嵐山にある小さな屯所に戻ると、さっそく九等警部が己の椅子へと腰掛ける。
両腕をつっかえ棒にして顎を乗せながら、悩ましげに眉根を寄せていた。
「あの遺体はどこから来た? いや。そもそも誰の遺体だ?」
念仏を唱えんばかりの真剣さに、周囲にいる他の羅卒たちはたじろいでしまう。けれど彼はお構い無しに、あーでもないこーでもないと思考だけを動かしていた。
「首がない事からして殺人の可能性は高い。だがあれでは殺害時刻すらわか……」
「九等警部!」
頭を悩ませていると、部下の一人が慌てた様子で彼の元に走り寄ってくる。
九等警部は何事かと溜め息をついた。
「静かにせんか!」
「す、すんまへん。せやけど……」
「ん? 何だ?」
九等警部は部下の不必要な慌てぶりに疑問を持つ。
首を傾げながら目線を合わせれば、部下の男は怯えた風に縮こまってしまっていた。
「……あー。わかった、わかった。で? 何をそんなに慌ててるんだ?」
己が部下を苛めているかの空気すら生まれ、いたたまれなくなってしまう。このままでは居場所がなくなると感じ、彼は話を聞かざるをえなくなった。
髭を触りながら大きく歎息し、部下の肩を軽く叩く。
「あっ……はい。実は入電があって……」
「……ん? んー? 電話? それだけ?」
「は、はい」
彼はしばしの間考えた。
電話の一つや二つ、屯所にいれば嫌でも入ってくる。それを今さら驚く必要があるのか……と。
「ばっかもーん! 電話がかかってくる事など日常茶飯事ではないか! 今さら何を驚いておるかー!」
雷様ならぬ、般若の表情で部下に酷烈に怒濤をお見舞いした。
「何で電話ぐらいでそんなに慌てる必要があるんだ!? お前は羅卒だろ!? 事件の一つや二つ……」
「ち、ちゃいます!」
九等警部の言葉を一刀両断し、部下は青ざめた顔で向き合う。
「渡月橋の、首なし遺体についての事を仄めかす電話です!」
「──何だと!?」
予期せぬ事態に彼はすぐに案内しろと伝えた。
屯所内部一階にある電話機の元へ駆けつけると、九等警部は受話器を手にする。
けれどその手は震えていた。それでも大きく深呼吸することで、緊張を解していく。
「──君は誰だね?」
絞り出した声は落ち着いているが、受話器を握る手は汗をかいていた。それを部下たちに悟られまいと、冷静に対応する。
『……重要なのはそこじゃない。だから教えない』
電話の向こう側から聞こえてきたのは、男とも女ともとれる声だった。
声質的には幼さがあるものの、かなり淡々としていて感情が見えてこない。高くも低くもない声でありながらどこか大人びている。
そんな妄想すら生まれてしまい兼ねない、不思議な声質の主だった。
『それよりも、あの川にどうしていたのか。どうやって殺されたのか。聞きたくないのかな?』
九等警部はこの言葉に眉を反応させる。
相手が誰であれ、何者であれ、事件のことを知っている。例え犯人だったとしても、そうでなかったとしても、情報は喉から手が出る手が出るほど欲しい。
けれど信用してよいものなのか。
九等警部は受話器を耳から離し、己を呼んできた部下に黙視で答えを求めた。
部下の男は戸惑いを見せている。
『……止めておこうか?』
彼らが悩んでいると、受話器の向こう側の者は痺れを切らしてしまい……無慈悲にも、忘れてと、電話を切られてしまいそうになる──
「いや、待て! わかった。話を聞こう」
相手が何者にせよ、ここで逃がしてはいけない。もし犯人ならば、情報を聞き出しておかなければならない。
そう考えた九等警部は二つ返事で承諾した。
『──初めに伝えておくけど、犯人が誰とか、理由は~というのは知らない。教えろとか言われても無理だから』
受話器越しに聞こえてくるのは微かな呼吸音と、性別不明で落ち着いた声だった。
