湿っぽくなっている場合ではない。今日は遊びに行くのではないのだ。仕事であり、任務だ。
「さ、忙しくなるぞう!」
「お、なんか乃里ちゃん張り切ってる」
「いいですねぇ。僕たちも頑張りましょう」
三人の笑顔溢れる社内。今日のお祭りも、たくさんの笑顔が咲きますように。乃里は積んだ弁当を振り返り微笑んだ。
先日見た景色と変わりない長閑な紅首村の景色。車は村に再び入り込む。
吉野宅に行く途中の畑に通りかかると、軽トラックが停まっていた。
「あ、この間と同じだから吉野さんのトラックですね、あれ」
時間は十一時少し前。カワオヌ神社に行き準備をしたらちょうど昼食にいい時間だ。
三人の乗った車が近付くと、軽トラックのうしろから人が出てきた。
「あ、吉野さん」
吉野の姿を認めて車が停まると、乃里は降りて吉野のところへ駆けて行った。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。来たねぇ」
「はい! 今日はよろしくお願いします!」
「父ちゃんが昨日、神社に行ってみたんだと、したら誰かがテーブルと敷物を持って行ってくれていたみたいだ」
「そうなんですか」
父ちゃんというのは村長である吉野の夫のことだ。
机はともかく、ブルーシートは一応、しろがねにあったものを持って来たのだが。収穫祭のことを聞きつけ準備を手伝ってくれた人がいたのだ。ありがたい。
「誰か、気の利いた人がいたんだべ」
「ありがたいですね」
またあとで、と吉野が軽トラックに乗り込む。吉野に手を振って、乃里は車に戻った。
山へ向かって車を走らせ、神社へ上っていくあの階段へ。
「さぁ、ここからちょっと重労働ですね」
萩が階段を見上げた。
弁当十個ずつ持ち、握り飯もある。ここへ来る途中に仕入れたペットボトルのお茶、ブルーシート。もしかしたらもう一度往復をしないといけなくなるかもしれない。そう考えるとうんざりしてしまう。
しかし、ここでじっとしているわけにはいかない。文句を言っても仕方がない。
「がんばりましょう! 行きましょ……」
ガサガサと近くの木々が揺れ、乃里は驚いて息を飲んだ。
「やぁ、よく来たな」
「カワオヌさん!」
頭を木の葉まみれにしまるで森から生まれるようにしてカワオヌが姿を現した。大きな体は相変わらずで、急に目の前に来たらやはり驚いてしまう。
「そんな無造作に出てこないでよ。驚くじゃないの」
「すまねぇ」
萩も乃里と同じく驚いていた様子だ。カワオヌは頭を掻いている。
「誰かいたらどうするのってば」
「あんたらのにおいがしたから。分かったんだ」
分厚い胸板を叩いてカワオヌは笑った。
「どれ、この荷物を持っていけばいいのか? おらがやるよ」
カワオヌは弁当の入った段ボールと握り飯、ブルーシートとペットボトルを全部抱えて、階段を上り始めた。
「凄い。重くないですか、カワオヌさん!」
「たいしたことねぇよ。このくらい。ここらの畑に埋まっていた岩に比べたら」
「流石、怪力の鬼ですね」
萩と牡丹と乃里は、収穫祭の弁当などを全部カワオヌに任せることにして、あとを追いかけた。
「誰も来ないといいけれど。まだ時間じゃないけれど、気が早い人は来るかもしれませんね」
「大丈夫。雰囲気で分かるんで」
階段はまだ序盤なのに息切れが始まった乃里は、兄弟とカワオヌの後ろを必死についていく。
「どなたか分かりませんが、テーブルとか運ぶのは大変だったでしょうね」
「そうですねぇ。ありがたいです」
乃里が言うと萩が頷く。
「ああ、おらが運んでおいたんだ。使うと思って」
そう言ったのはカワオヌだ。三人は驚いてカワオヌを見る。
「村の人が、畑で話していたのを聞いたんだ。机を持っていくだの、シートが うちにあるだのって。軽トラで階段の下まで置きに来たから、夜のうちに運んでおいたんだ」
吉野は誰かが運んでくれたらしいと言っていたが、村の中では誰も名乗りをあげないだろうから、とんだ不思議現象である。
「ありがとうございます。助かりました。今日のお弁当も」
「いい匂いがしてる。腹ペコだ」
「多めに持ってきましたから、カワオヌさんも食べてくださいね」
萩の言葉に嬉しそうに笑うカワオヌだった。
長い階段をクリアして境内まで行くと、確かに座って使うタイプの背の低い長テーブル数台とブルーシートが置いてあった。これをカワオヌひとりで運んだというのだから鬼というのは凄い力の持ち主だ。
