***
柚子が玲夜に連れてこられた屋敷。
ここは鬼龍院の本家ではなく、玲夜個人の自宅である。
それ故、鬼龍院当主である玲夜の父親、そして母親はここではない本宅の方で暮らしており、ここには玲夜とその使用人達しかいない。
とても個人の自宅とは思えない大きな屋敷にあんぐりしながら、本家の屋敷はここの何倍もあると教えられ、鬼龍院の財力に怯えすら感じる。
本当に自分がこんな人の花嫁なのだろうか。
間違っていないかと疑いたくなるのは仕方ない。
人にはあやかしのように花嫁と感じる感覚はないのだから。
信じて良いのだろうか……。
この期に及んでそんなことを考えてしまう柚子は嫌になるが、いきなり別れを告げた元カレのように、花梨を優先してきた数多くの人達のように、玲夜もいつか柚子をいらないと言うのではないかと恐れている。
その心内を玲夜が知れば、真実鬼のように怒っただろうが、あいにく柚子の内心の迷いは、新しい環境への戸惑いと勘違いされたようだ。
「柚子は何も心配しなくて良い。お前は俺の花嫁。今日からお前がこの家の女主人だ。用があれば近くにいる者に何でも聞けば良いから」
「う、うん……」
女主人だ。などと急に言われてもはいそうですかと、簡単に受け入れるのは難しい。
けれど、柚子達が屋敷の中に入って出迎えたくれた使用人達の顔を見る限りでは、柚子は歓迎されているのを感じて少し安堵する。
朝食を食べた座敷に通されると、座敷の上座に玲夜がどかりと座る。
そして、柚子はその隣に目を丸くしながら座る。
柚子が驚いていたのは、広い座敷を埋めるように、たくさんの人が正座し頭を下げた状態で柚子達を迎えたからだ。
まさかこんなにも人がいると思わなかった柚子は驚いた。
その中で一番前に座っていた老年の男性が声を上げる。
「この度は花嫁様をお迎えすることが出来、使用人一同心よりお喜び申し上げます」
「頭を上げろ」
玲夜の一言で頭を上げた全員の視線が柚子に集まっている気がして居心地が悪くなる。
「今日からここで暮らすことになる俺の花嫁の柚子だ」
「よ、よろしくお願いします」
最初の挨拶は必要だと、柚子も手を突いて頭を下げようとしたが、それを玲夜に制された。
不思議に思っていると、老年の男性が苦笑を浮かべる。
「花嫁様は我らの主人の花嫁、私どもに頭を下げる必要はございません」
柚子には分からないがそういうもののようだ。
けれど、偉ぶるのは慣れなく、時間が掛かりそうだ。
「花嫁様にご挨拶と紹介をしたいと思いますが、よろしいですか?」
「えっはい、どうぞ……」
「ありがとうございます。まず、私使用人頭をしております道空と申します。そして……」
使用人頭という老年の男性、道空が視線を後ろに向けると、一人の女性が前に進み出てきた。
「こちら、今日より花嫁様専属のお世話をさせていただくことになります、雪乃と申します」
「雪乃でございます。誠心誠意お仕えさせていただきます」
頬を上気させてやる気をみなぎらせている女性には見覚えがあった。
「あっ、最初にお世話してくれた人」
昨日初めてこの家に来た時に、部屋まで案内してくれた女性だった。
「覚えていて下さって光栄です!」
喜色を浮かべる雪乃。
しかし柚子は、その時、他の女性達が悔しげに歯をぎりぎりさせていたのには気が付かなかった。
花嫁の専属世話係の座を巡って、朝から壮絶な死闘があったことも。
それを勝ち上がった雪乃は、分家のそのまた分家の家の出だが、花嫁の世話係を勝ち取る程度には強いということも。
「柚子の部屋は整えてあるな?」
「はい、旦那様。鬼龍院の威信をかけて最高級の物を取りそろえました」
普通で良いんですけど……。と思った柚子は、部屋を用意してくれるのは嬉しいが、見るのが怖くなった。
部屋一つに鬼龍院の威信などかけなくていいが、玲夜は満足そうだ。
細々と玲夜と使用人頭が話を合わせていると、玲夜の秘書の高道が入ってきて玲夜にひそひそと話す。
チッと舌打ちした玲夜は、次の瞬間には柚子へそれは優しい顔を向ける。
「すまない、柚子。本当は一緒にいてやりたかったが、本家から呼び出された」
「本家?」
「ああ。恐らく花嫁に関して報告に来いということだろう。だから少し出てくるが、柚子はゆっくりしていると良い」
「うん」
急に知らない中に放り出されたような気になってしまい、柚子の顔が曇る。
そんな柚子の頭を優しく撫でる玲夜。
「良い子にしているんだぞ」
「子供じゃないのに」
玲夜はふっと笑って、今度は優しさの欠片もない眼差しを使用人一同へ向ける。
「これからは柚子の言葉は俺の言葉と思って接しろ。」
使用人達は御意というように揃って頭を下げた。
