翌朝、タクシーで紗耶香を自宅まで迎えに行って駅に向かう。母親が駅まで送ると言ってついて来た。お弁当とお茶を買って新幹線に乗り込む。席について紗耶香の手を握ると肩にもたれかかってくる。動き出した窓の外を見ながら昨日の母親の様子を聞いてみる。

母親は紗耶香が明るく元気で帰って来たのでとても喜んだとのこと。また、母親がそっと紗耶香の部屋に来て、2日間の夜のことを聞いて今の状況がすぐに分かったようで、自分の経験からいろいろ教えてくれたと言った。

昼過ぎに東京駅に到着した。二人はスーツケースを引きずりながら、京浜東北線に乗り換えて大井町へ、ここで大井町線に乗り換えて終点の溝の口駅へ、そこからタクシーで僕のマンションへ向かう。東京駅からは1時間くらいで到着した。

部屋に入ると紗耶香が抱きついて来た。抱きしめると、すぐに身体を離して「これからよろしくお願いします」と頭を下げる。「こちらこそよろしく」と挨拶を返す。駅まで見送りに来ていた紗耶香の母親から、身体が弱いからくれぐれもよろしくと言われたのを思い出した。

「紗耶香、家事はゆっくりでいいんだよ。絶対に無理しないと約束してくれる? 紗耶香に万一のことがあったらお母さんに申し開きができないから。いいね。約束だよ」

「分かっています。母親から言われています。できないときはできないといいます」

「今日のこれからの予定だけど、今2時前なので、これから荷物を整理して5時ごろに溝の口に買い物と食事に行こうと思うけど、どうかな? 歩いて15分位はかかるけど大丈夫?」

「大丈夫です。それくらいは歩かないと」

5時少し前に二人で溝ノ口に出かけた。買い物は二子玉川でもできるが、溝ノ口の方が物価は安い。町を一周りして、スーパーの場所などを教えながら、明日からの食事の材料を仕入れた。

どこかで食事をしようと誘ったが、できたものを買って家で盛り付けるというので、調理済みの料理をいくつか買って帰ることにした。

紗耶香は家に帰ると少し休んでから手際よく買ってきた料理を盛り付けて食事を作ってくれた。

お嬢さん育ちで、何もできないのではと思っていたが、意外と手際がよいのに驚いた。母親の手伝いをいつもしているから大丈夫、それに家の方が落ち着いて食べられると言っていた。

食事の後片付けも手際がよい。手伝いをしようかと言っても大丈夫と言ってさっさと片付けた。明日から出社だが、これなら家事はまかせて安心だ。でも無理をしないといいが。

ソファーに座ってテレビを見ていると、突然、泣きそうな顔で紗耶香がやってきた。「どうしたの」と聞くと「生理になった」という。「予定は1週間先で安心していたのに、ごめんなさい」と謝る。

「謝ることなんかない。結婚式や旅行などで疲れて体調が変わったためだと思うよ、それよりも身体は大丈夫なの」

「生理は軽い方なので身体は大丈夫です」

「でもゆっくりして」

それから、お風呂の沸かし方を教えながら、入浴の準備をした。それから寝室でベッドの準備に取り掛かる。セミダブルのベッドに枕を二つ並べる。やはり照れる。

風呂には先に僕が入り、次に紗耶香が入った。ベッドに座って紗耶香が上がって来るのを待つ。

紗耶香が上がって身づくろいをしてからこちらへ来る。パジャマを着ている。

「生理中だけど、紗耶香を抱きしめてもいいかな」

「私も、抱き締めてほしいと思っていました。お願いします」

紗耶香を胡坐の中に座らせて、後ろから抱きしめる。

「これからずっと二人だけの生活だから、ちょっとの間できなくても気にしない。こうして抱き合えるだけで十分だ」

とはいっても抱き締めるだけでは物足りないので、身体を撫でてやる。

しばらくして、紗耶香が小さな声で恥ずかしそうに「母に教わってきたことをさせてください」と言う。

母親から生理になったらしてあげなさいといわれたとのこと、昌弘さんがきっと喜んでくれると言われたそうだ。やり方も教わってきたという。だからさせてくれと言って聞かない。

「本当は、すごく嬉しいけど、紗耶香に悪いから」と言っても、うまくできるかわからないけどさせてくれと聞かない。

「どうすればいいの」

「寝て下さい」

紗耶香に任せることにした。

あっという間にそれは終わった。

「ありがとう。複雑な気持ちだけど、紗耶香のその気持ちがとてもうれしい」と抱き締めた。

「喜んでもらえてうれしい。母の言ったとおり」

「おかあさんは心から紗耶香に幸せになってもらいたいと願っているのが分かったよ。期待に応えて幸せにしないといけないな。絶対に!」

それから、新婚旅行の前に母親から22歳になるまでは避妊してほしいと言われたことを紗耶香に話した。紗耶香は「赤ちゃんは天からの授かりものだから気にしないでいい」と言った。

