中に蒼がいるとわかった時点で知り合ってるのは真実だと思う。ただ、なんで好みとか全然違うのに…

「…もう一個の可能性だとしたら、君はただぼくの理想像を演じるだけだった。今考えば、趣味や好きな物も一緒だって、それは怪しい気がする。」
「私は何も覚えてないけど…」
「あぁ、あいつがやったよ。」
「なら、蒼はあなたのこと相当嫌いと思う。」
「えっ?」
「だって、昔私と付き合いそう相手がいたけど、蒼はその相手に対して嫌いで、私と相手の記憶を干渉したことある。」
「…干渉って?」
「相手との記憶の中に嫌な気持ちを強くさせて、それで私が相手のこと嫌いになる。ただ、相手の記憶は消えなかった。その一方、私の頭に、あなたの情報も記憶も全くなかった。」

どうやら男はこんな話聞いたことないみたい。
彼は目を大きく開いて、びっくりした顔だった。

「…待って、その方がやばいよね?!」
「まぁ、いいよ。別に、結果的に付き合ってないし。」
「…あいつもあいつだけど、君はもう少しちゃんとしないとやばいよ?」
「私は信じてる。蒼は、誰にもお前を傷つけさせない。と言ったから。」

そう言いながら、お皿にあるフィナンシェを取った。
口に入れて、バターの香りがたまらない。
外側はガリッとして、中はしっとりしてる。
美味しいもの食べると、自然に笑う。

「…焼菓子が好きなのは本当だよね。じゃ、ぼくがコーヒー淹れるね。」
「え?いいや、大丈夫だよ。」

帰りたいし。

「座ろう。話がまだまだあるから、君はそんなすぐに帰れない。」

男はまたキッチンへ行った。
その間に頭に整理してみようと思った。
手持ちにスマホがないため、今何時かも確認できない。
てか、なんで家族から連絡来なかったの?

…ここ誰の世界(パラコズム)だよ。
私の意識が強いし、蒼は、誰かの世界(パラコズム)でいる時に絶対出てこないから、やっぱ私の世界かなぁ…しかし、私はあの男が全くわからない。

そもそも、人の好みって、こんな激しく変わらないだろう。

なんでこうなったかよ…
目を覚めたら、てっきり朝ごはん食べに行くと思った。
いつものように、蒼が笑って『起きた?』と言われると思った。

ずっといると言ったくせに。

結局、私は独りだった。
ふわっと、コーヒーの香りが溢れてきた。
なぜかホッとした。

コーヒー粉にお湯を注いだ瞬間の香り凄く好きだった。

「なにボッとしてるの?」
顔を上げたら、男はカップを持ちながらこっち側に来てる。
「はい、どうぞ。」
男は私の前にコーヒーカップを置いた。

ーー『はい、どうぞ。』
ーー私の前にコーヒーカップを置いた。

この仕草、どこかで見たことあるように、
既視感、というものでしょうか。

「…なんか、懐かしい。」
「え?なんで?」
「ううん、そんな感覚があっただけ。このこと昔もあったと思った。」
「日常的な場面だし、気のせいかもね。」
「そうだったかなぁ…」

それとも、私の記憶は薄くなったか?
私の脳のいたずらかなぁ?

「で、話す前にあいつに関して、聞きたいことあるの?」
「なんで蒼のことそんな嫌いの?」
「いや、嫌いじゃないよ。ただ、ぼくが半年間の出来ことが、あいつが一瞬で潰された。それは怒っても仕方ないでしょう?」
「う、うん。」
「まったく…勘弁してよ…【僕には勝ってないです】と言われた時、無駄の自信だと思ったのに…」

()には勝ってないです。

今そう言ったよね?
それとも、私の聞き間違い…?

「どうしたの?」
「あなたと話してた蒼は、一人称は【俺】だったよね?」
「え?違う違う、【僕】だったよ。」

頭が真っ白になった。

「…う、そ…」
「え?待って、大丈夫なの?」
多分、今の私は驚き隠せない表情をしてるだろう。
いや、それは本当の気持ちだ。

…蒼じゃなく、【蒼】だった。
男と会話してたのは、【蒼】だった。

おかしいだろう。
なんで、出てきたの?

「いや、どう見ても大丈夫な顔じゃないよ。彼の一人称はなんかあるの?」
「ううん、私、間違えたかも。」

この人に【蒼】のこと教えてはいけない。

「ごめん、話を続いても良い。」
「そりゃ気になるじゃん?まぁ、君が言いたくないなら仕方ないけど…うーん、じゃ、先に話を聞いてから考えるね。そもそも、君はぼくとのこと全然思い出せないし…」

男は少し考えたように、天井の上に見上げた。
そのあと、静かに喋る。
さすが、カウンセラー目指した方で、喋り方凄く良く、聞く方も落ち着ける。
もちろん、話の内容は、私が知らない話ばかりだった。

蒼と初めて会ったのは、私と知り合って四ヶ月経った頃だった。

最初は私の両親の依頼を受けて、同じ年だし患者よりも友達の感覚で私と交流してた。私と知り合って四ヶ月に、多少の変わった所があったけど、別にカウンセリング受けるレベルではないと思った。

今、私がいる場所は、カウンセリング用のルームよりも、彼が住んでる家だ。
二人が出かける時に急に体調崩したから、ここに連れてもらった。
その以降何回も出かけたりして、普段も連絡取ってた。しかし、なぜか私のことを壁の向こうにいるような感覚があった。そして、記憶に凄く敏感したとわかった。別に記憶を失ったでもないのに、すこし物忘れがあったら、凄く緊張するタイプだった。

重要でもないことを忘れてもいい。
忘却は人間の能力なので、悪いことではないんだ。

これは人間だからこそ誰にもあると何回も説明してもらったけど、
私には全然伝えなかったように、それ以降、段々激しくなってしまった。

突然泣き出したりする。
話してる途中にいきなり止まったりする。
名前を呼ばれても、全く反応がなかった。
好みも激しく変わる。

一番不思議なのは、自分の名前を認識できない時もある。

男の話を聴きながら、不思議だと思った。
多分、向こうにとって、私に関する記憶を引っ張って説明してるのに、
私にとって、初めて聞いた話だった。

…私じゃなさそう。
でも、蒼と知り合いなら、やっぱ私なの?

