そういうものなのか。そんなことでよくいままでここを経営してこれたな。
乃里は兄弟があれが苦手、これが日課だと言っているのを聞きながら苦笑した。
茶豆ごはん
大根と鶏肉の煮物
茶豆と玉ねぎのさつま揚げ
茄子の素揚げトマト味噌
野菜ずんだあえ
ずんだプリン、ずんだ餅
ホワイトボードには以上のメニューが。茶豆ご飯の横に「にぎりめし」と牡丹が書き足した。
全部美味しそう。楽しみで仕方がない。
食べるのもだが、作り方を覚えて家でも作ってみたい。乃里は兄弟の手際を見ながら味付けや調理法などを教わっていくつもりだった。ワクワクと心が躍る。
「さ、おしゃべりはこのへんにして。開店の準備をしましょう」
「はい!」
料理屋しろがねの開店である。
乃里は腕まくりをして「はい!」と返事をした。
数人の日帰り温泉と食事の客を迎え、帳場をシズに任せて乃里は牡丹と萩と一緒に本日のメニューを提供し、収穫祭の弁当の下ごしらえ。その間に、日曜日は料理屋のほうは休業の案内を張り出し、日帰り温泉のほうはシズに任せることとなった。
翌日の土曜日、午後からしろがねの味の基本となる出汁を取ることから準備を始めた。
しろがねにアルバイトに来るようになってから初めて見るしろがねの出汁だ。和食の提供が中心なので、和の出汁となる。
「うちは、合わせ出汁を使っています。作り方は様々あるようですが、これはわたしがここの先代から教えて貰った作り方です」
昆布は前日から水につけてあったという。混布のあとに削ることから自分でやる鰹節を使う。
「鰹出汁と混布出汁はそれぞれ向いている料理がありますが、合わせだと幅広く色々な料理に使えるから覚えておくといいですよ」
真剣な顔で萩は昆布と鰹節で出汁を取った。良い香りが厨房を包む。
「鰹節は最後、絞ってはいけません。苦味が出てしまいますから。学校でも習うでしょうけれど、基本に忠実にやれば美味しい出汁が取れますよ」
「勉強になります!」
乃里が真剣に言うと、萩がにっこりと笑った。
出汁が準備出来ると、紅首の茶豆を料理しやすいようにひと粒ひと粒取り出す作業だ。
茹でて火傷しない程度に冷ましたあとに、さやから茶豆を丁寧に取り出す。このとき、茶豆という名前の由来となった茶色の薄皮を取り除く。一品だけに使うのではないので、正直これが一番作業量がある。萩と牡丹は他の料理に取り掛からねばならず、乃里が茶豆の作業を担当することになる。
これは大変だ。
しかしこの緑色の豆たちが、美味しい握り飯になり、ずんだになる。みんなが食べて笑顔になる。そう考えるだけで嬉しくて、とにかく茶豆の取り出し作業に没頭した。
牡丹は魚肉を磨り潰しにかかっていた。さつま揚げの材料である。
出汁の香りに包まれながら、煮立つ鍋や包丁の音を聞く。それぞれに動く背中。乃里は心から楽しかった。
料理を作る後ろ姿は真剣で優しい。誰かの為に作っている、優しい姿。自分のそうありたい。
乃里は止めていた手元に視線と意識を戻し、再び動かした。
日曜日、収穫祭当日。
収穫祭用の弁当は不足を避けるために三十個用意されることになっており、準備は滞りなく整えてあるとはいっても、人手が多いことに越したことはない。
乃里は夜明けとともにしろがねに来たいと言ったのだが、まだ高校生のアルバイトにそんな厳しいことはさせられないと萩が言う。しかし、それでも早い朝七時に来てほしいとのことで、乃里は六時にしろがねに行き、兄弟に驚かれた。
「こんなに早く来て、親御さんに心配されますよ。七時でいいと言いましたのに」
「大丈夫です。それに九時には出発ですよね。早くやりましょう!」
こんなに早く行くなんて、と父と佐和子には心配されたのだが、弁当の大量発注があったことを話すと一応の納得を見せたので、乃里は朝食もとらずに朝五時に家を出た。
弁当を出すような店じゃないのだが。
乃里は嘘を言って家を出てきたのを少し心苦しいと思った。しかし、本当のことを言えばまた佐和子に不安な顔をされるのが嫌だった。
苦笑している萩と牡丹だったが、弁当の容器を数えて並べるよう、乃里に指示した。
さつま揚げ、大根と鶏肉の煮物など料理は完成しており、乃里が並べた容器に萩が素早く料理を盛りつけていく。早く並べなければ追いつかれてしまう。
「並べ終わったら、そこの冷蔵庫で冷やしているものを足元に保冷ボックスがありますから入れてくださいね。数は三十四」
「はい。分かりました」
乃里は業務用冷蔵庫を開ける。すると、小さなプラスチックのカップに入ったものがずらりと並んで入っていた。
「あ! これプリンですね!」