けれど九等警部は声の主の言葉に耳を疑ってしまう。
「何っ!?」
先手を打たれるとは思っても見なかった彼は一瞬だけうろたえる。けれどすぐに平常心を取り戻し、話し手と向き合った。
「……わかった。そこについては我々羅卒に任せたまえ」
『話しが早くて助かる』
受話器越しの者が何かを言ってくるまでは、下手な質問はできない。してしまっては機嫌を損ねられて終了になる。
相手が誰なのかもわからぬ今は、少しでも情報取得の機会を逃すことはできなかった。
彼は静寂の中で聞こえる己が心音を耳に入れる。それは、誰も喋らない時間が流れているのだと実感できるほどに長かった。
『……質問してくれなきゃ答えれない』
「は? え? 質問してもいいのかね?」
『……? してくれなきゃ何も進まないよ?』
「そ、そうか……」
どうやら相手は、九等警部が思っているような警戒心は持ち合わせてはいないようだった。
考えは杞憂に終わったものの、どうにも調子が狂う相手とさえ感じてしまう。
「こほんっ! では、どこで殺されたか。だ」
これについては自ずと他の羅卒たちから連絡がくるはず。もしもその答えと一致していたのなら、相手が犯人である可能性が高くなる。
もちろんその逆も然りで、親切な一般市民が教えてくれるということも考えられた。
けれど、どれもこれも憶測でしない。だからこそ怪しい者は徹底的に追及する必要があるなと、九等警部は根っからの羅卒魂を滾らせていた。
『殺され場所は小屋。そこで首を切断されて、渡月橋の南側の橋まで運ばれた』
驚愕に見回れた彼は無意識に受話器を握る圧力を強める。
それでも相手に悟られぬよう、部下に書き込みを指示。部下は無言で頷き、急いで紙に筆を乗せていった。
「南側? 見つかったのは北側だが?」
遺体が発見されたのは土産物店舗が密集している北側である。ならば、そこで殺害されと考えるのが普通ではないかと、確認しながら尋ねた。
『違う。南側。殺された正確な時間はわからないけど、南側で首を切断された。そして遺体の手首を筏にくくりつけた。そ……』
「ま、待ちたまえ!」
相手が一方的に語り、九等警部は置いてきぼりを食らってしまう。彼はそのことに焦りすら感じた。
淡々と。そして他の者の動揺などお構い無しに謎を語る相手に、彼が待ったをかけてようやく止めることができた。
「仮にその方法で行けたとしても、なぜ、保津川な……」
『深いから』
渡月橋の下を流れている保津川は深い。
天候によって水位は変わってくるものの、普段から大人の身長を軽く越える水量であることは間違いなかった。
ではなぜ、そんな場所に遺体を隠したのか。
謎は深まっていくばかりで、九等警部は頭を悩ませてしまう。
『深いからこそ、人目につく事なく、向こう岸まで遺体を運べる。いい? 小さな子供の遺体ですら、運んだりするのに人目というのは邪魔なだけ』
受話器の向こう側の者は、相も変わらずに淡々と説明をしてきた。
『日中なんて人がいっぱいいる。そんな中、堂々と首なし死体を連れて歩けると思う?』
被害者は子供ではなく女性。年齢は不明であっても、確実に子供よりは大きい。
遺体が見つかったのが常に多くの人々で賑わう嵐山の中心区である。そのことを踏まえ、この遺体移動手段を取ったのだと、語ってきた。
九等警部は、その推理は穴だらけだと感じてしまう。
何も犯行は日中でなくてもいい。
人々が寝静まった真夜中に行えば済むことであった。大きな物音を響かせれば近所の人が気づく。けれど……
「……いや、待ちたまえ。その推理は矛盾していないかね? わざわざ人目につく日中じゃなくてもいいはずだ。殆んど人がいない夜中に実行する方が楽ではないかね?」