「…おーい。聞いてるの?」
「あっ、うん。」
「君、本当に大丈夫なの?体調悪くなったら言ってよ。」
「うん、ありがとう。」

男は困った顔で話を続いた。

そんな感じを続いて四ヶ月も経った。
男は昔学校で勉強したことを思い出して、私に催眠かけてみた。
予想より簡単にかけたので、まずは個人情報ぐらい聞いてみたら、素直に答えた。
一体なんでこんな反応するか、その理由を知りたいため、無意識で封印された記憶がないか引っ張ってみたかった。

そのため、もっと奥に沈んでくれて欲しいので、もう少し催眠強くしようと思った。
私の口からいきなり話し出した。

【止めてください。】
【君がなにをしたいかわかりませんが、ただ、君にはここより深い所に行かせないです。】

男の話によると、最初催眠解けたと思った。
声は私の声だったが、喋り方や雰囲気も私だと感じない。
そして、男は、緊張しながら聞いた。

「…君誰なの?」
【あ、僕はただの住人です。】

これが、男が蒼との初対面だった。

私はコーヒーを飲一口飲んだ。
うん…まずい。
静かにカップを置いて、男の話を考えてみた。

嘘か、本当か。
流石に嘘ではなさそうし、私にこんな嘘を付いてもなんのメリットもない。

…でも、やっぱ蒼じゃなく【蒼】だった。
だとしたら、男の認識の中に蒼は一人しかいないんだ。

「…心のあたり、ないの?」
「何か?」
「蒼という人物について、心の辺りがある?」
「ええ、じゃなかったら、私さっき彼の名前を呼ばないよ。そもそも、私が蒼のこと知ってる前提で話してるでしょう?」

男は大きい溜息をした。

「ぼく、最初嘘だと思った。普通に催眠外したら、君は何も知らなかった。自分の催眠はちゃんとできた。なら、あれは別人格とも考えたよ。」
「え?もしかして、私、蒼という人物知らないと言ったの?」
「そうだったよ。もし、あれは君がわざっと演じるならやばいよ?」
「私、ただの一般人だよ。」
「自分の脳を否定するのは変な人しかしないよ?」
「私は否定じゃなくて、自分の記憶を自分の意思で管理したいだけだって。」
「…あいつも言ったことあるよ。【この子はね、子供の頃から記憶にうるさいので、これ以上進めさせないです。】と言った。」

どこでも、いつでも、【蒼】も的確な判断してる。
これだから、私はずっと【蒼】に甘えてるかも。

「多分、ぼくが君に変な記憶を作り出そうと誤解されたでしょう。悪いことするつもりがなかおつたのに、突然声かけた時驚いた…」
「実際、当人の許可がもらってないのに、他人の記憶を勝手に覗くなんて、悪い事だと思うけどね。」
「そりゃそうだけどさ。」
「…その後、蒼と仲良くなったの?」
「仲良くなるよりも、ただ、喋る機会があって、彼に詳しい情報知ってるかどうか聞いただけだった。」

ふっと、私はとあること気づいた。
多分、これだから、蒼の様子がおかしくなっただろう。
先も意味わからない話をいっぱいしてた。
たとえ、蒼は直接この男と話したくなくても、【蒼】が事後に伝えても考えられる。

しかし、蒼が最後言った言葉は、やっぱ気になる。

ーーお前がこれ嫌いとわかるのに、止めさせなくてごめん。でも、俺も知りたいかも。きっとだいじょ…

全部聞き取れなかったけど、最後のは多分、きっと大丈夫だと言いたかったでしょう。
私が嫌いだとわかっても、止めようとしなかった。

蒼も【蒼】も、私の保護者でいるけど、
世間の常識から見ると、彼達はめちゃくちゃだよね。
彼達は、私の中の住人であり、私の願望をそのまま感じる。

だから、彼達にとって、
私に役立つことをさせるじゃなく、
私の欲望や気持ちを反映する方が仕事だった。

でも、いつから蒼は変わった。
蒼は、指導者のように、私の悩みや感想を聞いてから教えたりして、たまに厳しく指導する。もちろん、遊ぶ時にはちゃんよ遊んでくれる。

「…あいつと話して、わからない事逆に増えたよ。」
「例えば?」
「社会的な事や常識なんて全く通じなかった。」
「当たり前だろう。だって、蒼の世界はなにもないんだ。」
「世界ってなに?」
「まぁ、私たち、それぞれ居る世界だね。」

男は、急に何か思い出したように、
目大きく開いた。

「…どうした?」
「いや、えっと、あいつも似てような話を言った気がする。」
「へぇ。」

逆に、私が今までこんな必死にバレないようにしてるのに、他人にこんな簡単に教えてくれたとわかって、どこか寂しいと感じてしまった。

…これ、もしかして、やっぱおかしいことなの?
カウンセリングしたいと思ったことあるけど、
ただ、彼達をずっと消えない方法を知りたかっただけ。
しかし、カウンセラーから勝手に彼達のことを整合したら、私何もできない。