わぁと感嘆の声をあげる乃里を見て、萩が微笑む。
乃里は兄弟があれが苦手、これが日課だと言っているのを聞きながら苦笑した。
茶豆ごはん
大根と鶏肉の煮物
茶豆と玉ねぎのさつま揚げ
茄子の素揚げトマト味噌
野菜ずんだあえ
ずんだプリン、ずんだ餅
ホワイトボードには以上のメニューが。茶豆ご飯の横に「にぎりめし」と牡丹が書き足した。
全部美味しそう。楽しみで仕方がない。
食べるのもだが、作り方を覚えて家でも作ってみたい。乃里は兄弟の手際を見ながら味付けや調理法などを教わっていくつもりだった。ワクワクと心が躍る。
「さ、おしゃべりはこのへんにして。開店の準備をしましょう」
「はい!」
料理屋しろがねの開店である。
乃里は腕まくりをして「はい!」と返事をした。
数人の日帰り温泉と食事の客を迎え、帳場をシズに任せて乃里は牡丹と萩と一緒に本日のメニューを提供し、収穫祭の弁当の下ごしらえ。その間に、日曜日は料理屋のほうは休業の案内を張り出し、日帰り温泉のほうはシズに任せることとなった。
翌日の土曜日、午後からしろがねの味の基本となる出汁を取ることから準備を始めた。
しろがねにアルバイトに来るようになってから初めて見るしろがねの出汁だ。和食の提供が中心なので、和の出汁となる。
「うちは、合わせ出汁を使っています。作り方は様々あるようですが、これはわたしがここの先代から教えて貰った作り方です」
昆布は前日から水につけてあったという。混布のあとに削ることから自分でやる鰹節を使う。
「鰹出汁と混布出汁はそれぞれ向いている料理がありますが、合わせだと幅広く色々な料理に使えるから覚えておくといいですよ」
真剣な顔で萩は昆布と鰹節で出汁を取った。良い香りが厨房を包む。
「鰹節は最後、絞ってはいけません。苦味が出てしまいますから。学校でも習うでしょうけれど、基本に忠実にやれば美味しい出汁が取れますよ」
「勉強になります!」
乃里が真剣に言うと、萩がにっこりと笑った。
出汁が準備出来ると、紅首の茶豆を料理しやすいようにひと粒ひと粒取り出す作業だ。
茹でて火傷しない程度に冷ましたあとに、さやから茶豆を丁寧に取り出す。このとき、茶豆という名前の由来となった茶色の薄皮を取り除く。一品だけに使うのではないので、正直これが一番作業量がある。萩と牡丹は他の料理に取り掛からねばならず、乃里が茶豆の作業を担当することになる。
これは大変だ。
しかしこの緑色の豆たちが、美味しい握り飯になり、ずんだになる。みんなが食べて笑顔になる。そう考えるだけで嬉しくて、とにかく茶豆の取り出し作業に没頭した。
牡丹は魚肉を磨り潰しにかかっていた。さつま揚げの材料である。
出汁の香りに包まれながら、煮立つ鍋や包丁の音を聞く。それぞれに動く背中。乃里は心から楽しかった。
料理を作る後ろ姿は真剣で優しい。誰かの為に作っている、優しい姿。自分のそうありたい。
乃里は止めていた手元に視線と意識を戻し、再び動かした。
日曜日、収穫祭当日。
収穫祭用の弁当は不足を避けるために三十個用意されることになっており、準備は滞りなく整えてあるとはいっても、人手が多いことに越したことはない。
乃里は夜明けとともにしろがねに来たいと言ったのだが、まだ高校生のアルバイトにそんな厳しいことはさせられないと萩が言う。しかし、それでも早い朝七時に来てほしいとのことで、乃里は六時にしろがねに行き、兄弟に驚かれた。
「こんなに早く来て、親御さんに心配されますよ。七時でいいと言いましたのに」
「大丈夫です。それに九時には出発ですよね。早くやりましょう!」
こんなに早く行くなんて、と父と佐和子には心配されたのだが、弁当の大量発注があったことを話すと一応の納得を見せたので、乃里は朝食もとらずに朝五時に家を出た。
弁当を出すような店じゃないのだが。
乃里は嘘を言って家を出てきたのを少し心苦しいと思った。しかし、本当のことを言えばまた佐和子に不安な顔をされるのが嫌だった。
苦笑している萩と牡丹だったが、弁当の容器を数えて並べるよう、乃里に指示した。
さつま揚げ、大根と鶏肉の煮物など料理は完成しており、乃里が並べた容器に萩が素早く料理を盛りつけていく。早く並べなければ追いつかれてしまう。
「並べ終わったら、そこの冷蔵庫で冷やしているものを足元に保冷ボックスがありますから入れてくださいね。数は三十四」
「はい。分かりました」
乃里は業務用冷蔵庫を開ける。すると、小さなプラスチックのカップに入ったものがずらりと並んで入っていた。
「あ! これプリンですね!」
わぁと感嘆の声をあげる乃里を見て、萩が微笑む。