プリンは、上に茶豆がひと粒乗っていて、薄い緑色をしている。ずんだプリンだ。下には琺瑯容器に入った緑色の餡。
「ああ、これずんだ! わたしが剥いたやつ! 磨り潰したやつ!」
 乃里がやったのは、長時間かけて取り出した大量の茶豆をすり鉢で磨り潰すところまで。味付けをしたのは萩か牡丹だろう。
「はいはい、乃里ちゃん騒いでないで、この白玉三つにその餡でずんだ餅を完成させて」
 牡丹は「プリン終わったらやってね」と大きなボウルを調理台に乗せる。見に行くと、中は大量の白玉団子。
「わ、わたしが!」
「美味しそうに盛り付けてね」
「はい!」
 元気よく返事をして、冷蔵庫に戻りプリンを保冷ボックスに入れる。終わったらずんだ餅だ。プリンと同じカップに白玉団子を三つ。上にずんだ餡を見栄えよく乗せていく。
 正直、料理がほとんど全部出来上がっているから乃里ができることはあまりないのだ。
 スキルも腕もまだないのだから、当たり前なのだが。
 しろがねでアルバイトをしている間に、できることは身につけて料理人としての勉強に役立てたい。
「ずんだ、味見してごらん」
「いいんですか!」
 乃里は少し指に取り口に運んだ。茶豆の濃厚な味が口に広がった。甘過ぎないずんだ餡に仕上がっている。
「乃里ちゃんが丁寧に薄皮を取って磨り潰してくれたからね。最高のずんだ餡ができたよ」
「美味しい……脳が痺れます。このバット全部食べられる……」
「あはは。このずんだ餅とプリンは三十四個分の材料がある。四個は乃里ちゃんのだからね」
 予想外のことを言われ、乃里は萩の顔を見る。
「うちの?」
「自分の分は取っておいてくださいね。全部持っていったら食べられてしまいます」
 萩も言うので、乃里は嬉しくて震えた。
「生きていて良かった……」
「大袈裟だねぇ」
 笑いながら牡丹は大きな土鍋の蓋を開けた。ふわりと湯気が立つ。
「それはなんですか!」
「ご飯。一升で大体握り飯が三十個、だから土鍋をふたつ分。これに、こうする」
 牡丹はまたボウルの中身をザラザラと土鍋のご飯に入れた。
「茶豆ご飯!」
「いいよねぇ。艶々ご飯に茶豆」
 真っ白でピカピカに光るご飯に緑色のコロコロした茶豆が眩しい。乃里は先日食べた茶豆の握り飯を思い出して思わず唾を飲み込んだ。
「こうして馴染ませておく。弁当に詰め終わったら、握り飯を作るよ。三人それぞれ握り飯を十個握れば完成」
 牡丹と乃里が茶豆のご飯で盛り上がっている間に、萩は黙々と作業をしており、三十個の弁当容器は埋まりつつあった。萩の集中力が凄い。
 料理を詳しく見るのはあとにしよう。早くずんだ餅の盛り付けを終わらせて、萩さんを手伝わなくてはいけない。
 全てのメニューに興味津々ではあったが、乃里は自分に与えられた作業に集中した。
 牡丹の言った通り、最後に一人十個、合計三十個の茶豆ご飯の握り飯が出来上がり、収穫祭用の弁当が完成した。
「さ。積み込みをして出発しますよ」
 そうだ。ゆっくりしている暇などない。
 弁当を数えて確認しながら運搬用の段ボールに入れる。
 乃里はずんだプリンが入った保冷ボックスとずんだ餅を詰めた段ボールを車に運んだ。どちらもずしりと重くて大変だったが、気合いでやりきる。
シズさんも手伝ってくれて、積み込みが完了した。
「出発だよ。忘れ物ないよね」
 弁当、握り飯、プリンにずんだ餅。割り箸。
「準備オッケーです!」
「では参りましょう」
 おー! と拳を振り上げた乃里。遠ざかる車を見送るシズさんはずっと手を振ってくれていた。
 先日と同じ行程で紅首村に向かう。この間は寝てしまっていた乃里だったが、今回は眠くならない。眠っている場合ではない。到着してからの準備の打ち合わせをし、シミュレーションに余念がない。それも終わると、萩や牡丹と他愛ない話をした。
 今日も晴れて、雨の確率も少なとの予報。絶好の収穫祭日和である。
「カワオヌ神社の収穫祭、か」
 カワオヌはきっと首を長くして待っているだろう。
 長い、長い、人間の乃里には辿るのが無理なほど長い時間、カワオヌは紅首村のために生きてきた。その村が無くなる。ダムの底に沈む。
 いままでいたものが、なくなるのだ。
 乃里は下唇を噛んだ。
 最期の、思い出を作ってほしい。あげたい、なんておこがましいから、手伝えたらそれでいい。思い出を胸に生きて行ってほしい。思い出と長い生を、ずっと。
 乃里は鼻をすすった。
 しんみりしてしまった。