私は自分の手で彼達を殺したと同じなことだ。

「でも説明してもらってもわからない。」
「それは結構だ。別に私も深く考えたことない。」
「そんな…」

【蒼】に責めるつもりがない。怒ってもない。
ただ、スッキリしてない。

最初話を聞いた時に、【蒼】だと思った。
もちろん、今もそう思ってる。
でも、話の内容によると何故かわからなくなってしまった。

【蒼】は、私の知らないうちにここまでしてたか?
「…こんな話、知ってる?」

男の視線を感じるけど、私の視線は床に置くままにした。
実際、目合うと話せなくなるよね。

「人間はね、誰の中にも、もう一人の自分がいる。」

先ほど蒼が教えた事は、頭の中に簡単に浮かんできた。
蒼がいないのに、蒼の声を聞こえた。

「だけど、ほとんどの人は何も気づかず人生を過ごしてる。一部の人は、子供の頃に中の人のことを気づいて色んな世界で遊んでたりする。そんな人たち、二種類に分ける。一つ目は、成長するにつれて中の人の姿も見えなくなって、段々記憶からこんな人がいるのも忘れる。」

あぁ、目元が温かくなってきたそう。

「もう一つは…」
「君みたいに、中の住人を忘れたくないし、別れたくない。たとえ、自分を壊されても、忘れたくない。」
「え、?」
「…あいつ、蒼が言ったことある。」

笑う気がないのに、失笑した。
カウンセラーにここまで言う意味は何なの?

「だから、邪魔しないで。という意味だと思う。」
「邪魔っていうのは?」
「だって、あいつにとって、ぼくは厄介なやつだった。君の無意識に暗示するか、偽の記憶を作ろうか…だから、あれが原因だと思った。君の望みであれば、ほかのことはなんとも良い…たとえ、君の体調が崩れても構わないって。」
「あぁ。でも私、やっぱ蒼はいない世界に行きたくないよ。」
「……だからさー」
「あなたには感謝する。親にちゃんと治療完了ように演じるから、あなたには迷惑かけないと思う。」

蒼がいない世界を考えてみた。
考えるだけで吐きそうになる。

「…君、そのままだといつか限界になるじゃー」
「あぁ、あれなら、もうだいぶん前から限界にたどり着いたよ。」
「……」
「蒼が、あなたに言ったかもしれないけど、私の小さい頃から死にたかった。死んでも別にいいと思った。」
「…な、なんで?」
「蒼がいつか私のそばから消えてしまうなら、彼が側にいた時点で死んで欲しかった。あとは、蒼は、本当に私のこと大切にしてるかどうか確認したかった。」
「…その考え方、おかしいだろう…」
「ええ、でもこれは私にとって普通だった。そもそも、普通かどうか、その定義は人それぞれだと思う。周りの人と違うなら、おかしいと認定される。ただ、なんで皆と同じじゃないとダメでしょうか?」

男は黙った。

「人間は、だいたい八十年生きるとしたら、何年間を使ってだれかと仲良くなり、その翌年はもう挨拶するしない。学校や職場など、それぞれの環境で、どうやってみんなに受けるか考えて、みんなに合わせたりする。そして、段々どれか本当の自分がわからなくなる。」

そういえば、私、なんでこの男にこんな話をしてるの。

「誰にも、いつかどのタイミングが分かれる。凄く簡単だった。なぜなら、人間は、だれでも自分の中に優先順位決まってる。もちろん、その順位の決め手は人それぞれの見解があったのに…」

私、そんな変な事言ってるでしょうか?
誰にも見たことないから、嘘しかないの?

「…私、ただ蒼のことを一番の順位にしたかったのに…」

あぁ、ダメだ。
また涙が落ちそう

「…別に悪いなんて、誰も言ってないよ?」

私は、男の目を真っ直ぐに見る。

「だって、忘れても別に悪いことじゃないよ。」
「だから、それは嫌だって言っただろう。」

久しぶりにこんなモヤモヤになった。
頭が上手く回れない。
自分でもわかる。今喋った事は理論的におかしいかも。
情緒不安定になりたい訳ではないよ。
しかし、今の私の中に溢れてきた感情は、おそらく、昔と同じだった。

なのに、蒼が出てこない。

…あの言葉、最期の言葉なの?

また泣きそうになってしまうか、それとも他人のことを拒否してると見えるか、
男は、優しい声でこう言った。

「…人間の脳はさ、小さいよ。ただ1300グラム…いや、女性はもっと軽い気がする…取り敢えず、言いたいのは、人間の脳は、多分世の中に一番速いコンピューターかもしれないが、万能ではない。」

男がいつの間に私の前にしゃがんでる。

「もちろん、容量も無限でもない。」

知ってる。そんなこと、私はわかってるよ。

「だから、忘れるのも大事だよ。全部忘れようなんて言わないから、ただ、一人で全部呑み込まないでほしい。あいつもそう言ったよ。」

ーーお前が十年以上も頑張ってたから、もう俺たちと他の子たちを背負わなくてもいいと思った。全部思い出せなくても、俺たちが死なないよ

なぜか知らないけど、この男と話す度に蒼との会話を浮かんできた。

「…だ…ひと…なしい…」
「うん?」

目の焦点が合わない。
もう、先からボーッとなってる。集中力も判断力も、明らかに鈍っている。

「…だって、彼はずっと闇の中に一人だって、寂しいじゃない?」

多分、私は、思ったより強くない。
全部一人でやっても構わないと思ってるのに、
実際そうでもないかもしれない。

男は心配そうに見える。

「誰にもいないし、なにもないよ…蒼が、自分の人生は私の人生だと言われた。でも、そんなのが悲しいではないの?私たち、子供の頃知り合ってから、十年も一緒にいるからこそ、これは残酷な事だかわかる。一緒にいるのに、私の方だけ時間進めてる…」