日中とは違い、夜中は静寂に包まれる。視界も悪くなり、場所によっては明かりすらないところもあった。
だからこそ、犯行するには丁度いいのではないか。
羅卒として数多くの犯罪を見てきた彼からすれば、絶好の時間帯になるのだと知っていた。
「……貴様、我ら羅卒を馬鹿にしているだろ!?」
受話器にヒビができてしまい兼ねないほどの腕力で握る。時折ピシリッと音が聞こえるが、それすらも気にしている余裕がなかった。
「でなければ犯行しやすい夜中……」
『あれ? もしかして……この町の決まりを知らないの?』
相変わらずの緊張感を保ったまま、受話器越しに語ってくる。
九等警部は突然ふられた町の決まりごとについて、首を傾げた。
無言で受話器を手で覆い、相手に聞こえない姿勢を保つ。そのまま振り返り、部下に「この町の決まりとは何だ?」と尋ねた。
「え!? 九等警部、もしかして知らないんですか!?」
「最近この町の住人になったんだ。しきたりだの何だのは知らん!」
知ってて当たり前と言われ、彼は顔をしかめてしまう。
部下をひと睨みした後、再び受話器へと話しかけた。
「すまんな。俺は先月こちらに赴任してきたばかりでね。何も知らんのだ」
『……この嵐山には幾つかの決まり事がある。一つは【夜、不必要な外出はしない】二つめは【黒薔薇には絶対に魅入られてはならない】。これらは絶対に守る。それが出来ない場合は……』
受話器の向こう側の声は徐々に低くなっていく。語る速さは変わらないが、空気から凄味というものが伝わってきた。
「……っ!?」
九等警部の全身に寒気が行き渡っていく。
無意識に感じているものがなんなのか。それすらわからないまま、彼は全身から冷や汗が流れていた。
けれど受話器の向こう側にいる者には、その空気が伝わることはない。
ただ一考だけを伝え、無慈悲に言葉を放ってきた。
『黒薔薇の呪いを受ける事になる──』
両腕をつっかえ棒にして顎を乗せながら、悩ましげに眉根を寄せていた。
「あの遺体はどこから来た? いや。そもそも誰の遺体だ?」
念仏を唱えんばかりの真剣さに、周囲にいる他の羅卒たちはたじろいでしまう。けれど彼はお構い無しに、あーでもないこーでもないと思考だけを動かしていた。
「首がない事からして殺人の可能性は高い。だがあれでは殺害時刻すらわか……」
「九等警部!」
頭を悩ませていると、部下の一人が慌てた様子で彼の元に走り寄ってくる。
九等警部は何事かと溜め息をついた。
「静かにせんか!」
「す、すんまへん。せやけど……」
「ん? 何だ?」
九等警部は部下の不必要な慌てぶりに疑問を持つ。
首を傾げながら目線を合わせれば、部下の男は怯えた風に縮こまってしまっていた。
「……あー。わかった、わかった。で? 何をそんなに慌ててるんだ?」
己が部下を苛めているかの空気すら生まれ、いたたまれなくなってしまう。このままでは居場所がなくなると感じ、彼は話を聞かざるをえなくなった。
髭を触りながら大きく歎息し、部下の肩を軽く叩く。
「あっ……はい。実は入電があって……」
「……ん? んー? 電話? それだけ?」
「は、はい」
彼はしばしの間考えた。
電話の一つや二つ、屯所にいれば嫌でも入ってくる。それを今さら驚く必要があるのか……と。
「ばっかもーん! 電話がかかってくる事など日常茶飯事ではないか! 今さら何を驚いておるかー!」
雷様ならぬ、般若の表情で部下に酷烈に怒濤をお見舞いした。
「何で電話ぐらいでそんなに慌てる必要があるんだ!? お前は羅卒だろ!? 事件の一つや二つ……」
「ち、ちゃいます!」
九等警部の言葉を一刀両断し、部下は青ざめた顔で向き合う。
「渡月橋の、首なし遺体についての事を仄めかす電話です!」
