【呪い】という言葉が九等警部の身を震わせた。
心配した部下に声をかけられるまで硬直。ハッとしたかと思えば青ざめた表情で電話を切ってしまった。
「け、九等警部!? 電話、切っちゃってよかったんですか!?」
「…………だ」
「え?」
部下が顔をのぞいてくる。すると彼は苛立ちをぶつけんばかりに部下の顔面を力いっぱい締めつけた。ミシミシと軋む音と、部下の悲鳴が屯所内に響いていく。
九等警部は部下の顔から手を離し、不機嫌を顕にした。
「今の電話の内容は信用できるかすらわからん。真面目な話をしていたかと思えば、突然呪いだの何だのとぬかしてきおって……!」
彼の奮闘をよそに、屯所内は一気にざわつく。
ふと、九等警部は他者が何に驚いているのかわからず、ただ不思議がった。
「な、何なんだ? お前たち!?」
情けない者を見る眼差しだけが九等を突き刺す。
いたたまれなくなった彼はたじろぎ、強く溜め息を吐いた。
「言いたい事があるなら、はっきり言え!」
部下の頬をつねって、苛立ちを顕にする。
「いだだだっ! き、九等警部! 痛いですよ!」
「俺にはこの無言の空気の方が刺さるわ!」
部下の必死の訴えも虚しく、彼は必要以上に頬をつねった。やがてそれすら飽き、手を離して近くにあった椅子へと腰かける。
「……冗談抜きで言え。呪いというのは何だ!? 何より、その言葉に異常なまでに反応するのはなぜだ!?」
自らの心を落ち着かせるために吐いた呼吸が、周囲に緊張感を走らせた。
左肘を机の上に置き、空いた手のひらに顎を乗せる。そんな何気ない行動ですら、今のこの場所では注目を集めてしまっていた。
九等警部は呪いをそこまで重要視する理由を知りたいと、再度口にする。
「──九等警部。この町の呪いというのは、噂では済まされないんです」
よくやく口を開いた部下が苦言した。
昔からある妖怪などの類い。それらは人間が作り出した空想とさえ言われている。
毎年、行方不明者や原因不明な死を遂げる者もおり、それすら呪いの頬と噂する者もいた。
「まさか貴様……羅卒でありながら噂や、ありもしないものを信じているのではあるまいな!?」
部下の言葉からすると、呪いを信じている風に聞こえる。
もちろん信じる信じないは人それぞれだが、彼らは法を守り現実を求める羅卒であった。けれど……
「呆れてものも言えんな」
まさか羅卒までもが、幻影に踊らされているとは思っていなかった。
彼はこれ以上話しても無駄だと悟り、さっさとこの場から離れようと腰をあげる。
「ま、待ってください! 我々だってあなたと同じで現実を見ています!」
部下は去ろうとする彼を引き留め、真剣な面持ちになっていった。
九等警部の前に立ち、半ば無理やり椅子に座らせる。
「九等警部がここに来る前……今から二年ほど前の事です。夜になった瞬間、嵐山全体が黒い霧に包まれました」
部下の喉仏が唾を飲み込むのを見て、九等警部は能面な表情で聞き入った。
「その霧は嵐山全体を包む。町の外から見た者たちによれば、薔薇の形をしていたそうです」
部下は、半べそをかきながらも必死に言葉を探す。
「そしてその霧は、嵐山の中から触れた者の精神を狂わせてしまいます。我々はこれをこう呼んでいます」
部下を見れば、両手は膝の上で丸められている。生まれたての小鹿としか思えぬほどに震えていた。
九等警部は不安になり、部下の表情に意識を持っていく。すると部下は必死に唇を噛み締めていた。
「──黒死病、と」
部下の顔色は悪く、今にも倒れてしまい兼ねないほどの冷や汗を流している。
見かねた九等警部はハンカチィフを部下に渡した。
「……何とも、信じがたい病名だな」
天井を仰ぎ見た後に部下の顔を横目に確認。
顔色の悪さは健在だが、それでも言葉はハッキリとしている。意識だけは何としても保っていようという現れなのか。
九等警部は彼に対してあっぱれと思う反面、呪い等に流されるのは羅卒としては失格だと感じていた。
羅卒という仕事をしている以上、夜とて外に出向かなければならない。呪いという言葉を信じ、救える命を見捨てるなどということはあってはならなかった。
まさかそれすらも忘れ、くだらない噂話を鵜呑みにしろとでも言うのか。
九等警部は口には出さずとも、眉に苦言を浮かべた。
それに対して部下の者も、他の羅卒たちは沈黙を続けている。
「九等警部の言いたい事は、何となくですがわかります。でも我々が言いたいのは……」
「九等警部!」
──その時、他の羅卒が慌てて彼を呼びに現れた。
「何事だ!?」
「あ、あの。それが、お客様が来てまして……」
声をかけてきた羅卒が九等警部に何かを伝える。耳元で囁いては、ちらり。またちらりと、屯所の玄関口を斜め見していた。
九等警部は落ち着きのない羅卒を叱咤。ぶつくさと愚痴ごちりながら玄関口へと向かう。
「まったく! 屯所なのだから一般人ぐらい来るだろ……う……に……」
玄関口まで進んだ瞬間、彼は硬直してしまった。
九等警部の目には、この場には相応しくない者たちが映っていたらからだ。
それは銀と金。二種の髪を持つ、美しい男女であった──
