でも、萩と牡丹が作るなら絶対に美味しいものができるはず。
乃里はワクワクして仕方がなかった。
「予定としましては、急ではありますが、どうでしょう。次の日曜日なんかは」
「ああ。いいんじゃないの。皆さ言っておくから」
「野菜は採れたてが一番です。少しでも新鮮なうちに料理したいです。日曜日のお昼にしましょうか。僕たちも準備がありますし、乃里さんが遅くならずに帰宅できます」
次の日曜は、三日後である。かなり強行開催だと思ったが、吉野がすぐに賛同したことで決定になった。たしかに、作物の鮮度をできるだけ落とさないように料理したいのは乃里にもわかる。
「日曜日、やりましょう。美味しい料理で皆さんが楽しめば、カワオヌ様も安心して見送ってくれるでしょう」
「ああ、お別れ会みたいなもんだな」
吉野が少し寂しそうに奥の山に視線を流しながら笑った。
「吉野さん。僕たちの連絡先はこちらです。なにか不都合がございましたら連絡をください」
「はい、たしかに。帰りにここに戻ってきな。野菜とか用意しておくから」
「ありがたい。すみません」
吉野は萩の名刺を見て確かめてから、懐に入れた。
「じゃあ、僕たちはカワオヌ神社に行って来ましょう」
萩の言葉に牡丹と乃里は頷く。
「吉野さん、ありがとうございました」
また日曜日に、と吉野に手を振り三人は車に戻った。
車が離れていくのをいつまでも見ている吉野の姿がどんどん小さくなり見えなくなった頃には、山が迫っていた。
「神社のことを聞くだけのつもりがまさかこんなことになるなんて想像もしていませんでしたね」
「そうですね。作物は興味深かったですし、このあたりで食べられている料理も教えていただけました」
「俺、いくつかメニューを考えたよ。あとで萩の考えと擦り合わせしような」
「わたしも全力でお手伝いします!」
味付けなどはできないにしても、萩と牡丹が作り出す料理を間近で見ることができるのは楽しみだった。
「到着したようですね。この階段です」
二車線なのかもよくわからない道路、それでも通行の邪魔にならないように車を森の方へ寄せて駐車した。窓から見上げた裏山は遠くから見るよりずっと大きくて木々が深く生い茂っていた。木々の間に鳥居が見えて、視線を上に向ければ階段が続いている。昼なお暗いせいで階段の先が真っ暗で見えなくて、まるで森に吸い込まれているように見えた。
異世界への入口みたい。
萩と牡丹は早くも車から降りている。乃里もリュックを背負いあとに続いた。
階段の始まりには一メートル程の高さの石碑に「川鬼神社」と彫ってある。
「これはまた長い階段ですねぇ」
「しんどそう。猫の姿で行った方が楽かなぁ」
「牡丹は乃里さんのリュックにでも入るつもりでしょう」
「それはやめてください。牡丹さん。自力で行きましょう」
ちぇっと言っているところを見ると、牡丹は本当に乃里のリュックに入るつもりだったらしい。
「上でカワオヌさんが待っているでしょう」
萩は草履で階段を踏みしめた。乃里と牡丹はスニーカーだから動きやすいけれど、どう見ても萩は長い階段を上るような装いではない。しかし、軽やかに階段を移動していく。
萩と牡丹が並んで前を行き、続いて乃里。すぐに息が上がるけれど、前の二人はなんともなさそうだ。
「茶豆ご飯」
急に牡丹がそう言った。
「いいですね。僕もそれは考えていました。じゃあ……大根と煮物」
料理のことか。収穫祭のメニューを考えていたのだ。
多くは語らず、牡丹の言葉にすぐ萩が反応して、本当に仲のいい兄弟だんだな。いいな。心から思う。
長い年月を共に生きてきた、血の繋がりがある唯一の家族なのだから、当然だろうか。
「大根の煮物は肉を入れよう。鶏肉がいいかな。ずんだあえの野菜はなににするかな」
「お出汁での味付けを考えましょう」
「いいね。塩コショウじゃないよな」
味の好みも一緒。考えも理解できて、行動も共に。互いに思いあい、一番に考える。
乃里は、萩と牡丹の関係性がとても眩しく思えた。
家に自分の居場所がないと思うわたしとは大違いだ、と。
ふっとため息をついたとき、牡丹が後ろを振り向いて「乃里ちゃんは」と声をかけた。
「なにが食べたい?」
「わたしですか? いいんですか、わたしが意見しても」
「いいだろ。だって一緒に作るんだし、収穫祭やるんだし」
乃里がぱっと表情を変えたのが面白かったのか、牡丹も笑ってくれる。
「じゃ、じゃあ! プリンがいいです!」
「プリン?」
「はい。先日いただいたプリン、とっても美味しかったですし。弟も喜んでいました」
「そっか。ご家族に気に入っていただけたんだね」
心がピクリと震える。家族というワードに過剰反応してしまう自分が嫌だった。たしかにプリンは父も佐和子も美味しいといって食べていた。しかし、佐和子に至っては、乃里が持ち帰ったから好きでもないのに食べていたのかもしれない。
