デザインはあまり変わらないけど、データ管理できて百グラム単位か、できなくて五十グラム単位か。
「ちなみにデータ管理できるので一押しはこれだな。
でもここまで必要ないだろ」
それはなんかSFチックな見た目の体組成計だった。
お値段は二万七千円。
これくらいなら、ありなんでは……?
今回のアスレチック代に宿泊費、それにエステの代金も、モニターなんだから経費で落とすし、なんて言って滝島さんは払わせてくれなかった。
いや、これが経費で落ちないことくらい、いくらなんでも私だってわかる。
私が同じことをしたら、大石課長から避雷針も真っ青な雷を落とされ、始末書から一ヶ月はネチネチ言われるコース間違い無しだ。
なのに。
『大丈夫、大丈夫。
申請書、通してきたし』
なんて滝島さんはうそぶいた。
いくらいつもの呟きからミツミが緩い企業だって知っていても、一般常識としてこれは無理。
絶対無理。
それに最初から滝島さんの自腹だと知っていたとしても、エステ代以外は払うし。
エステはご褒美だから素直に奢られておくけど。
そんなこんなで険悪になりながら戻ってきた車中、最終滝島さんが下したのは。
『わかった。
お前がうちのいい体組成計買え。
それで売り上げが上がって俺の給料も上がり、戻ってくるから問題ないだろ!』
とかいうトンデモ決断だった。
いや、体組成計が一台売れたくらいで滝島さんの給料に直結するなんてことありえないし?
なーんて言えたらいいが、逆ギレ気味な滝島さんに無理矢理納得するしかなかった……。
そういう事情なので、最初の五万五千円の体組成計を買うのだってやぶさかではないのだ。
……うん、さすがに想定のアスレチック代と宿泊費をかなり超えるのは痛いけど。
なのに滝島さんはお手頃のばかりを勧めてくる。
「えっと。
じゃあ、それを買います」
「いやだから、そんな高いの買わなくったって、これで十分だって」
自分で勧めたくせに、私が三万円のを選ぼうとしたら全力で止めてくる。
そんな気の使われ方、嬉しくないぞ。
「それにそれは立てかけ収納ができないから、棚の隙間とかにしまっておけないし。
データ管理したいなら、こっちにしろ」
なんで安い方を勧めたいのかなー?
「でも」
「あ、すみませーん、これください!」
勝手に店員を呼び、滝島さんは在庫確認をはじめてしまった。
「……売り上げ上がって滝島さんの給料が上がるんじゃなかったんですか。
これくらいじゃダメですよ」
「ばーか。
それだと二十三万の体組成計買わなきゃダメだろ」
「いたっ」
デコピンされて痛む額を押さえる。
ばーか、って滝島さんがばーかですよ。
わかっていますよ、それくらい。
どうしてそんなに、ただの中の人仲間ってだけで私にかまってくれるんですか。
この関係はそれだけですか。
気になる。
けれど聞いてしまったらなにかが壊れてしまう気がして、聞けない……。
「恋叶ロードの日か。
えらく甘い日だな。
まあ、今日も明日も伊深には関係ないだろうがな!」
申請書に判をつきながら愉快そうにがはがは笑う、大石課長を素知らぬ顔で受け流す。
――だから、バレンタインに義理チョコのひとつももらえないんだって。
とか、本当は言ってやりたいけど。
席に戻り、今日のツイートを開始した。
【2月13日木曜日、今日は豊後高田市恋叶ロードの日です。
恋が叶ったあかつきには、こんなフォトフレームに写真を飾るのはいかがでしょうか】
今日は系列会社の、ウェディングフォトフレームのリンクを貼り付ける。
「恋叶ロード、か」
私が叶えたい恋ってなんだろう。
やっぱり、英人とのよりを戻したい?
それとも……。
浮かんできた顔を慌てて打ち消す。
けれど上げた顔はモニターに貼り付けたイケてる男子付箋と目があった。
「うっ。
だから、違うし」
そんなこと、あるはずがないのだ。
しかし、今日が十三日ということは明日は十四日。
――バレンタインデー。
バレンタインデーはあまり好きじゃない。
だって、自分の誕生日だから。
プレゼントはもらえたよ?
