「…私はね、人間は、記憶で自分が誰なのか認識してると思ってる。」

私は先に沈黙を破った。

「自分は一体誰なのか、今までどんな感じで生きてたか。その様々な記憶があるから、「今」がある。そんな記憶があるから、今の自分がいる。」
『あぁ。』
「もちろん、記憶だけではなく、日記とか写真とかちゃんと物として残ったもので認識しながら、生きてる。」

私が言った瞬間、思わず自分も笑ってしまった。

「でも、人間は忘れるよ。」

あぁ、綺麗に忘れてしまった。

「私、中学生の頃のブログを見つけて、その中に書いたブログを最初から最後まで読んだ。蒼はさ、私がそのブログを読んで、どう感じたか知ってる?。」
『まあ、あの子やヘミアのことは大切にしてるとか?』
「ええ、それもある。しかし、一番最初に出た感想は、この方は【蒼】という人が好きだと感じた。」

なんでこうなるでしょう。

『この方って…』
「私なのに、私だと感じない。」

いつから歪んだでしょう。

『それは普通だと思う。だって、あれから何年も経ったし、仕方ないじゃん。』
「でも、昔の自分にとって、これはどうしても失くしたくないものだった。」

誰でも忘れたくないことがある。
例えばどんな些細なことでも、そのことに対する感情はどんなことよりも大事だ。

『…俺は、あれもお前だと思うよ。記憶がなくても、昔のお前がいたから、今のお前がいる。昔の自分を否定しないでよ。』

蒼は、私を見つめてそう言った。

「否定してないよ。」
『それでさ、昔好きだったアニメだとしても、お前も好きではないでしょう?何故なら、お前がその後に人生経験を増えたから、好みも変わる。』
「でも、あなた達の世界は変わってない。」
『変わってないよ。ヘミアがいなくなったけど、栞がいる。世代交代みたい感じではないの?【蒼】から俺に変わったし。』

【世代交代】

一瞬、この単語が気になる。

『それに、俺たちだけじゃなく、他の子にも出会ってたじゃん?』

頭の中にある名前を浮かんだ。

「る…」
『え?』

息を吸い込んで、ある名前を言い出した。

「あの部屋の持ち主、私が忘れた子は…瑠璃だったの?」
『…なんでいきなり思い出した?』
「わからない。先蒼が言った言葉に引っかかったみたい。それで【瑠璃】という名前が頭に出た。」
『…お前、一体どうやって名前覚えてたか。』
「私も知りたいかも。」

再び、私と蒼の間に沈黙が降りてきた。
私も蒼から少し離れて、二人ともベッドの近く床に座ってる。

この家は、こんな静かだったか。
物音一切なく、静寂に包まれた。
だけど、居心地が良く、気まずい感情全くない。

昔の私、こんな雰囲気でしか寝れない。
元々物音に敏感して、眠くてもなかなか寝られない時もある。
だから、安心になるように、蒼が毎晩もベットに座って、私のことを見守ってる。
睡眠中で何度も目を覚めたりする。その時もし蒼の背中を見えると、なんとなく落ち着けるようになる。

…なんか、心地よく眠たくなる。

『…どんな子なの?』
蒼は穏やかな口調で聞いた。
「うん?」
『俺、あの部屋に入ったことないし、瑠璃という人も会ったことない。』
「あ、瑠璃がいた頃はまた【蒼】の時代だったよね。」
『時代という言葉使うかよ…』

私は少し嬉しくなった。
名前を思い出したら、関連の記憶も少しずつ思い出せる。

「瑠璃はね、優しい子だったよ。女の子らしく、弱そうな子だった。体が弱くて、激しい運動も無理だった。なので、栞みたいに走ったり射撃したりするのは多分一生できないと思った。」
『いや、どう考えても栞の方がおかしい。』
「ふむ、確かにね。栞は強いもん…」

栞は肉体だけではなく、精神的にも強いんだ。何も恐れず、信念を曲げない。

「…私、あの時初めて知った。」

昔の私、瑠璃の世界(パラコズム)も栞の世界(パラコズム)も行けた気がする。

「最初の頃は、多分二つの世界(パラコズム)にも行けた。しかし、段々瑠璃といる時間がすくなくなって、栞との時間が長くした。そしてついに瑠璃が、私の前に現れなくなった。」
『二つの世界(パラコズム)…それ大変でしょう。』
「今は無理だけど、昔は平気だったよ。小さな世界(パラコズム)ならそこまで大変じゃなかったし、負担にならなかった。もちろん、今は、もうできないよね。」

どこかの小説のように、魔法は子供しか見えない。
幼いからこそ見えるものが、確実にある。
そして、大人になると魔法も解けてゆく。

私も、いつか【あっちの世界】(パラコズム)に行けなくなる。

「…それで、私の中に瑠璃は綺麗に消えて、名前すら消えてしまった。」
『でも、お前、今彼女の名前を思い出したのも事実だった。』

「…ねぇ、蒼。」

私は心に決めた。
やっぱり、先に栞から少し勇気を分けておく方が良かったかも。

「話を続きましょう。さっきの話、全部終わってないだろう。」
『全部知ってどうするかよ。』
「わからない。ただ、このまま何も知らないのも気持ち悪いと思う。」
『…さぁ。』

蒼は昔から、私に教えたくない話をすると口数が少なくなる。

「なら、教えてよ。」

これを言った瞬間に栞の声が聞こえた。

【私、一体誰だろう。】
「私、一体誰だろう?」

蒼は、先から私と目を合わせないようにしてる。

『だから、お前はお前だっ…』
「じゃ、質問変わりましょう。私の記憶、どのぐらい失ったか?」
『失ってない。お前はただ一部思い出せないだけだって。』
「なるほど、でも、私が思い出せない記憶は何なの?」
『…思い出せないなら、別に気にしなくてもいいだろう。言ったろう、お前の脳がそんな記憶は大切じゃないと認識したから、お前が思い出せないままでも元気に生きられる。』

私を説き伏せように喋り出した。

「…でも、私は知りたいよ。」
蒼と違って、私は落ち着いて喋る。

「確かに、世の中にものを全部知らなくて生きられるよ。だって、学生時代に勉強した化学式や数学の公式なんて、今覚えても私の仕事に役立たず、覚えなくて生活に支障をきたさないよ。」

そもそも、将来学者や研究者になろうと思わなかったら、
そんな知識を勉強しなくても大丈夫だと思う。

「知るべきものではない。ただ、知りたいことだよ。」
『…お前が知っても役立たないぞ。』
「ええ。それなら、ただ役立たない知識を増えるだけ。」
『またいつか忘れてしまう。』
「その時に、蒼がもう一回教えてくれたらいい。記憶を何回も思い出せたら固まるし、それなら忘れる心配もない。」
『はぁ?』
「え?だって、蒼はずっと私といるでしょう。」

蒼、やっと私と目を合わせた。
泣きそうな顔をしてる蒼を見ると、そう思った。

今までこの人に甘えすぎたかも…

『…わかった。』
「やったね。」
『そんなに嬉しいことなの?』

私は嬉しそうに笑ったから、蒼は思わずこう言った。

「まあね。私はこれから、昔あった子を思い出せるだろう?」
『あぁ。別に会える訳じゃないけど。』
「いいよ。私の記憶に残る限り、あなた達はちゃんと世界(パラコズム)で生きてた証拠だ。」
『こんな発想は変だなぁ。でも、ありがとうね。』
「どういたしまして。」

蒼は、嬉しそうで私の頭にポンポンする。