店の外に出ると、2月の凍てつくような寒さが永松の酔いを僅かに覚ました。

 吐く息は瞬く間に白く濁り、上空の星空は電灯の影響で殆ど見えなくなっている。

 ひっくと横隔膜を震わせる永松の傍らで、茜は静かに帝都の空を眺めていた。

 「――――時代が、どういった風に進んでいくかは解らないけど」

 酒の余韻に浸るように、彼は唐突に囁いた。

 「同時に、どんどんとあたし達は忘れていくのだろうね。例えば永松さん」

 そう言って彼が指差したのは、伊勢崎食堂の向かいの家だ。新築のようで木材にも殆ど劣化が無い。ここ数ヶ月ほどの建築物のようだ。

 「この建物。建つ前には何があったか覚えているかい?」

 「へえ・・・・・・?」

 いきなり何を言い出すのかと思いつつも、聞かれたからには考えてみる。
 永松もこの辺りは何度も足を運んでいた。記憶を辿ればすぐに答えが浮かぶかと思ったが、どうしてかもやがかかったかのように霞んでいる。

 「・・・・・・思い、出せませんね」

 赤らめた顔で考えていると、茜が「確か、八百屋だったはずだよ」と囁いた。

 「ああ、そうだった!」

 言葉と同時、すっと記憶のもやが晴れた。そうだ、確かに団子屋だった。

 「忘れてた。どうして思い出せなかったんだろう」

 「時間というのはそういうもんさ。別に永松さんがどうじゃない」

 口元に笑みの余韻を残しながら、茜は下駄を鳴らしながら歩き出す。

 「栄華を誇ったあたし達陰陽師も、今じゃ時代の忘れ形見さ。きっと100年後には存在さえ認知されないだろう。でもあたしはそれでいいと思ってるんだ。それがいいと思ってるんだ」

 「・・・・・・」

 「願わくば、その忘却が良い方向に向かってほしいもんだねえ」

 彼は、そう呑気に言った。まるで他人事のように、あっけらかんと。

 永松はその言葉の意味を理解出来ず、酔いも忘れて黙り込む。

 ただ一つ解った事は、彼はその終わりを受け入れているという事だけだった。