額の汗を拭いていると、牡丹が階段のほうを見たまま動きを止める。
「さ、忙しくなるぞう!」
「お、なんか乃里ちゃん張り切ってる」
「いいですねぇ。僕たちも頑張りましょう」
三人の笑顔溢れる社内。今日のお祭りも、たくさんの笑顔が咲きますように。乃里は積んだ弁当を振り返り微笑んだ。
先日見た景色と変わりない長閑な紅首村の景色。車は村に再び入り込む。
吉野宅に行く途中の畑に通りかかると、軽トラックが停まっていた。
「あ、この間と同じだから吉野さんのトラックですね、あれ」
時間は十一時少し前。カワオヌ神社に行き準備をしたらちょうど昼食にいい時間だ。
三人の乗った車が近付くと、軽トラックのうしろから人が出てきた。
「あ、吉野さん」
吉野の姿を認めて車が停まると、乃里は降りて吉野のところへ駆けて行った。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。来たねぇ」
「はい! 今日はよろしくお願いします!」
「父ちゃんが昨日、神社に行ってみたんだと、したら誰かがテーブルと敷物を持って行ってくれていたみたいだ」
「そうなんですか」
父ちゃんというのは村長である吉野の夫のことだ。
机はともかく、ブルーシートは一応、しろがねにあったものを持って来たのだが。収穫祭のことを聞きつけ準備を手伝ってくれた人がいたのだ。ありがたい。
「誰か、気の利いた人がいたんだべ」
「ありがたいですね」
またあとで、と吉野が軽トラックに乗り込む。吉野に手を振って、乃里は車に戻った。
山へ向かって車を走らせ、神社へ上っていくあの階段へ。
「さぁ、ここからちょっと重労働ですね」
萩が階段を見上げた。
弁当十個ずつ持ち、握り飯もある。ここへ来る途中に仕入れたペットボトルのお茶、ブルーシート。もしかしたらもう一度往復をしないといけなくなるかもしれない。そう考えるとうんざりしてしまう。
しかし、ここでじっとしているわけにはいかない。文句を言っても仕方がない。
「がんばりましょう! 行きましょ……」
ガサガサと近くの木々が揺れ、乃里は驚いて息を飲んだ。
「やぁ、よく来たな」
「カワオヌさん!」
頭を木の葉まみれにしまるで森から生まれるようにしてカワオヌが姿を現した。大きな体は相変わらずで、急に目の前に来たらやはり驚いてしまう。
「そんな無造作に出てこないでよ。驚くじゃないの」
「すまねぇ」
萩も乃里と同じく驚いていた様子だ。カワオヌは頭を掻いている。
「誰かいたらどうするのってば」
「あんたらのにおいがしたから。分かったんだ」
分厚い胸板を叩いてカワオヌは笑った。
「どれ、この荷物を持っていけばいいのか? おらがやるよ」
カワオヌは弁当の入った段ボールと握り飯、ブルーシートとペットボトルを全部抱えて、階段を上り始めた。
「凄い。重くないですか、カワオヌさん!」
「たいしたことねぇよ。このくらい。ここらの畑に埋まっていた岩に比べたら」
「流石、怪力の鬼ですね」
萩と牡丹と乃里は、収穫祭の弁当などを全部カワオヌに任せることにして、あとを追いかけた。
「誰も来ないといいけれど。まだ時間じゃないけれど、気が早い人は来るかもしれませんね」
「大丈夫。雰囲気で分かるんで」
階段はまだ序盤なのに息切れが始まった乃里は、兄弟とカワオヌの後ろを必死についていく。
「どなたか分かりませんが、テーブルとか運ぶのは大変だったでしょうね」
「そうですねぇ。ありがたいです」
乃里が言うと萩が頷く。
「ああ、おらが運んでおいたんだ。使うと思って」
そう言ったのはカワオヌだ。三人は驚いてカワオヌを見る。
「村の人が、畑で話していたのを聞いたんだ。机を持っていくだの、シートが うちにあるだのって。軽トラで階段の下まで置きに来たから、夜のうちに運んでおいたんだ」
吉野は誰かが運んでくれたらしいと言っていたが、村の中では誰も名乗りをあげないだろうから、とんだ不思議現象である。
「ありがとうございます。助かりました。今日のお弁当も」
「いい匂いがしてる。腹ペコだ」
「多めに持ってきましたから、カワオヌさんも食べてくださいね」
萩の言葉に嬉しそうに笑うカワオヌだった。
長い階段をクリアして境内まで行くと、確かに座って使うタイプの背の低い長テーブル数台とブルーシートが置いてあった。これをカワオヌひとりで運んだというのだから鬼というのは凄い力の持ち主だ。
額の汗を拭いていると、牡丹が階段のほうを見たまま動きを止める。