呟くのは宣伝だけじゃありません!~恋も仕事もTwitterで!?~

「仕方ない、よね」

らしくなく酔っていたのは、気が緩んだから。
それはいい。

「重い。
動けない」

眼鏡くらい外してあげたいが、両手は彼の身体の下。
彼と私の体格差、しかも相手はかなりの筋肉質とくればほとんど動けない。

「早く寝返りくらい打ってー」

蒼馬がようやく私の上からどいたのは、それから約一時間後のことだった。



その日のTwitterのトレンドには、祝結婚の文字が躍っていた。

「こんなに祝福してもらってありがとうございます、だよ」

【結婚しました。幸せになります】の文字と共に、ふたりの左手薬指に嵌まる指環が写された画像がTLに並んでいる。

――今日。
私は滝島茉理乃になった。
あのあと、程なくして妊娠がわかった。
大慌てで互いの両親へ挨拶へ行き、今日の入籍になったというわけだ。

「茉理乃、なに見てんの?」

「これ」

携帯の画面を見せたら、蒼馬が苦笑いした。

「こんなにお祝いしてもらって幸せだな、俺たち」

「そうですね」

後ろから私を抱き締めた蒼馬が、そっと私のお腹を撫でる。

「でも大丈夫か、産休中もTwitter担当継続、とか」

「それはもう、やるしかないですよ」

産休に入るのはまだ先だが、すでにその間もTwitter担当を続けることが決まっていた。
きっと、子育て応援企業をアピールしたい社長の思惑なんだろうけど、会社の方も全面的に協力するってことなのでOKした。

「けど、出産も会社アカウントで報告しろって無茶苦茶だよな」

蒼馬は渋い顔だけど。
「だって、Twitterが結んでくれた縁なんですよ?
きっと担当外れるまで、節目節目の報告を求められますって」

「それでもって、よっぽどのことがない限り、会社も担当外さないよな……」

がっくりと蒼馬の首が落ちる。

「後悔、していますか?」

「いや?
Twitter様々だし?」

笑った蒼馬の唇が重なる。
常に人から見られる生活は少し嫌だけど、Twitterがなければ私たちは出会っていなかったし、こうやって結婚することもなかった。
ならこれからもTwitterと一緒に歩んでいくのが、私たち夫婦らしいんじゃないかな。
――恋に落ちるのは一瞬。

そんなことをいったのは誰だったのか。
けれどその日、確かに俺は一瞬で恋に落ちた。


Twitterの企業中の人をはじめて四年目、フォロワーも五十万人を突破とそこそこ人気のアカウントになった。

――なのに。

「このように、ツイートから与える印象は……」

「ふぁ……」

出そうになったあくびを噛み殺す。
壇上では机上の空論でしかない講演が、永遠に続いていた。

……数字だけで宣伝効果とかわかったら苦労しないって。

統計学から見る、Twitterでの宣伝効果、だったか? 今日の講演内容は。
俺からすればこんなものを聴いても無駄でしかないが、会社からは行ってこいと無理矢理出席させられた。
まあ、座って聴くフリをしているだけで給料になるんだ、よしとしよう。

退屈な内容、さらに有用性のあることも出ないとなると、会場のほとんどが俺と一緒であくびを噛み殺している状態になっていた。
「……質問はありますか」

ようやくその言葉が出て、そろそろ終わりかとこっそり帰る準備をはじめた、そのとき。

「はい」

ひとりの女性が、手を上げた。

「どうぞ」

「はい」

指されて彼女が立ち上がる。
小柄ながらピンと伸びた背筋は凜々しくて、一瞬で目が奪われた。

「先ほど、同じツイートをあまり繰り返すべきではないとのことでしたが、RTはどうなんでしょうか。
そちらの具体的な数字が出ていないようなのですが」

「それにつきましては……RTは同じツイートをしたと換算し……」

演者の返答はしどろもどろで要領を得ない。
それもそのはず、ありきたりな表面だけを撫でた講演だったから。
流行の内容でやれば企業からの参加者が募れてお金が集まるとでも踏んだのだろう。
「わかりました。
自分で調べます」

落胆か、嘲笑して終わるのかと思ったら、彼女は俺の想像の斜め上をいった。

調べる?
自分で?

この実のない講義を自分の糧にするというのか。

一気に彼女へ興味が湧いた。
講演が終わり、追いかける。
けれど彼女はひとつ前のエレベーターに乗ってしまい、俺が下りたときにはすでに姿はなかった。

同じ中の人であるのは見当がつくが、どこの企業かまではわからない。
TLをチェックして女性がやっていそうなところにいくつか目星をつけたが、決め手は全くなかった。
中の人仲間に訊いてみても、わからない。
もっとも、実際に顔をあわせてまで交流のある企業はさほどないが。



もう二度と会えないのかと悶々と過ごした年明け、合コンに誘われた。
彼女のことであたまがいっぱいな俺は、全く参加する気などなかったが、客寄せパンダが来ないと困るとの幹事の歯に衣を着せぬ発言で、苦笑いで参加する。

「伊深茉理乃、二十三歳です。
会社員、やっています」

彼女だ、すぐに直感した。
けれど笑顔が硬い。
勧められてもほとんど食べない。
無理なダイエットでもしている?
でも彼女がそんな愚かな人間には思えず、ひたすら気になった。

お開きになったもののまだ帰りたくなさそうな彼女を、さりげなく誘ってみる。

「ふたりで飲みに行かないか?」

少しだけ思い詰めた顔で俺を見つめたあと、彼女はこくんと頷いた。

行ったバーで、いい加減酔っていた彼女は、合コンの場では言えなかったであろう愚痴を吐き出しはじめた。

「Twitterの中の人をやってるんですが、上司に理解がなくて。
すぐに怒鳴られるし」

「うん、そうか。
それは大変だな」
中の人、これで間違いなく彼女に確定だ。
しかしあの日と違い、くすんで見えるのが気になる。

「彼氏に他の女ができたみたいで。
デブ、お前みたいなデブ、誰が好きになるかっ、って……」

「酷いな、それは」

確かに彼女は少しふっくらとはしていたが、決して太ってはいない。

……俺の感覚からすれば、だが。

だいたい、最近の女性は不健康に痩せすぎなのだ。
それをもてはやす奴らも俺は嫌いだけど。

「あなたもそんなこと言って、デブだって思っているんですよね」

ぐいっと一気に彼女がグラスのお酒を呷る。

「おい、そんな無理はしない方が……」

「きゅぅー」

くたくたと彼女が俺の腕の中に倒れ込んでくる。
完全に酔い潰れていた。

「困ったなー」

店を出たものの、彼女の家がわからない。
「おい、おいって」

「んんーっ」

揺すってみたけれど、彼女は目を覚ます気配がない。

「仕方ない、か」

俺は彼女を家に連れて帰った。

ベッドに転がしコートを脱がせると、彼女が目を開けた。

「気づいたか?
今日は泊めてやるから……」

一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

――彼女の方からいきなり、キスしてきたから。

唇が離れてしばし、見つめあう。
彼女の唇が小さく動いた。

――抱いて。

微かに耳に届いた、たった三文字が理解できない。
なんで彼女が、会ったばかりの俺に。

「いや、俺はソファーで寝るし、別にお前に手を出す気とかねーし」