「──何だと!?」
予期せぬ事態に彼はすぐに案内しろと伝えた。
屯所内部一階にある電話機の元へ駆けつけると、九等警部は受話器を手にする。
けれどその手は震えていた。それでも大きく深呼吸することで、緊張を解していく。
「──君は誰だね?」
絞り出した声は落ち着いているが、受話器を握る手は汗をかいていた。それを部下たちに悟られまいと、冷静に対応する。
『……重要なのはそこじゃない。だから教えない』
電話の向こう側から聞こえてきたのは、男とも女ともとれる声だった。
声質的には幼さがあるものの、かなり淡々としていて感情が見えてこない。高くも低くもない声でありながらどこか大人びている。
そんな妄想すら生まれてしまい兼ねない、不思議な声質の主だった。
『それよりも、あの川にどうしていたのか。どうやって殺されたのか。聞きたくないのかな?』
九等警部はこの言葉に眉を反応させる。
相手が誰であれ、何者であれ、事件のことを知っている。例え犯人だったとしても、そうでなかったとしても、情報は喉から手が出る手が出るほど欲しい。
けれど信用してよいものなのか。
九等警部は受話器を耳から離し、己を呼んできた部下に黙視で答えを求めた。
部下の男は戸惑いを見せている。
『……止めておこうか?』
彼らが悩んでいると、受話器の向こう側の者は痺れを切らしてしまい……無慈悲にも、忘れてと、電話を切られてしまいそうになる──
「いや、待て! わかった。話を聞こう」
相手が何者にせよ、ここで逃がしてはいけない。もし犯人ならば、情報を聞き出しておかなければならない。
そう考えた九等警部は二つ返事で承諾した。
『──初めに伝えておくけど、犯人が誰とか、理由は~というのは知らない。教えろとか言われても無理だから』
受話器越しに聞こえてくるのは微かな呼吸音と、性別不明で落ち着いた声だった。
けれど九等警部は声の主の言葉に耳を疑ってしまう。
「何っ!?」
先手を打たれるとは思っても見なかった彼は一瞬だけうろたえる。けれどすぐに平常心を取り戻し、話し手と向き合った。
「……わかった。そこについては我々羅卒に任せたまえ」
『話しが早くて助かる』
受話器越しの者が何かを言ってくるまでは、下手な質問はできない。してしまっては機嫌を損ねられて終了になる。
相手が誰なのかもわからぬ今は、少しでも情報取得の機会を逃すことはできなかった。
彼は静寂の中で聞こえる己が心音を耳に入れる。それは、誰も喋らない時間が流れているのだと実感できるほどに長かった。
『……質問してくれなきゃ答えれない』
「は? え? 質問してもいいのかね?」
『……? してくれなきゃ何も進まないよ?』
「そ、そうか……」
どうやら相手は、九等警部が思っているような警戒心は持ち合わせてはいないようだった。
考えは杞憂に終わったものの、どうにも調子が狂う相手とさえ感じてしまう。
「こほんっ! では、どこで殺されたか。だ」
これについては自ずと他の羅卒たちから連絡がくるはず。もしもその答えと一致していたのなら、相手が犯人である可能性が高くなる。
もちろんその逆も然りで、親切な一般市民が教えてくれるということも考えられた。
けれど、どれもこれも憶測でしない。だからこそ怪しい者は徹底的に追及する必要があるなと、九等警部は根っからの羅卒魂を滾らせていた。
『殺され場所は小屋。そこで首を切断されて、渡月橋の南側の橋まで運ばれた』
驚愕に見回れた彼は無意識に受話器を握る圧力を強める。
それでも相手に悟られぬよう、部下に書き込みを指示。部下は無言で頷き、急いで紙に筆を乗せていった。
「南側? 見つかったのは北側だが?」
遺体が発見されたのは土産物店舗が密集している北側である。ならば、そこで殺害されと考えるのが普通ではないかと、確認しながら尋ねた。
