束の間の正月休みも終わり、そのあとの残滓のような成人の日三連休初日の朝。
「喉、渇いた……」
ベッドで起き上がったところではたと気づく。
……ここは一体、どこ?
見渡した室内はどう見ても私の部屋じゃない。
そして……隣で眠る、全裸の男。
男を起こさないようにそろりとベッドを出て、散らばっている服を着る。
「ふっ!」
スカートのホックを留めるのに一瞬、気合いを入れた。
そうじゃないと留まらないから。
しかも少し、きつい。
デザイン重視で自分に合わないものを買ったせいもあるし、それに。
「んー……」
男が声を上げ、いまのせいで起きたんじゃないかとだらだらと汗が出てくる。
息を潜めて様子をうかがったが、寝返りを打っただけでまた寝息を立てだした。
ほっと息をつき、残りの服を着る。
音を立てないようにそーっとその部屋を出た。
建物を出たものの現在地がわからず、地図アプリを呼びだして最寄り駅までナビしてもらう。
駅に着いたらちょうど始発が動きはじめたところだった。
電車に乗って改めて携帯を確認する。
隣で寝ていた男は昨日、強引に連れていってもらった合コンにいた。
ちょっとあって悪い酔いしてしまって記憶が曖昧だが、状況からいって彼にお持ち帰りされたのは間違いない。
「たぶんこれだよね」
連絡先の中から覚えのない名前を見つけてブロックした。
いくら酔っていたからといってこの失敗は、ない。
きっともう二度と会うこともないだろうし、このことは記憶から消去しようと思ったんだけど……。
――お前みたいなデブ、誰が好きになるかよっ!
「……!」
彼の、私を罵倒する声で目が覚めた。
「……夢、か」
二度寝に入る間もなく、チロリン、チロリンと携帯がアラームを鳴らす。
「起きなきゃ……」
ぼーっと起きて出勤の準備をした。
朝ごはんは四個パックのヨーグルト一個で終了。
「ごちそうさまでした」
少しでも今風にと、緩くパーマをかけたダークブラウンの髪をルーズなお団子に。
服は冒険できなくていつも白ブラウスにパステルなフレアスカートで済ませている。
お気に入りのピンクベージュのコートを羽織り、ブラウンのブーティを履きかけて気づいた。
今日はきっと、この靴じゃ大変になる。
でも会社へスニーカーで行くわけにもいかず。
ちょっとだけ考え、適当な紙袋にスニーカーを突っ込んで家を出た。
「おはようございます」
パソコンを立ち上げ、テキパキと仕事の準備をした。
今日は午後から、社外で大事な会合があるのだ。
それに出席するためにも午前で仕事は終わらせてしまいたい。
「これで今日の分は大丈夫かな……」
入力した画面を確認し、プリントアウトして再び確認する。
誤字脱字もなさそうなので、上司に回した。
「よろしくお願いします」
「ん?
ああ、そこ置いとけばいいだろ」
ぺったん、ぺったんとその顔と同じで、不景気な餅つきのように判を押していた大石課長から興味なさげに決済箱を指さされ、少しカチンときたが努めて抑える。
今日はこれを乗り越えたら、楽しいことが待っているのだ。
「……今日は午後から外出予定なので、早めにお願いします」
「ああそうか。
いいよなー、遊んで給料がもらえるなんて」
嫌みも引き攣った笑みで耐えた。
このおじさんはいつもそうなのだ、私の仕事に理解がない。
会社の命令だから私にこの仕事をやらせ、自分としては無駄だと思いつつ申請書類をチェックして判をつく。
いや、チェックだけは真剣だ。
もしなにかあったときの自分の保身のために。
さっさと終わらないかなと、大石課長の頭頂部を見つめていた。
髪が薄くなってきた彼はカツラを使用しているが、本人はバレていると全く気づいていない。
がしかし、いつもなぜか少しズレているのでバレバレなんだけど。
「褒め言葉カードの日か。
オレももらいたいな、そんなの」
「は、はぁ……」
書類から顔を上げ、唇を歪ませて卑屈な笑みを浮かべる彼を、曖昧に笑って受け流す。
もらいたいって、そんなことはなにひとつしていないのに?
「ほら」
「ありがとうございます」
ぺた、と判の押された書類を受け取り、速攻で席に戻った。
大石課長の不満顔なんっていつまでも見ていたくない。
「さてと」
Twitterにタブを切り替え、さっき作った文章をコピペする。
【おはようございます。
今日は1月14日火曜日、褒め言葉カードの日です。
ご家族や部下に褒め言葉を書いたカードを渡してはいかがでしょうか】
さらにお勧めだと言わんばかりに系列会社の作っているギフトカードの画像とアドレスを貼り付けてツイートした。
「次は一時間後くらいだね……」
その間にもやるべき仕事はたくさんある。
私は次の仕事へ手をつけた。
私は事務機器の大手メーカー、『カイザージム』で働いている。
仕事はいわゆる、Twitter中の人という奴だ。
それが全部じゃないけど。
任命されたのは約四ヶ月前の去年の九月。
もう三年も担当していた男性社員、戸辺さんから突然、任命された。
「あとは任せた」
私を会議室に呼びだし、肩を叩いた戸辺さんの、晴れ晴れとした顔は忘れられない。
商品の広告的なものしか呟かせないくせに、会社は全く効果が上がらないといつも文句を言っていた。
戸辺さんも頑張っていたけれど、上司があのとおりなので、上手くいくはずがない。
いつも青い顔で戸辺さんは胃薬を飲んでいたくらいなので、地方支店勤務なんて半ば左遷のような人事でも担当を外れてほっとしたのだろう。
とはいえ、入社二年目の私に彼さえ手に負えなかったことが務まるとは思えない。