帰りは歩きだった。
「足、痛くないですか?」
 会場を出る前に訊かれたものの、今日履いてきた下駄はもう何回も履いているので痛くはない。もともと下駄や草履には慣れているので、それほどひどく合わないものではない限り、足が痛くなったりはしないのだ。
「大丈夫だよ」
 幸希が言うと、戸渡はほっとしたように言った。
「じゃ、歩きで帰っても大丈夫ですか。ちょっと歩きたい気持ちで」
「いいよ」
 確かにバスやタクシーを使うよりも、歩いて帰りたい気持ちはわかる。
 なんとなく、花火を見た余韻を感じたい。
 それにもう一度後輩を呼ぶ、と言われるのもなんだか悪いし、とも思う。
 よって、夜道を二人で歩きはじめる。
 戸渡は人の多い道ではなく、少し人通りの少ない裏道を選んだようだ。大通りは明るくて安心するけれど、ここは少し暗い。
 ちょっとどきどきしてきた。
 恋人同士のすること。
 まだ手を繋ぐしかしていない。
 けれどもう大人なのだ。その先のことだってきっとあるだろう。
 わかってはいるけれど、そして初めてではないけれど、緊張はどうしようもないと思う。
「実は高校時代から、先輩の着物姿が好きだったんです」
 歩くうちに戸渡が、そこまでの会話とはまったく違うことを言った。唐突に昔話をされて、幸希はきょとんとする。
「凛として、格好良くて。でも着物の色や柄のチョイスはかわいらしくて。格好良さとかわいさが両方感じられて不思議だったんですが、そのバランスが好きでした」
 戸渡はとつとつと続けた。あまりに褒められてくすぐったい。
「……褒めすぎだよ」
「本心ですよ」
 高校時代のこと。茶道部でのこと。点前の会での着物の姿だろう。
 あの頃はどんな着物を着ていただろう、と思う。
 10代の女の子ではあったが、茶道の点前は正式な場。なのでシンプルなものを選んでいたはずだ。
 それでも女性の着物は華やかさも必要とされる。生地は明るい色が多かったし、控えめではあるが柄の入っているものも多かった。
 その着物をかわいらしいと言ってもらえたのも嬉しかったし、それ以上に。
 自分の立ち振る舞いを格好良いと言ってもらえたことのほうが嬉しかったかもしれない。それは着物を選ぶことよりももっと、幸希の本質に近いのだから。
「勿論、先輩のこともそのとき好きだったんですよ」
 ふと、戸渡は足を止める。
 そして言った。
 幸希の心臓は勿論ひとつ跳ねる。
 高校時代から?
 私を?
 しかし高校在学当時、そんな素振りはまるで見せなかった戸渡だし、特にたくさん話をしたりということもなく、幸希の卒業でそのまま離れてしまった。
実際、戸渡が偶然幸希の勤めるオフィスを訪ねてくるまで連絡のひとつも取るどころか、どうしているかだって知らなかったのだ。存在すら忘れていたほど。
 そこに、突然こんなこと。
 幸希が呆気にとられたのを見たのだろう。戸渡は照れたように笑う。
「当時は勇気が無くて、告白なんかできなかったんですけど。子供でした」