妻籠宿のあやかしさんたち 野いちごに改稿版投稿予定


・【カジカガエルを指揮するあやかしさん】


「そろそろカジカガエルが本格的に鳴きだす頃だな」
 カジカガエル。
 美しい声で鳴くカエルで、五月から七月まではこの妻籠宿周辺の風物詩だ。
 このカジカガエルのあやかしさんもいて、それはそれは天使のような美少女だ。
 薄いエメラルドグリーンの髪の毛に、しっとりとしたキューティクルのロング。
 女子の憧れのような髪質をしている。
「カジカガエルのあやかしさんのカジエちゃんは、本当髪質が綺麗だよな」
 ほら、コイツも言ってる。
 みんな思うこと。
「オミソのボサボサとは大違いだな」
「私だって結構キューティクルだし」
「キューティというか、ブスだな」
「そんなことないし!」
「ブスクルだな」
「全然ブスは来ないし! 私には福しか来ないし!」
「鬼も逃げ出すほどの緑色の髪にブスクル一つ、香りも緑特有のソレで」
「茹でる前で枝豆みたいな青臭い香り発してないし! 花の良い香りだし!」
「ハエを寄せ集めるほうの香りな」
「全然おいしいハチミツ収穫できる花だし!」
「オマエのハチミツ摂取すると、喉が荒れそう」
「めちゃくちゃ喉に良いし! 良い声しか出なくなるし!」
「四畳半にしか響かない、だみ声な」
「全然遠くまで届くし! 透き通った声出すし!」
「弾道ミサイルみたいな攻撃的な声な」
「優しい南風のような温かい声出すし!」
「植物を枯らすほどの熱波な」
「植物に潤いを持たせる恵みの声だし!」
「ベチャベチャの酸性雨な」
「全然違うし! 純然たる雨だし! しとしとと降り続ける植物に最も良い雨だし!」
「あぁ、ジメジメさせて気分を落とさせる雨な」
「でも雨上がりにちゃんと虹が出るほど晴れるし!」
「黒と紫が交互に出ているだけのアザみたいな虹な」
「ちゃんと七色しっかり出てるし!」
「でも誰にも見向きされなくて」
「みんな喜んで指差すほうの虹だわ!」
「その虹を指差すと縁起が悪いと言い伝えられている」
「そんな虹無いし! そんな馬鹿な言い伝えのある村出身の琢磨には分からないだろうけどねっ!」
「俺の村は百万石の武将の御膝元」
「でも裏で悪いことしていっぱいして稼いだ百万石でしょ!」
「そして裏で悪いことをいっぱいして島流しになった女子がこちらです」
「そんな順当にいってたまるか! 裏で悪いことしたら表でチヤホヤされてやるわ!」
「うわっ、性格悪っ」
「いやこんだけ意味無く悪口言うほうが性格悪いでしょ!」
「クスクス、本当に漫才みたいだね、琢磨くんとオミソちゃんは」
 ……うっ、私のことをオミソと呼ぶのは琢磨しかいない。
 それかあったとしても強気になった時の学校の男子ぐらいしかいない。
 しかしオミソちゃんと呼ぶのは完全に一人しかいない。
 一人というか、あやかしさんだ。
 そう、さっき最初に話題になったカジエちゃんだ。
「あっ! いつの間に! いらっしゃいませ!」
「いいの、いいの、バレずに入って来たからさ」
 そう言って、しゃなりと上品に席へ着いたカジエちゃん。
 このカジカガエルの季節になると、いつもより荘厳な雰囲気を纏うカジエちゃん。
 今日も今日とて絶好調といった感じだ。
 しかし本人は少し様子がおかしいようで。
「これからアタシ、カジカガエルたちを指揮して、合唱を奏でないといけないんだけども、ちょっとノドの調子が悪くてね」
 確かにカジエちゃんは少し声を落として、物静かに喋っているような感じだ。
「激しく動いちゃうと、テンション上がっちゃって意味無くハツラツと喋ってノドを痛めそうでね。だから静かにバレないような感じで動いていたんだ」
「そうだったんだっ、ハチミツのハーブティでも用意しましょうか?」
「うん、頼むよ……それと」
 と喋って間を取ったカジエちゃん。
 もしやツバツさんやハナマさんのような料理の依頼か。
 いやでも私も結構自信がついてきた。
 もし依頼があったとしても、良いですよとハッキリ言ってしまおう。
「やっぱり、琢磨くんはいつも可愛いねっ」
 と言って琢磨の頭をポンポンしたので、何か
「ダメーッ!」
 と叫んでしまった。
「何なに? オミソちゃんもポンポンしてほしかったの?」
「そ! そうじゃないですけどもっ!」
「いや逆に俺はポンポン嫌だったから、子供扱いは嫌だから、オミソ、オマエがポンポンしてもらえ」
 そう言って私の肩を掴んで押して、カジエちゃんに差し出した琢磨。
「オミソちゃんは甘えたがりだなぁっ」
 そう言いながらポンポンしてきたカジエちゃん。
 いやあやかしさんのほうが長生きしているということは知ってるけども、どう見ても私たちと同じくらいに見えるんだよなぁ。
「そうそう、ツバツさんやハナマさんみたいに、アタシにもスペシャルな料理作ってほしいんだ」
「いやそれもあるんですかっ!」
「おっ、予想していたわけだっ、オミソちゃんも賢くなったなぁ」
 さらにポンポンされたが別に嬉しくない。
 何故なら”賢くなったなぁ”という台詞は元々馬鹿だと思っていないと出てこない台詞だから。
 しかし、それにしてもポンポンが長い。
 何だ、こんなに叩かれると馬鹿になってしまうぞ。
 賢くなった今からまたあの頃に退化してやろうか。
 いやあの頃なんてないわ!
 ……て!
「確かにオミソは賢くなったなぁ、はいはい」
「いや! 琢磨がポンポンしてる!」
「俺もオミソが賢くなって嬉しいぞ」
「いやいやいや! やめろ! 子供扱いするなっ!」
 何だよっ、そう言えば急に手が温かくなったなぁ、と思ったら琢磨がポンポンしていたんかい!
 カジエちゃんはちょっと手が冷ためだからねっ!
 というか! あぁっ! もう!
 私のリアクションを見て、アハハと屈託なく笑う琢磨。
 何だコイツ、めちゃくちゃ腹立つな。
 何か変にモヤモヤするし。
 最悪だ。
「じゃあまあアタシの本題に戻して、是非ノドに良いスペシャルな料理を作ってほしいんだ」
「分かりました、作りましょう。また一緒に作ろうな、オミソ」
「当たり前だし! というか私一人でも作れるし!」
「いやいや、ここは二人一緒に作ってもらいたいな、一人じゃ浮かばないこともあるからね」
 カジエちゃんはそう言った。
 う~ん、どうしようと思いながら、琢磨のほうをじっと見る私。
 琢磨はそれに気付いて、こっちを見て優しく頷いて微笑んだ。
 いやまあ、別にいいけどさ……。
 何かモヤモヤするな……。
 でもここでOK出さないと、それこそ小さいみたいだからまあいいとするか。
 なんせ私はオトナだからな。
 そしてあやかしさん側のカフェ閉店後、また一緒に考えだした。