「上村、今日はありがとう。ごちそうさまでした」
 結局、食事は上村がご馳走してくれた。私の手料理へのお礼にしては高くつき過ぎたようでなんだか気が引けてしまう。
「どういたしまして。あの店って料理もうまいけど、シェフもなかなかいいキャラでしょ?」
「ほんと! 見た目はごつい格闘家みたいなのに、作るお料理はどれも繊細で本当に美味しかった。お話も面白いし」
 そう興奮気味に話す私を、上村が優しく見下ろす。初めて見る表情に一瞬胸が音を立てた。
「よかった、元気出たみたいですね。最近疲れてるみたいだったから、先輩」
「や、やだ。会社でもそんな顔してた?」
 パチパチと頬に手を当てて、慌てて近くのショーウィンドーを覗き込んだ。やだな、目の下にクマでもできてたりする?
「いえ、誰も気づいてないとは思うけど」
「そうなんだ。それなら良かった」
 上村の言葉に、ホッと胸をなでおろした。会社の人にまで心配かけるのは本意じゃない。
「良くないでしょ。どうして先輩はしんどい時にちゃんとしんどいって言えないの?」
 ショーウィンドー越しに上村と目が合う。真剣な表情に思わず私から目を逸らした。
「上村はちゃんと気づいて心配してくれてたのよね。ごめんなさい」
 会社のみんなにはまだ言ってないけれど、上村だけは母の病気のことを知っている。だから、上村が私の不調に気付いてくれたことも、今日の『約束』も、ただ私のことが心配だっただけだ。何も特別な意味はない。
勘違いして溢れ出そうになる感情を押さえ込もうと、私は口をつぐんだ。
「別に、謝って欲しいわけじゃない」
 上村はそういうと、私から顔を背け、来た時のように私を置いて歩き出す。
私と一緒に歩きたくないのなら、初めから約束なんてしなければいいのに。どうしてそこで機嫌が悪くなるのか、私にはわからなかった。
 たまに気まぐれのように優しくされると、胸が苦しくなる。
私はこぼれそうになるため息を封じ込め、重い足取りで上村の背中を追った。