柚子が玲夜に連れてこられた屋敷。
ここは鬼龍院の本家ではなく、玲夜個人の自宅である。
それ故、鬼龍院当主である玲夜の父親、そして母親はここではない本宅の方で暮らしており、ここには玲夜とその使用人達しかいない。
とても個人の自宅とは思えない大きな屋敷にあんぐりしながら、本家の屋敷はここの何倍もあると教えられ、鬼龍院の財力に怯えすら感じる。
本当に自分がこんな人の花嫁なのだろうか。
間違っていないかと疑いたくなるのは仕方ない。
人にはあやかしのように花嫁と感じる感覚はないのだから。
信じて良いのだろうか……。
この期に及んでそんなことを考えてしまう柚子は嫌になるが、いきなり別れを告げた元カレのように、花梨を優先してきた数多くの人達のように、玲夜もいつか柚子をいらないと言うのではないかと恐れている。
その心内を玲夜が知れば、真実鬼のように怒っただろうが、あいにく柚子の内心の迷いは、新しい環境への戸惑いと勘違いされたようだ。
「柚子は何も心配しなくて良い。お前は俺の花嫁。今日からお前がこの家の女主人だ。用があれば近くにいる者に何でも聞けば良いから」
「う、うん……」
女主人だ。などと急に言われてもはいそうですかと、簡単に受け入れるのは難しい。
けれど、柚子達が屋敷の中に入って出迎えたくれた使用人達の顔を見る限りでは、柚子は歓迎されているのを感じて少し安堵する。
朝食を食べた座敷に通されると、座敷の上座に玲夜がどかりと座る。
そして、柚子はその隣に目を丸くしながら座る。
柚子が驚いていたのは、広い座敷を埋めるように、たくさんの人が正座し頭を下げた状態で柚子達を迎えたからだ。
まさかこんなにも人がいると思わなかった柚子は驚いた。
その中で一番前に座っていた老年の男性が声を上げる。
「この度は花嫁様をお迎えすることが出来、使用人一同心よりお喜び申し上げます」
「頭を上げろ」
玲夜の一言で頭を上げた全員の視線が柚子に集まっている気がして居心地が悪くなる。
「今日からここで暮らすことになる俺の花嫁の柚子だ」
「よ、よろしくお願いします」
最初の挨拶は必要だと、柚子も手を突いて頭を下げようとしたが、それを玲夜に制された。
不思議に思っていると、老年の男性が苦笑を浮かべる。
「花嫁様は我らの主人の花嫁、私どもに頭を下げる必要はございません」
柚子には分からないがそういうもののようだ。
けれど、偉ぶるのは慣れなく、時間が掛かりそうだ。
「花嫁様にご挨拶と紹介をしたいと思いますが、よろしいですか?」
「えっはい、どうぞ……」
「ありがとうございます。まず、私使用人頭をしております道空と申します。そして……」
使用人頭という老年の男性、道空が視線を後ろに向けると、一人の女性が前に進み出てきた。
「こちら、今日より花嫁様専属のお世話をさせていただくことになります、雪乃と申します」
「雪乃でございます。誠心誠意お仕えさせていただきます」
頬を上気させてやる気をみなぎらせている女性には見覚えがあった。
「あっ、最初にお世話してくれた人」
昨日初めてこの家に来た時に、部屋まで案内してくれた女性だった。
「覚えていて下さって光栄です!」
喜色を浮かべる雪乃。
しかし柚子は、その時、他の女性達が悔しげに歯をぎりぎりさせていたのには気が付かなかった。
花嫁の専属世話係の座を巡って、朝から壮絶な死闘があったことも。
それを勝ち上がった雪乃は、分家のそのまた分家の家の出だが、花嫁の世話係を勝ち取る程度には強いということも。
「柚子の部屋は整えてあるな?」
「はい、旦那様。鬼龍院の威信をかけて最高級の物を取りそろえました」
普通で良いんですけど……。と思った柚子は、部屋を用意してくれるのは嬉しいが、見るのが怖くなった。
部屋一つに鬼龍院の威信などかけなくていいが、玲夜は満足そうだ。
細々と玲夜と使用人頭が話を合わせていると、玲夜の秘書の高道が入ってきて玲夜にひそひそと話す。
チッと舌打ちした玲夜は、次の瞬間には柚子へそれは優しい顔を向ける。
「すまない、柚子。本当は一緒にいてやりたかったが、本家から呼び出された」
「本家?」
「ああ。恐らく花嫁に関して報告に来いということだろう。だから少し出てくるが、柚子はゆっくりしていると良い」
「うん」
急に知らない中に放り出されたような気になってしまい、柚子の顔が曇る。
そんな柚子の頭を優しく撫でる玲夜。
「良い子にしているんだぞ」
「子供じゃないのに」
玲夜はふっと笑って、今度は優しさの欠片もない眼差しを使用人一同へ向ける。
「これからは柚子の言葉は俺の言葉と思って接しろ。」
使用人達は御意というように揃って頭を下げた。