心配した部下に声をかけられるまで硬直。ハッとしたかと思えば青ざめた表情で電話を切ってしまった。
「け、九等警部!? 電話、切っちゃってよかったんですか!?」
「…………だ」
「え?」
部下が顔をのぞいてくる。すると彼は苛立ちをぶつけんばかりに部下の顔面を力いっぱい締めつけた。ミシミシと軋む音と、部下の悲鳴が屯所内に響いていく。
九等警部は部下の顔から手を離し、不機嫌を顕にした。
「今の電話の内容は信用できるかすらわからん。真面目な話をしていたかと思えば、突然呪いだの何だのとぬかしてきおって……!」
彼の奮闘をよそに、屯所内は一気にざわつく。
ふと、九等警部は他者が何に驚いているのかわからず、ただ不思議がった。
「な、何なんだ? お前たち!?」
情けない者を見る眼差しだけが九等を突き刺す。
いたたまれなくなった彼はたじろぎ、強く溜め息を吐いた。
「言いたい事があるなら、はっきり言え!」
部下の頬をつねって、苛立ちを顕にする。
「いだだだっ! き、九等警部! 痛いですよ!」
「俺にはこの無言の空気の方が刺さるわ!」
部下の必死の訴えも虚しく、彼は必要以上に頬をつねった。やがてそれすら飽き、手を離して近くにあった椅子へと腰かける。
「……冗談抜きで言え。呪いというのは何だ!? 何より、その言葉に異常なまでに反応するのはなぜだ!?」
自らの心を落ち着かせるために吐いた呼吸が、周囲に緊張感を走らせた。
左肘を机の上に置き、空いた手のひらに顎を乗せる。そんな何気ない行動ですら、今のこの場所では注目を集めてしまっていた。
九等警部は呪いをそこまで重要視する理由を知りたいと、再度口にする。
「──九等警部。この町の呪いというのは、噂では済まされないんです」
よくやく口を開いた部下が苦言した。
昔からある妖怪などの類い。それらは人間が作り出した空想とさえ言われている。
毎年、行方不明者や原因不明な死を遂げる者もおり、それすら呪いの頬と噂する者もいた。
「まさか貴様……羅卒でありながら噂や、ありもしないものを信じているのではあるまいな!?」
部下の言葉からすると、呪いを信じている風に聞こえる。
もちろん信じる信じないは人それぞれだが、彼らは法を守り現実を求める羅卒であった。けれど……
「呆れてものも言えんな」
まさか羅卒までもが、幻影に踊らされているとは思っていなかった。
彼はこれ以上話しても無駄だと悟り、さっさとこの場から離れようと腰をあげる。
「ま、待ってください! 我々だってあなたと同じで現実を見ています!」
部下は去ろうとする彼を引き留め、真剣な面持ちになっていった。
九等警部の前に立ち、半ば無理やり椅子に座らせる。
「九等警部がここに来る前……今から二年ほど前の事です。夜になった瞬間、嵐山全体が黒い霧に包まれました」
部下の喉仏が唾を飲み込むのを見て、九等警部は能面な表情で聞き入った。
「その霧は嵐山全体を包む。町の外から見た者たちによれば、薔薇の形をしていたそうです」
部下は、半べそをかきながらも必死に言葉を探す。
「そしてその霧は、嵐山の中から触れた者の精神を狂わせてしまいます。我々はこれをこう呼んでいます」
部下を見れば、両手は膝の上で丸められている。生まれたての小鹿としか思えぬほどに震えていた。
九等警部は不安になり、部下の表情に意識を持っていく。すると部下は必死に唇を噛み締めていた。
「──黒死病、と」
部下の顔色は悪く、今にも倒れてしまい兼ねないほどの冷や汗を流している。
見かねた九等警部はハンカチィフを部下に渡した。
「……何とも、信じがたい病名だな」
天井を仰ぎ見た後に部下の顔を横目に確認。
顔色の悪さは健在だが、それでも言葉はハッキリとしている。意識だけは何としても保っていようという現れなのか。
九等警部は彼に対してあっぱれと思う反面、呪い等に流されるのは羅卒としては失格だと感じていた。
羅卒という仕事をしている以上、夜とて外に出向かなければならない。呪いという言葉を信じ、救える命を見捨てるなどということはあってはならなかった。
まさかそれすらも忘れ、くだらない噂話を鵜呑みにしろとでも言うのか。
九等警部は口には出さずとも、眉に苦言を浮かべた。
それに対して部下の者も、他の羅卒たちは沈黙を続けている。
「九等警部の言いたい事は、何となくですがわかります。でも我々が言いたいのは……」
「九等警部!」
──その時、他の羅卒が慌てて彼を呼びに現れた。
「何事だ!?」
「あ、あの。それが、お客様が来てまして……」
声をかけてきた羅卒が九等警部に何かを伝える。耳元で囁いては、ちらり。またちらりと、屯所の玄関口を斜め見していた。
九等警部は落ち着きのない羅卒を叱咤。ぶつくさと愚痴ごちりながら玄関口へと向かう。
「まったく! 屯所なのだから一般人ぐらい来るだろ……う……に……」
玄関口まで進んだ瞬間、彼は硬直してしまった。
九等警部の目には、この場には相応しくない者たちが映っていたらからだ。
それは銀と金。二種の髪を持つ、美しい男女であった──