蒼にも、【蒼】にも、
大丈夫だよ。って言われた。
だからきっと大丈夫だと信じたかった。

「もうこの歳だからやらないといけない。そろそろあれをやめてください。とか周りの人からよく言われて、この世界で生きるために何度も好きなことを手離した。今まで誰にもバレてないようにやってきたのに、なんで蒼から手を離そうと言われるの…」

しかし、私は誰よりも知ってる。
あれを信じないと壊れるから、信じるしかない。

彼達の【大丈夫だよ】を信じなかったら、あの一瞬で世界が壊れてしまう。
これを避けたいから、信じるしかない。

「記憶は自分で決められないもんだけど、好きなものや好きな人は自分で選んで欲しい。他人と一緒じゃなかったら悪いの?蒼がこっちの世界で実体がないから、存在すら否定される?もし彼の存在を否定されたら、私、今までの人生、記憶、感情は…一体何なの…」

一気に喋りすぎたか、もう喋り気がなくなったように、声が段々小さくなった。

誰にも言ってない話だった。
この不安を抱きながら生きるつもりだった。
誰にも言えなかったら、このまま生きられると思った。
しかし、蒼が出てこない。

あの時点で、どこかで壊れてしまった。

「…きっと、君と同じ気持ちだよ。」
「……」
「まぁ、これからはぼくの感想だけで、それも聞いてみよう。ぼくは蒼と三回しか話してないから、君の気持ちと違うかも。ただ、今までの話まとめたら、蒼が消えないために君はずっと頑張ってた。彼の存在がこの世界に抹殺されないため、君は彼との記憶を忘れていけないよね。」

私は、頷いた。

「ぼくは、正直、君より蒼のことわかってない。たけど、こんなぼくでもそう感じたあの三回の会話の中に、彼はほとんど君の話しか話さなかった。」
「私の話って…」
「君の悩みとか…彼は、このままだと、君がいつか壊れそうじゃないか?と心配してるでしょう?だから、彼は自分が出来る限り、君を守りたい。自己犠牲でも構わないから、君が無事にいてほしい。」

私、もしこの世界で生きると、彼達も生きている。
自分が死んだら、彼達がまたあの闇に落ちてしまうではないか、とずっと思ってた。

いつか間違えたでしょう?
いつから【蒼】に不安を言えなくなり、全部一人でやってしまったか。
いつからどれが本心なのか、わからなくなったでしょう。

一体、本当の自分は、どっちなの?

「ちょ…」

見えなくてわかる。
自分の目から涙ボロボロに出てきた。
泣きたくないのに、涙が止まれなくずっと溢れてきた。

「えっ…もしかして、どこか痛い?体調また悪いの?」

男は焦ってるけど、私の口からある言葉を出た。
「…蒼…」

こんな状態の私を落ち着かせるのは蒼しかいなかった。
だから、たとえ大人になって、魔法が魔法ではなくなっても、

私は蒼の名前を呼び続いてるしかない。

もう何回も呼んでも出ないから、出てないとわかるけど呼んでしまった。
と思いきや…

『…お前、なんでまた泣き出してるの?』

ビクッ。
え?

自分の後ろ上から声が聞こえたから、思わず振り向いた。
突然の行動で、男も驚いたまま私を見つめてる。

『いくら感情は記憶と別々を保管すると言っても、お前、なんで【蒼】のことになるとすぐも泣くかよ…』
「…え、蒼?」
『いやいや、俺以外だれかこんな状態でお前と話せるの?』
「?!…え、待って、あいつが出たの?!」
「私の記憶勝手に干渉して、口がめちゃくちゃ悪い蒼なの?」
「口悪い?でも、ぼくの記憶にはそんなに口悪くないはず…」
『口悪いってどういうことよ。ってか、とりあえず、この男うるさいから、しばらく黙れと言っといて。』
「…あっ。」

蒼が言った通りに、私は男の方に見る。

「うん?ぼくに言いたいことあるの?」
「ええ。」
「ほうー久しぶりの再会で感謝するか?そんな…」
「しばらく黙れ。」
「えっ?」
「って、蒼が、そう言った。」
「はぁ?反抗期なの?」
『…めんどくさい。とりあえず、俺とあの子の区別を教えて。それを聞いてから、俺が話したいことあるから、時間くれって。』

久しぶりに蒼と話せるけど、今、凄く不機嫌になってる。
なんかあったの?

「…どうしたの?」
「えっと、まずはごめん。先私も気づいたけど、教えてくれなくてごめん。」
「気づいたこと?」
「実は、蒼は二人がいる。」
「……はっ?」
「見た目も名前も同じだが、性格は全然違うよ。しかし、一人目はもう昔から私の前に消えて、話してなかった。そして、いつも私と一緒にいる蒼は、先言った口が悪い方だよ。」
「…だから、一人称を気になったか…」
「ええ。今ここにいる蒼は【俺】を使って、もう一人の蒼は【僕】を使う。なので、それで違和感を感じた。反抗期なんてなく、今ここにいる彼は、あなたと面識ある蒼ではないんだ。」
「…ちょっと待って、ぼく、そんな話聞いたことないよ。」
『当たり前じゃん?プロのカウンセラーじゃなくても、そんな勉強してる人に全部教えるなんて、そんなバカの行動するか。』

私は、一瞬蒼をチラッと見て、男に聞いた。

「元々、蒼の存在も表に出てないし、あなたが彼の存在が知る時点で凄いと思うよ。この蒼は、こっちの世界に姿がないので、直接話せないよ。私の口から話を伝えるか…それしかできない…」
「そんな…いや、そんな話があったら先に教えて欲しかった…」

話終わって、再び蒼を見てみると、なぜか先より少し冷静になったようだ。
蒼は深刻な表情で男を見つめてる。
「ねぇ、蒼…」
『今から言うことをそのまま喋って。』

もちろん、私に言ったよね。

「あの、蒼が言いたいことあるみたいで、話聞いてね。」
「…あぁ。」
『俺、お前と【蒼】の遊びを知ってる。』

え?これどういう意味?
意味わからないまま、文字通りに言えば良いかなぁ?

