「手、あったかくなりましたか」
 途中、手を繋いでくれた志月が訊いてきた。幸希はそのまま、「あったかいよ」と答える。
 今日は外を歩くとは思わなかったので、幸希は手袋を持ってこなかった。外に出たときちょっと後悔したのだけど。
 今日は家まで志月が車で迎えにきてくれたし、車で出掛けるということは帰りも車だろうなと思って、少し遅くなってもあまり遅い時間に外を歩くことはないだろうと楽観していた。手袋を持ってこなかったのは、そういう事情でだ。
 そのことを直接話しはしなかったが、志月は幸希がそういう考えで手袋を持ってこなかったのを察したのだろう。
 「すみません」と「ちょっとでもあったまればいいんですけど」と手を繋いでくれた。普段するように。
 でも、なんだかいつも……そう、夏にしていた頃よりも……ずっとあたたかく感じた。
 嬉しいと思う心の問題だけではない。
 実際の温度として、志月の手はずいぶんあたたかかったのだ。それに包まれていれば、冷えた手もあったまってしまう。幸希に比べてずいぶん大きな手であることも手伝って。
 志月は手がもともとあたたかいからか、手袋も普段あまりしていない。
 秋の深まる頃、つまり寒くなりはじめた頃に、手袋やマフラーなどといった防寒具のことが雑談に出たとき言っていた。
 あまり必要を感じないのだという。
 一応持ってはいると言っていたが、車移動が多いこともあって、あまり使うことはないのだと。出勤時もしかり。
 そのとき「プレゼントを贈るのなら、手袋はナシってことか」と思ったので、幸希はちゃんと覚えていたのである。やっぱりプレゼントを贈るのなら、実用性があるもののほうが良いと思うので。
 そんな、手袋がなくともあたたかい大きな手。夏から何度も繋いできたけれど、握られると安心する手だ。
「手の冷たい人は、心があったかいって言いますね」
 志月が言ってきたので、幸希はちょっと懐かしくなった。
 学生時代に言い合った、ただのこじつけだ。
「小学生みたいなこと」
「そうですか? 僕はいい比較だと思いますけどねぇ」
「そうだけど」
 そんな子供のこじつけをそう取れるのがすごい、と思う。
 志月の思考はいったいどうなっているのだろう、と思うことがある。こんなにひとのことを気づかって、優しい受け取り方をして。
 幸希は今までこんなひとと付き合ったことはなかったし、その接し方にたくさん幸せをもらった。
 今だって、右手がとてもあたたかい。幸希の冷たい手をあたためてくれながら、その一方で幸希の冷えた手も肯定してくれるのだ。
「ああ、ちょうどいいですね。沈みはじめたところです」
 五分ほどでたどり着いた展望台はちょっと小高くなっていて、海が良く見えた。
 寒い中を歩くのはおっくう、と思っていたのに、景色を見れば幸希の思考はやっぱりまるで変わってしまった。
 空は青からオレンジへ変わっていくところで、まだ暮れはじめ。青とオレンジのグラデーションが一番綺麗なタイミングだろう。
 ここから陽はだんだん沈んでいくだろうし、暮れていく様子はもっと綺麗だろう。
 それにすべて見ないうちに、陽の落ち切る前にここを出れば真っ暗になる前に、ここまできた志月の車が停めてある駐車場へ帰れるだろう。用意周到過ぎる、と思う。
 水族館のこともそうだ。
 どちらかというと積極的ではない幸希の手を引いて歩くように、志月はどんどん引っ張っていってくれる。
 前へ。前へと。幸希がちょっと面倒だなぁ、と思ってしまうところへも。そしてその先には必ず良いことが待っているのだ。
 幸希はこの手をすっかり信頼できるようになっていたし、この手を取れるようになったことをとても嬉しく思う。
「綺麗だね」
 幸希は言ったけれど、そのあと付け加えた。
「寒いけど、空気が綺麗だから良かったかも。空や海は、冬のほうが綺麗に見える、っていうし」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
 幸希の言葉が肯定的だったからか、志月は、ほっとしたように言った。ここまで幸希が寒そうにしていたので、寒い思いをさせてしまったことを、悪いと思っていたのは明らかだったから。
 ……優しいひと。
 そしてその優しいひとは、不意に幸希に向き直った。
「幸希さん」
 声をかけられて、幸希は志月のほうを向く。なんだか妙に真剣な顔をしていて、幸希はどきりとした。
 これはなんだか、告白のよう、いや、もう付き合っているのだからその先。
 プロポーズかなにか。