バレンタインのついでのチョコが。
そんなの、嬉しいはずがない。
それはいまは置いておいて。
滝島さんに渡すべき……なのか。
「お世話になってるしなー」
お礼チョコを渡すべきだというのはわかっている。
でもなぜか、そこに別な意味を見いだしてしまいそうな自分に気づき、もうバレンタインは明日に迫っているというのに買えずにいた。
大石課長に怒られない程度にTLをチェックしながら仕事をする。
会社のアカウントはもちろん、企業さんとその関連しかフォローしていないから、TLはほとんどそれだ。
【バレンタインにチョコじゃなくて和菓子はいかがですかー?】
ちゃっかりそうやって、自社商品を勧めてくる三阪屋さんはさすがだ。
【明日のバレンタイン用にチョコレート菓子のレシピ、貼っておきますね】
SMOOTHさんの自社家電を使って作るレシピはなんか、女子力高そう。
【みなさーん、簡単にチョコレートが作れる道具、たくさんありますよー】
美味しそうな使用見本の写真一杯なのは、玩具メーカーのフクトミーさん。
【ローカロリーでしっとりサクサクの、ハートのスコーンの作り方です!
よかったら参考にしてください!】
健康企業のミツミさんですら、乗ってきている。
こんなイベントに乗らない方がおかしい。
少し前からどこの企業も、この手のネタのツイートをしている。
うちにもラッピング用のリボンにオリジナルの印字ができるラベルメーカーとか、ちょっとしたプレゼントに最適な文房具とか、焼きドーナツやワッフルができる調理家電だってあるのだ。
お勧めしたい、お勧めしたい、が。
「……ねぇ」
戻ってきた申請書には×印ばかり。
どうして、自社商品をお勧めしてはいけない?
ちなみに理由は、
「うちはそんなことで浮かれるような企業じゃない。イメージが悪くなる」
だ、そうだ。
全く意味がわからない。
「でも、バレンタインと結びつけなきゃいいんだよね……」
ちょっと考えてキーボードを叩く。
一気に企画書を作り上げ、超特急で大石課長に提出した。
「お願いします!」
「そこに置いとけば……」
「いますぐ!
いますぐ目を通してください!」
もうバレンタインは明日に迫っている。
いまさらな気がしないでもない。
でも、しないよりはまし。
「……わかった」
しぶしぶなのを隠さずに大石課長が企画書に目を通すのを待っていた。
空調が効きすぎなのか、脇にじっとり汗を掻いてくる。
「……まあいいだろう。
商品部には話を通しておいてやる」
「ありがとうございます!」
勢いよくあたまを下げ、席に戻って携帯と鞄を掴む。
「どこに行く気だ!?」
「宣材写真を撮るのに足りないもの、買ってきます!」
そのまま私は会社を飛び出した。
店舗を回り、バレンタインっぽいお菓子を買う。
イメージでネクタイやなんか欲しいところだが……これは誰か捕まえて借りよう。
会社に戻り、商品部へ行く。
「すみません、商品見本を貸してください」
「ああ、はい。
聞いています……」
対応してくれた女性社員から、目的のラベルメーカーと文房具を借りた。
「あ、カートリッジもください。
買います」
「はい」
出されたテープカートリッジから、イメージに合いそうなものを何点か選ぶ。
品番を控えるのも忘れずに。
「じゃあ、借りていきまーす」
次に向かったのは社内の撮影スタジオ。
きちんと取りたいときはちゃんとしたスタジオを借りてプロカメラマンに頼むが、こんなふうにちょっとしたもののときは社内スタジオを使って自分たちで撮る。
「さてと」
買ってきたものをテーブルに広げ、もう一度あたまの中でプランを練った。
時間はあまりない。
さっさとやってしまおう。
「こんな感じかな……?」
携帯からクラウド保存した写真を呼びだし、パソコンで確認する。
あえて携帯で撮ったのは、その方が手作り感が出ていいかなと思ったから。