「俺、お前と【蒼】の遊びを知ってる。」

男の顔は、初めて笑顔を消えた。

『ただ、俺は君たちの仲間ではない。こいつが、自分の脳が記憶をいじるすら嫌いのに、お前たちが何勝手なことするかよ。』
『【蒼】はこいつの望みからなんでもやる。だからお前の提案を受け入れた。しかし、俺はお前のこと許さない。』
『こいつを思い出せないように、お前に関する記憶を深い所へ押し込んだ。』

取り敢えず、私は目の前の男を思い出せないのは、蒼の仕掛けだったとわかった。

「…へぇ、君、皆から愛されてるがよね。」
「ええ、私もそう思った。」
「まあ、まずこの話なんかありえないから、やっぱ今の話は本当だよなぁ…蒼に説得できるために事前いろんなことも予想したが…さすがに、君の中に住人二人がおるのは予想外だ。」
「…褒め言葉として受け取る。」

男への質問だけではなく、蒼にも聞きたい。

「で、誰が答えてもいいから、ひとまず私に状況を説明してくれない?」

蒼はどうやら説明する気がなさそうで、私は男の答えを待ってる。

「…まぁ、ぼくは蒼に提案したのは、偽記憶を用意して、君の記憶を外部にも内部にも操作できるようにしよう事だった。」

なるほど。

確かに私の住人であった【蒼】なら、簡単にできる気がする。
でも偽記憶って、何なの…

「…なんで、先からずっと呼んでも出てこなかったの?」
『それはさー』
「あっそれ、ぼくわかる。君が目を覚めたと言っても、催眠を完全に解けてないから、彼の声は君に届けなかっただけ。」
「催眠ってそうなのもできるんだ。」
『…お前、こんな時に普通に怒るでしょう!』

蒼が出てきたせいかどうか、振り回されてた嫌な気持ちが消えた。
この一瞬間だけで、私は別人のようにスッキリした。

「…私は怒れないよ。」
『おいおい…』
「あの蒼から怒ってと言われたの?」
「そういえば、あなた、名前を教えてくれないの?私、あなたの名前すら思い出せないから。」
「あの蒼に記憶を戻れと頼んでみないの?」
『知らなくてもええじゃん?』
「名前ぐらい知ってもいいでしょ!」
「…へぇ、新鮮だなぁ。君、こんな口調で話すんだ。まぁ、いいっか。ぼくの名前は、葵、漢字は草かんむりのあおいだね。」

あおい。

「…なるほど。」

だから、蒼は、私が思い出せないようにしたいんだ。
私の世界で、名前にあおがついてる人が出た。

「何か思い出したか?」
『え?嘘っ、名前だけ?』
「思い出せないよ。ただ、なぜ蒼があなたのことが嫌いかわかった。」
『…驚かせないよ。』
「ぼくの名前…なんかある?」
「なんでもないよ。ただ、誰か拗ねてるだけだった。」
『拗ねてないよ。だから言ったでしょう、あの遊びは認めたくないって…』

焦ってる蒼を見ると、ホッとした。
そのせいでクスッと笑ってしまった。

「名前似てるだけで好きにならないよ。」
『だからー違うってー』
「…あの、二人だけの話をしないでくれ。」
「あっ、あの遊び…具体的に何をするか教えて欲しい。」
『お前、まじかよ…』
「…いいや、その蒼が必死に隠してたのに、今さら知ってどうする?」
「うーん、わからない。わからないけど、でも、(【蒼】)は一体なんの理由であなたと手を組みたか、聞いて欲しい。聞いてから判断する。」
「…君、先と全然違うよね。先ほど自分が弱いなんて散々言ってたのに、今の君どう見ても弱くない。」
「ええ、そうよ。蒼がいれば、私は強いよ。」

蒼がいれば、恐れるものはない。

葵さんは口に手を当たって、真剣に考えているように見える。

『…これ大丈夫なの?』
「大丈夫だよ。」
私は邪魔しないように、小さい声で返事してる。
『つか、お前、体調どうだった?まあ、多分平気だと思うけど…』
「うん、気持ち悪いと感じないし、情緒も落ち着いたみたい。」
『先までこいつから何を聞いたか?』
「あっそうだ、蒼は聞けなかったんだ。まぁ、大事な話ではないから知らなくてもよい。」
『そっか。』
「蒼がいるだけで、私は何でも恐れないよ。」

ふっと顔上げたら、葵さんが私を見つめてる。
今までも心配そうな顔で私を見てるけど、今は面白いそうな顔してる。

「やっぱ不思議だなぁ…」
「なんでしょうか?」
「蒼…あっぼくと話した蒼のことだよね。彼の話からすると、君はもっと子供気で、ワガママ言いまくり感じだった…」
『フッ。』
「…まあ、それは子供の私のことだから。」
「子供って、どのくらいの話なの?」
「えっと、少なくとも十年前の話だった…と思う。」
「十年前…それだから差が出るかなぁ…じゃ、彼は?」

