車から降りてから、紫織は宏樹の一歩後ろを着いて行くように砂浜へ足を踏み入れた。

 そこに広がる光景は、あの時と全く変わっていない。
 人は全くいないし、夏の海と違って打ち寄せてくる波が高い。

「うう……、さすがに寒いな」

 宏樹は肩を竦めながら、両腕で自らの身体を抱き締めている。

 紫織もまた、時おり吹き付けてくる差すような潮風に顔をしかめた。

(そういえば、彼女とどうなったんだろ)

 姿勢を全く崩さずに海を眺めている宏樹を見上げながら、紫織はふと思った。

 前に海に来た時は、宏樹はどこか思いつめている様子だった。
 はっきりとは口に出さなかったものの、それでも、何かあったことだけは確かに感じ取った。

 宏樹は必要以上に自分のことを話さない。
 もちろん、宏樹にとっては紫織はまだまだ子供だからという認識が強いからだろうが、それ以上に、他人に甘えることが人一倍下手なのだ。

(宏樹君は、朋也が生まれてからはずっと〈お兄ちゃん〉だったんだしね)

 しばしの間、宏樹に視線を注いでいたら、それに気付いたのか、宏樹が首を動かしてこちらを見た。

「どうした? 何か言いたそうだな?」

 そう訊ねられた紫織は、慌てて目を逸らした。

「う、ううん! 何でもないよ!」

 そんなのは全くの嘘だが、かと言って、改めて彼女のことも訊きづらい。

 紫織はそのまま、自分が立っている砂浜の上に視線を落とした。

 宏樹にはたくさん訊きたいことがある。
 半面で、全てを知るのが怖い。
 それならばいっそのこと、何も知らないまま、ただ宏樹の側にいる方がよっぽど幸せだと思う。

(結局は、私のわがままだよね……)

 砂をつま先で蹴りながら、紫織は自らを嘲るように微苦笑を浮かべる。
 他人の幸せを願えない自分の小ささ、そして何より、どんなことをしてでも宏樹を手に入れたがっている自分自身の愚かさに。