田植えのシーズンが終わったら、待っていましたとばかりに梅雨が訪れる。
 じめじめとしていて、正直に言ったら過ごしにくい。

 今日ももちづき君が、居間で叫ぶ。

「こらー! 良夜ー! ここに洗濯物を干すなー! 湿気ですじめじめになっているぞー!」

 その苦情に、良夜さんは頭を下げて謝罪する。

「申し訳ありません、満月大神。エアコンがあるのは、お店とここの部屋だけゆえ」

 そうなのだ。祖母の家に、エアコンは二個しかない。あとの部屋は、夏は扇風機、冬はストーブを使い、暑さや寒さを耐え忍んでいる。

 洗濯物を干し終えた良夜さんは、エアコンの“除湿モード”にし、満足げな表情で部屋を去る。もちづき君が睨んでいたが、気にする様子はない。さすが、この家の“おかん”である。なんというか、強い。

 もちづき君は、うんざりとした様子でぼやいていた。

「雨は、嫌い。じめじめするし、うるさい」

 たまに降る雨と、雨音は好きだが、こう毎日毎日雨だとうんざりしてしまう気持ちは、私も大いに理解できる。

 加えて、雨だとお客さんの足も遠退いてしまう。晴天の半分以下だろうか。お年寄りが多く暮らす町なので、仕方がない話であるが。

「花乃、今日のおやつを、作ってくれ」

「はい、かしこまりました」

 その言葉をきっかけに、私の一日が始まる。

 今日はじめっとしているので、ひんやりのど越しがいいお菓子を作ろう。
 つごもりさんがやってきて、ぽそぽそと小さな声で話しかけてくる。

「お菓子、作る?」

「はい。今日は水ようかんを作ろうかと」

 つごもりさんが、小首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「ようかんと、水ようかん、どう、違う?」

「簡単に言ったら、柔らかさ、ですかね」

「ああ……確かに、ようかんは固くて、水ようかんは柔らかい」

「そうなんです」

 使う材料はまったく同じなのだが、ようかんと水ようかんは分量と作り方が異なる。

「まずようかんは、あんこを煮詰め、練りながら仕上げていくんです」

 すると、どっしりしていて、濃厚な味わいに仕上がる。

「水ようかんは、寒天の量を減らす代わりに、水を増やしたものになります。すると、さっぱりとした仕上がりになるんです」

「なるほど」

 寒い日はようかんと温かいお茶をまったり食べたいが、暑い日は冷えた麦茶と水ようかんをツルリと食べたい。そんなわけで、本日のお菓子は水ようかんに決定したのだ。

「では、作りましょうか!」

 つごもりさんは、コクンと頷いてくれた。

 まず、鍋に水を張り、粉寒天を加えてくるくる混ぜる。鍋に火をかけて、途中で砂糖を入れる。ゆっくりゆっくりと、溶かしていくのだ。

 この作業は、つごもりさんに任せておく。

 その間に、昨日仕込んでおいたこしあんを温め、塩を加えて混ぜる。これを、粉寒天の鍋に入れて、丁寧に溶かしていく。

 こしあんが溶けたら火を止め、水を張った大きなボウルに鍋を入れて冷やす。

 ここでしっかり冷やしておかないと、固めるときに分離してしまうのだ。カップにひとつひとつ流し込み、一時間程度冷やしたら完成だ。

 十一時の開店に間に合いそうで、ホッと安堵の息をはく。

 一時間後、もちづき君に持って行った。もちろん、氷が入った麦茶を添えて。

「あー、やっとできたんだ? ねえ、ここの部屋、むわっとしているでしょう?」