葵さんは、私の左側に指差した。

『人に指差すなよ。』
「この蒼は八年前に出会って、一時期別れたけど…」

私は少し悩んでたけど、やっぱこの男にも教えないといけないかなぁ。

「あなたと話した蒼は、もう何年も私の前に出てこなかった。だから、教えて欲しい。彼はあなたに何を言ったか、教えてくれない?」
「…あなたに催眠をかけて、あなたの無意識を覗きたかった。先言ったとおりに、蒼が出たんだね。もちろん、あの時点でぼくは何もできなかった。なので、ぼくは彼に説得して相談した。」
「相談は、遊びのことなの?」
「あぁ、彼は、あなたの中の住人なので君自身をしっかり守ってる。しかし、それだけだった。彼はこれ以上できないよね。」
「…蒼は、私の記憶を操作したいの?」
「ええ。なぜなら、その方が一番効率的ま方法だから。」

葵さんは笑いながらこう言った。

「君が先言った話覚えてる?人間は誰でも住人がいる。ただ、その住人を気づく人は一部の方だけ。ぼく達の住人は、ぼく達の欲望や理想を反映する。」

なんか、蒼から聞かれた話とちょっと違う気がする。

「ただし、基本的に、住人は無意識にいる…いや、多分もっと深い所にいると思う。意識の中にいる私たちと、無意識の中にいる住人は、良いバランスを取れると影響力は凄いよ。」
「ってことは、今の私はバランス取ってないの?」
「うーん、君はちょっと違う。まあ、君の住人は取り憑かないだろう。彼は、ただ君の記憶を全部コントロールして、君に害があるものを全部排除したかった。」
「…ずいぶん、ひどいことだよね?」
「ああ。実際に、虚偽記憶はあるかどうか、今の時代でもはっきりわかってないと思う。元々何もしなくても、脳から誤った情報や記憶があるし、そんな記憶が存在してもおかしくない。ただ、ゼロから用意した記憶はそのまま入れようのは、難しいと思う…」

なら、私は実験体というものだったね。

「テレビでよくある、催眠をかけた芸能人が暗示や指示をそのまま受け入れると見えるけど、あれはずっと残ってないはずだった。」
「そんな…」
「彼がやりたいことは記憶を操作するなんて、そんなものと全然違う。もっと複雑なものだった。なぜなら、彼は君の記憶で君自身を影響したいからね。」
「…あぁ、だよね。」
「外部にいるぼくはこの実験に興味あるし、蒼が君の記憶をちゃんと管理してほしかったので、一石二鳥だった。」
「なるほど…では、やっぱ私は実験体ということだよね?」
「残念ながら、そういうことだった。結果から見ると、不成功だったけどね。しかし、勝手にこんなことして悪かった…」

葵さんは苦笑した。
「あなた達が最初説明してくれたら、私は自分から実験体になると言おう。」
『はぁ?』
「…なんで?」
「特に何も。人間の記憶は曖昧で、信頼できないのも事実だと思う。しかし、私たちは、頭にある記憶で、自分は何者か認識してる。覚える記憶だけではなく、忘れた記憶も、私たちがこの世界に生きるために必要だ。」

理性的にそうわかってる。

「…ただ、やっぱ選ばれるなら、忘れたくなかった。」
「まぁね。」
「人間は、時間を経つと自然に成長する。たとえば、嫌がっても成長する。生理的に成長しても、精神的に成長できるとは限られない。その一つ、一つの記憶を重ねて私たちの自身を知ることができる。」

私、あること気づいた。

「…私が忘れたくない記憶は、少し特殊かも。」
「住人が二人いると言う事?」
「まあ、今はこの蒼だけいるよ。君と知り合った蒼は、もういないから。」
「じゃ、特殊なのは?」
「私の中の住人ではないけど、遊んでる子たちがおる。でも、全員女の子だよ。彼女の目で、彼女たちの人生を見られる。あの時は、私の口から出た言葉は全部彼女のものだった。だから、厳密に言うと、私はただの観客だった。」
「…なるほど。」
「今まで他人に言ったことないし、言うつもりもない。そんな記憶に関わる人たちも、この世界の誰にも居らない。だから、私が忘れてしまったら、あの子達の存在も消える。」

悲しいという言葉だけで、私の気持ちを説明できないよ。

「…ただ、一方で、私の中にこんな考えも浮かんできた。もしある日、あの子達のことを他人に教えないといけなかったら、私はどうしようでしょう?…たとえ記憶がなくても、私が言うことが全部事実になるから、嘘ついても、誰にもバレない。」

こう言ったら、あなた達が全部私の妄想だと思われそう。

「葵さん、【シュレディンガーの猫】という実験知ってる?」
「まぁ、物理学のやつだね。」
「ええ、それだよ。でも、残念ながら、私はその実験で物理学を説明したいではなく、あの実験を借りて今の状況を説明しようとしたかった。」

私、自分の見解を語り始めた。

私は物理学に詳しくないので、この有名な実験だとしても詳細を説明できない。しかし、この実験のあることを引っかかってる。
哲学専門でもなく、物理専門でもない私から見ると、【シュレディンガーの猫】という実験は、私自身と一緒だと見える。

実験の中に、猫が死んでいるかどうか箱を開ける前に誰も知らないんだ。
死んでる可能性と生きてる可能性も、同時に存在してる。
もちろん、箱を開ける前には誰も証拠がないから証明できない。
しかし、証拠がないからこそ、誰にも否定できなく反論できない。

少し考えてみると、私もこの実験みたいじゃない?
私自身は、猫の箱になってる。
そして、この箱の中におるのは、猫ではなく、蒼たちのことだった。
蒼たちは、実際に存在するか、それとも私の妄想なのか?
世の中に彼達の存在する証拠は、私の証言しかない。
だけど、私の証言は、私の記憶に基づいた物だった。

