もう真夜中だというのに、外はまだ蒸し暑い。暗闇の中から、この時季特有の木々や草花の濃い香りが押し寄せてくる。
 母はきっと、来年の夏にはここにはいないだろう。そう思うだけで後から涙が溢れてくる。
「先輩」
 後ろから声を掛けられたけれど、振り向くことはできなかった。
今日は酷い姿ばかり見せてしまった。もうこれ以上、上村に泣き顔を見られたくない。
「先輩、帰ろう」
 上村がそっと私の手を取った。
「……離して上村、ちゃんと一人で歩けるから」
 そう言ったのは、自分から上村の手を振りほどく勇気がなかったからだ。今日は何度、この手に救われたかわからない。
「帰ろう先輩」
 上村は私の言うことなど聞かず、握る手にさらに力を込めた。私は、今日だけだ、と強く自分に言い聞かせた。
 この手に縋ってもいいのは今日だけ。明日からはまた、いつもの強い自分に戻る。
 こぼれる涙もそのままに、私は上村に手を引かれ夜の闇を歩いた。
――上村の手は、温かかった。