乃里はワクワクして仕方がなかった。
「予定としましては、急ではありますが、どうでしょう。次の日曜日なんかは」
「ああ。いいんじゃないの。皆さ言っておくから」
「野菜は採れたてが一番です。少しでも新鮮なうちに料理したいです。日曜日のお昼にしましょうか。僕たちも準備がありますし、乃里さんが遅くならずに帰宅できます」
次の日曜は、三日後である。かなり強行開催だと思ったが、吉野がすぐに賛同したことで決定になった。たしかに、作物の鮮度をできるだけ落とさないように料理したいのは乃里にもわかる。
「日曜日、やりましょう。美味しい料理で皆さんが楽しめば、カワオヌ様も安心して見送ってくれるでしょう」
「ああ、お別れ会みたいなもんだな」
吉野が少し寂しそうに奥の山に視線を流しながら笑った。
「吉野さん。僕たちの連絡先はこちらです。なにか不都合がございましたら連絡をください」
「はい、たしかに。帰りにここに戻ってきな。野菜とか用意しておくから」
「ありがたい。すみません」
吉野は萩の名刺を見て確かめてから、懐に入れた。
「じゃあ、僕たちはカワオヌ神社に行って来ましょう」
萩の言葉に牡丹と乃里は頷く。
「吉野さん、ありがとうございました」
また日曜日に、と吉野に手を振り三人は車に戻った。
車が離れていくのをいつまでも見ている吉野の姿がどんどん小さくなり見えなくなった頃には、山が迫っていた。
「神社のことを聞くだけのつもりがまさかこんなことになるなんて想像もしていませんでしたね」
「そうですね。作物は興味深かったですし、このあたりで食べられている料理も教えていただけました」
「俺、いくつかメニューを考えたよ。あとで萩の考えと擦り合わせしような」
「わたしも全力でお手伝いします!」
味付けなどはできないにしても、萩と牡丹が作り出す料理を間近で見ることができるのは楽しみだった。
「到着したようですね。この階段です」
二車線なのかもよくわからない道路、それでも通行の邪魔にならないように車を森の方へ寄せて駐車した。窓から見上げた裏山は遠くから見るよりずっと大きくて木々が深く生い茂っていた。木々の間に鳥居が見えて、視線を上に向ければ階段が続いている。昼なお暗いせいで階段の先が真っ暗で見えなくて、まるで森に吸い込まれているように見えた。
異世界への入口みたい。
萩と牡丹は早くも車から降りている。乃里もリュックを背負いあとに続いた。
階段の始まりには一メートル程の高さの石碑に「川鬼神社」と彫ってある。
「これはまた長い階段ですねぇ」
「しんどそう。猫の姿で行った方が楽かなぁ」
「牡丹は乃里さんのリュックにでも入るつもりでしょう」
「それはやめてください。牡丹さん。自力で行きましょう」
ちぇっと言っているところを見ると、牡丹は本当に乃里のリュックに入るつもりだったらしい。
「上でカワオヌさんが待っているでしょう」
萩は草履で階段を踏みしめた。乃里と牡丹はスニーカーだから動きやすいけれど、どう見ても萩は長い階段を上るような装いではない。しかし、軽やかに階段を移動していく。
萩と牡丹が並んで前を行き、続いて乃里。すぐに息が上がるけれど、前の二人はなんともなさそうだ。
「茶豆ご飯」
急に牡丹がそう言った。
「いいですね。僕もそれは考えていました。じゃあ……大根と煮物」
料理のことか。収穫祭のメニューを考えていたのだ。
多くは語らず、牡丹の言葉にすぐ萩が反応して、本当に仲のいい兄弟だんだな。いいな。心から思う。
長い年月を共に生きてきた、血の繋がりがある唯一の家族なのだから、当然だろうか。
「大根の煮物は肉を入れよう。鶏肉がいいかな。ずんだあえの野菜はなににするかな」
「お出汁での味付けを考えましょう」
「いいね。塩コショウじゃないよな」
味の好みも一緒。考えも理解できて、行動も共に。互いに思いあい、一番に考える。
乃里は、萩と牡丹の関係性がとても眩しく思えた。
家に自分の居場所がないと思うわたしとは大違いだ、と。
ふっとため息をついたとき、牡丹が後ろを振り向いて「乃里ちゃんは」と声をかけた。
「なにが食べたい?」
「わたしですか? いいんですか、わたしが意見しても」
「いいだろ。だって一緒に作るんだし、収穫祭やるんだし」
乃里がぱっと表情を変えたのが面白かったのか、牡丹も笑ってくれる。
「じゃ、じゃあ! プリンがいいです!」
「プリン?」
「はい。先日いただいたプリン、とっても美味しかったですし。弟も喜んでいました」
「そっか。ご家族に気に入っていただけたんだね」
心がピクリと震える。家族というワードに過剰反応してしまう自分が嫌だった。たしかにプリンは父も佐和子も美味しいといって食べていた。しかし、佐和子に至っては、乃里が持ち帰ったから好きでもないのに食べていたのかもしれない。