「…蒼が言ったように、記憶を嘘だとしても感情が簡単にいじれない。私が蒼のこと忘れても、彼に対する感情は消えてない。」

勿論、私はどの蒼のことも大好きだ。

「…そうすると、私は、それでもいい。彼達の存在の証明になれるなら、いい。」
「……」
「私は深く思考していないよ。どこまでしたいかと考えると、私の頭の中に浮かんできたのは、彼達と一緒にいたいだけだった。」
「だからこそ、その分の記憶を…」
「ええ、記憶を固めたらいいよ。」
「…ぼく勝手に記憶干渉しないよ?」
「ええ、知ってるよ。でも、私、やっぱ自分で頑張ってみたい。毎朝目を覚めたら、蒼が私のそばにいるかなぁ?栞はいっぱい寝られたか?些細な事だけど、それはやり続いたら、私、忘れてもきっと思い出せる。」

あの家も、魔法も、
私が、忘れてしまった記憶を蘇るためだった。
そのために、彼は誰よりも私がいつか忘れるという前提でしてるはずだった。
しかし、多分、私が、ついに【蒼】のことも忘れてしまったから、彼は初めて動揺した。

葵さんに頼るしかないでしょう。
なぜなら、彼にとって、もう他の方法がないから。

でも、【蒼】は、私に相談しなかった。

「忘れたら思い出せばいいって…自信あるよね。」
「ないよ。あるわけない。ないからこそ、必死に生きてるもん。」
「必死に生きてるかなぁ…」

葵さんがこれを言ったら、なぜか立ち上げて、奥の方向に行った。

「えっ、どうしたの?」

当たり前けど、私は蒼に聞いてる。
ただ、蒼は答えず、私の肩に頭を乗せた。

右肩から重さを感じる。
いつの間に私の右側に座ってるだろう。
重さを感じた瞬間、やっぱ妄想ではないんだ。

『…俺、怖かった。』
「え?なにか?」
『お前に嫌がれるじゃないかって。』
「【蒼】のやり方を反対しただけで、君のこと嫌いにならないよ。」
『…てっきりあの子が決まったこと何でも素直に受け入れると思った。』
「まぁね。でもさ、蒼もわかってるでしょう?」

自分の記憶は、自分の意思で管理したい。
と、いつも蒼に言ってた。

『…ってこと、初めてあの子に勝ったんだね。』
「おっ、おめでとう。」

私たち、あと何年ぐらい一緒にいられるだろう。
明日目を覚めたら、彼が居なくなる可能性もある。

「蒼、知ってる?私は、あの闇で昔のこと考えて、ある事気づいた。」
『へぇ。』
「私、あなた達からいっぱいもらった。へミアからも、栞からも…私の物語は、きっとどの階段にもあなた誰か出てくるでしょう。」
『あぁ、必ず二人おるし。』
「これを考えて、私は、すこし面白いじゃない?と思った。」

ーーこの理不尽な世界を、少しずつ好きになりましょうね

「【蒼】は、私のこと大事にしてるのは、ちゃんとわかってる。でも、もう少し頼って欲しかった…」

右肩が、いきなり軽くなった。
私は右へ振り向いた。

『きっと、あの子は、君が笑って生きて欲しいと思う。』
「心配すんなよ!毎日も元気にしてるよ?」
『先あんな泣き出したのに…』
「泣くという行為は体に良いものだ。てか、蒼聞いて!このコーヒー全然美味しくない。」
『お前、なんでまたコーヒー飲んだか…』

足音が聞こえて、葵さんが、ある封筒を持ちながら、私の前に来た。

「…これ、あいつから頼んだものだった。」
「あいつって、蒼のこと?」
「そうだよ。もし不成功だったら、これを君に渡してと頼まれた。」
「これは何なの?」
「シュレディンガーの猫の箱だよ。」

なるほど。

「…実は私が死んでるとか?」
「君は生きてる。これはぼくの診断書だ。」
「え?」
「忘れたの?ぼく、一応カウンセリングやったよ?」
「って、これはその診断書なの?」
「まぁ、あくまで参考まで。君、彼たち何のことか知りたいでしょう?」

ええ。ずっと知りたかった。
へミアは何なのか、栞はどうやって出会ったか、
どうすれば蒼が消えなくなるか。
彼たちの正体がわかれば、これらの問題は全部解ける。

「…いや、いい。」
「…本当なの?急いで考えなくてもいいの?」


【蒼】は、悪い事してない。
悪いのは私だった。ずっと逃げてた。

「だって、結果はどっちにしても変わらないよ?彼たちは実際存在すると書いても、私は昔からそうしてる。たとえ、彼たちのことは私の妄想だけだったと書いていても変わらないよ。彼たちが妄想で、実際に存在しないと言っても、私は素直に認められないと思う。」
「今のはずるいよね。」
「世の中に、知らない方がいいものがあるもん。」
「だなぁ、じゃー」

葵さんは、私に手を差し出した。

「記録の必要があるから、ぼくがいる方が良いでしょう。」
「私のこと?」
「もちろん。君と蒼のこと興味あるし。」

…蒼が、何も言ってないから、異議がないかなぁ?
それより、私、この仕草を見ると懐かしいと感じてしまうね。
栞の時にも、蒼の時にもこんな選択があった。

差し出した手を掴むか、掴まないか。

さぁ…
今度はどんな世界(パラコズム)で、どんな物語(人生)が待ってるだろう。
あの子がここに出たら、部屋は一瞬静かになった。

本当に、何も変わらず突然笑ったり泣いたりする。
テーブルに置いてる封筒を取って、少し悩んだけどやっぱ捨てない。

ぼくは、嘘をついた。

あの子と半年ぐらい知り合ったと言ったけど、本当は昔から知り合ってた。
彼女の両親からの依頼なんて…これは本当だった。
しかし、その依頼は、半年前からもらったじゃなく、多分昔からもらった。
彼女の両親は、娘が自傷行為をしてると発見し、ぼくの所に連れて出した。
死にたいと言い続いてたけど、どうやらその気持ち強くない気がした。