『違う。南側。殺された正確な時間はわからないけど、南側で首を切断された。そして遺体の手首を筏にくくりつけた。そ……』
「ま、待ちたまえ!」
相手が一方的に語り、九等警部は置いてきぼりを食らってしまう。彼はそのことに焦りすら感じた。
淡々と。そして他の者の動揺などお構い無しに謎を語る相手に、彼が待ったをかけてようやく止めることができた。
「仮にその方法で行けたとしても、なぜ、保津川な……」
『深いから』
渡月橋の下を流れている保津川は深い。
天候によって水位は変わってくるものの、普段から大人の身長を軽く越える水量であることは間違いなかった。
ではなぜ、そんな場所に遺体を隠したのか。
謎は深まっていくばかりで、九等警部は頭を悩ませてしまう。
『深いからこそ、人目につく事なく、向こう岸まで遺体を運べる。いい? 小さな子供の遺体ですら、運んだりするのに人目というのは邪魔なだけ』
受話器の向こう側の者は、相も変わらずに淡々と説明をしてきた。
『日中なんて人がいっぱいいる。そんな中、堂々と首なし死体を連れて歩けると思う?』
被害者は子供ではなく女性。年齢は不明であっても、確実に子供よりは大きい。
遺体が見つかったのが常に多くの人々で賑わう嵐山の中心区である。そのことを踏まえ、この遺体移動手段を取ったのだと、語ってきた。
九等警部は、その推理は穴だらけだと感じてしまう。
何も犯行は日中でなくてもいい。
人々が寝静まった真夜中に行えば済むことであった。大きな物音を響かせれば近所の人が気づく。けれど……
「……いや、待ちたまえ。その推理は矛盾していないかね? わざわざ人目につく日中じゃなくてもいいはずだ。殆んど人がいない夜中に実行する方が楽ではないかね?」
日中とは違い、夜中は静寂に包まれる。視界も悪くなり、場所によっては明かりすらないところもあった。
だからこそ、犯行するには丁度いいのではないか。
羅卒として数多くの犯罪を見てきた彼からすれば、絶好の時間帯になるのだと知っていた。
「……貴様、我ら羅卒を馬鹿にしているだろ!?」
受話器にヒビができてしまい兼ねないほどの腕力で握る。時折ピシリッと音が聞こえるが、それすらも気にしている余裕がなかった。
「でなければ犯行しやすい夜中……」
『あれ? もしかして……この町の決まりを知らないの?』
相変わらずの緊張感を保ったまま、受話器越しに語ってくる。
九等警部は突然ふられた町の決まりごとについて、首を傾げた。
無言で受話器を手で覆い、相手に聞こえない姿勢を保つ。そのまま振り返り、部下に「この町の決まりとは何だ?」と尋ねた。
「え!? 九等警部、もしかして知らないんですか!?」
「最近この町の住人になったんだ。しきたりだの何だのは知らん!」
知ってて当たり前と言われ、彼は顔をしかめてしまう。
部下をひと睨みした後、再び受話器へと話しかけた。
「すまんな。俺は先月こちらに赴任してきたばかりでね。何も知らんのだ」
『……この嵐山には幾つかの決まり事がある。一つは【夜、不必要な外出はしない】二つめは【黒薔薇には絶対に魅入られてはならない】。これらは絶対に守る。それが出来ない場合は……』
受話器の向こう側の声は徐々に低くなっていく。語る速さは変わらないが、空気から凄味というものが伝わってきた。
「……っ!?」
九等警部の全身に寒気が行き渡っていく。
無意識に感じているものがなんなのか。それすらわからないまま、彼は全身から冷や汗が流れていた。
けれど受話器の向こう側にいる者には、その空気が伝わることはない。
ただ一考だけを伝え、無慈悲に言葉を放ってきた。
『黒薔薇の呪いを受ける事になる──』