ぼくは、あの頃から彼女と知り合って、
彼女がどうやって生きてたか、全部見てきた。

ぼくは、本棚の奥に置いてる箱を取り出して、中に封筒を入れた。
一瞬、彼女はこの手紙受け取ってくれると思った。
今度こそ…と思ったが、いつものように受け取らなかった。

この手紙に、もう一つの真相を書いてる。

何回目だろう。
彼女は、真実よりも、自分の感覚を信じてるんだ。
これは何か危険だと言うと、多分、他人にとって危険ではないと思う。
ただ、彼女の日常生活にとって、一定の影響がある。

同じような光景は、何回もあった。

彼女が催眠状態から目を覚めて、
相変わらず自分のこと混乱していてたのに、蒼の名前を呼び出した。

紅茶好きなのか、コーヒー好きなのか。 
本当の彼女は紅茶好きだった。
紅茶好きだったから、淹れ方も煩くて何回もダメ出しされた。
そんな彼女が「紅茶飲めない」と言われるなんて、

「自業自得だけどなぁ…」

彼女と初めて会ったのは、ぼくはまだ研究員だった。
面白い半分でやったけど、自分の予想が試せると思った。

彼女が今までいろんな世界に行けて、知らない女の子達と遊んでたと言ってた。

それは、多分、彼女も気づいたでしょう。
あそこはパラコズムということだ。
独自の言葉、地理、歴史などを持った空想世界だ。
そんな空想世界は、小学生以降に見られる、登場人物を含めた世界だ。
イメージとしては「不思議の国のアリス」みたい感じだね。

彼女にとって大事な世界に生きてる女の子達は、
おそらく、イマジナリーコンパニオンだと思ってる。

子供でも、大人でも、イマジナリーコンパニオンと遊ぶケースある。
しかし、大人の場合、パラコズムを作り出してそこで遊ぶ。
現実世界と隔絶されること多い。

そもそも、我々の世界では、現実と空想の線引きは難しい。

何か現実なのか、何か空想なのか。
彼女にとって、その線は薄かった気がする。
酷い頃に、その線は完全に消えたもん。
そのおかげで催眠かけやすいかも。
最初は軽い気持ちで、催眠状態で暗示入れて、好みを変わったりしてただけだった。
そのあと、もっと深いところに行きたくなると、蒼が出てきた。

先の話が言った通りに、蒼と何回も話してた。
最初は、彼もイマジナリーコンパニオンの一人だと思った。
しばらく話したら、違和感を感じた。

大学のセミナーで、こんな話を聞いた。

確か、ユングの心理学セミナーだった。
彼が提唱した概念で、人間の中に異性の人格がいる。
男性なら、無意識に女性的な側面がある。
女性なら、無意識に男性的な側面がある。
我々人と恋するのも、対象を探す時に惹かれるのも、
我々の無意識人格を異性として投影される。

自分の中の住人を気付かず、それとも完全に抑圧される女性もいる。
しかし、一旦気づいたら、女性は中の人を無視することができなくなる。
中の人は、四階段で成熟していく。
女性は四つの階段、色んなタイプの男性に惹かれる。

第一階段では、肉体的な力強さを持つ男性に惹かれる。
第二階段では、強い意志や行動力ある男性に惹かれる。
第三階段では、理論性や合理性ある男性に惹かれる。
第四階段では、精神指導者としてる男性に惹かれる。

考えすぎかもしれないが、蒼と会ってから時々頭の中に浮かんでくる。
彼女は、多分気付かなかった。
彼女は中に、彼達は自分の守り天使だと思われてるようだ。
そして、いつの間に完全に切り離されて「助け人」と認識して恋しいるんだ。

「実際に…何年経っても、あの子は蒼に夢中になるなぁ…」
ぼくはボソッと言った。

何回催眠かけても、何回目を覚めても、
彼女も蒼のことを真っ先に思い浮かぶ。

でも、彼女は知らなかった。
このまま蒼を受け入れたら、いつか取り憑かれる。
そうなると、彼女はいつか自分自身を見失い、現実から消えてゆく。

蒼は、彼女が思った以上に危険だった。
女性の中に存在する異性の人格は、理論的にあるため、切断力が強い。
彼女の言うことは論理的で正しくても、感情や状況を全く考えてないため、人間関係をうまくいけないことが多い。
彼女も、理解できない人と関係性持たなくてもいいと思い、簡単に切り捨てる。
結局、みんなも彼女の側から離れる。

バランスを崩したら、彼女の人格も侵害されて日常生活に影響出る。

催眠療法を使いながら、少しずつバランス取ろうと思ったけど、
思ったより難しいかも…

彼女が、今まで通りに避難所となるような世界へ消えてゆくなら、
いつか戻れないかもしれない。
今までもう大丈夫だから、絶対大丈夫ではない。

もしも、ある日、いつもよりも暗く深い所に着いたら、
彼女は、もうこっちの世界に戻って来られなくなる。

そのうち、自分自身を壊れてしまう。

「ぼくも…どっちが本当の彼女がわからないかも…」

ぼくは、誰もいない部屋に一人で囁いた。