翌日から二人の新しい生活が始まった。大学は10月から後期が始まるが、まだ1週間ほどある。その間に紗耶香は二人の生活に慣れておかなければならない

朝は6時半ごろに起きて、僕は7時半に出勤する。夜の帰宅は8時ごろになる。紗耶香もマイペースで掃除、洗濯、買い物、料理をこなしてくれている。

驚いたのは、母親が家事をすべて教えていたこと。ほとんどなんでも手際よくこなす。見ていても安心できる。

ただ、紗耶香は力が弱いので、重い荷物は持たせられない。でも買い物はショッピングバッグを引いていくので特に困らないとのことだった。

また、時間に余裕ができたので、近くを散策しているとのことだった。慣れている二子玉川にもショッピングに出かけたとのことだった。

紗耶香は料理も上手なことが分かった。味付けもいいし、材料もうまく使いこなして無駄がない。お嫁さんとしても最高だと分かってきた。紗耶香のことを何も知らなかったが、よく思い切って結婚を決めたものだと、我ながら感心した。

明け方、そばで寝ている紗耶香の身体が熱いのに気が付いて目が覚めた。まだ眠っているようだが、額に手を当ててみると確かに熱がある。体温計で計ると38℃もある。風邪でも引いたのか? 昨夜は抱きあったまま眠っただけだ。

そういえば、昨日は二子玉川のショピングセンターへ買い物に行ったとか言っていたが、生理中でもあり、疲れが出たのかもしれない。結婚式から気が張り詰めていたから何とかもっていたが、ここへきて緊張が解けたこともあるかもしれない。紗耶香は身体が弱いと聞いていたが、心配していたことがもう起こった。

「紗耶香、熱があるみたいだけど大丈夫?」

「身体が少しだるいです」

「結婚式以来の疲れが出たんだね」

「今日は会社を休んで紗耶香の看病をするから、一日寝ていなさい」

「9時になったらタクシーで近くの内科医院へ行って診てもらおう」

「大丈夫です。会社へ行ってください」

「だめだ、紗耶香にもしものことがあったらお母さんに申し開きができない。寝ていなさい!」

強く言ったこともあり、紗耶香はベッドの中でおとなしくなった。朝ごはんは何がいいか聞くと、温めた牛乳だけでいいという。牛乳を温めて寝室まで運ぶ。喉が渇いているのか、全部飲み干した。寝汗をかいていたようなので、着替えをさせた。

9時近くなると会社へ、妻の体調が悪いので1日休暇をもらうと電話した。同時にタクシーを呼んだ。

5分ほどしてタクシーが来たので、トレーナー姿の紗耶香を乗せて駅前の内科医院へ向かう。ここは風邪をひいた時にかかったことがあるが、感じのいい先生だ。朝一番なので他に患者がいなくてすぐに診てもらえた。

医師の診たては、軽い風邪で、疲れから来ているのだろうとのことで、栄養を取って1~2日は安静にしているように言われた。風邪薬を処方してもらった。

近くのコンビニで紗耶香が食べやすそうな、パンケーキやスポーツドリンク、チョコレート、キャンディなどを買い、タクシーを呼んで帰宅した。

家に着くと、すぐに寝室を軽く掃除して、紗耶香を寝かせる。リビングダイニングも軽くクイックルでお掃除をする。その後、洗濯をする。

幸い今日は天気が良いので、ベランダに干すことにした。僕の下着と紗耶香の下着をハンガーに吊るす。紗耶香の下着がとても可愛い。下着泥棒の気持ちが分からなくもない。

寝室を覗くと、紗耶香は眠っている。今日、休んでよかった。心配で一人にしておけない。

昼頃に寝室を覗くと、目覚めていてこちらに顔を向けている。

「少し眠ったら楽になった。熱も下がったみたい」

「熱が下がったからと油断してはいけないよ、晩になるとまたでるかもしれないから注意して」

「家事をしてもらってありがとうございます」

「独身の時は一人でしていたから大丈夫だ、気にしないで」

「もう、身体は大丈夫です」

「今日、1日は絶対に寝ていて!」

「分かりました」

それから、紗耶香はお腹が空いたというので、パンケーキとポタージュスープを用意して、食べさせた。食後なかなか寝ようとしないので、お姫様抱っこして、無理やり寝室へ運んで寝かせつけた。

一緒に寝てほしいというので、添い寝したところ、こちらも寝入ってしまって、気が付いたらもう5時だった。僕も疲れていたのかもしれない。紗耶香は静かに眠っている。熱もない。そっと起きて晩御飯の用意をする。

紗耶香の夕食はおじやにした。具は卵とかまぼこだけの簡単なもの。あと梅干し。味には自信がなかったけれど、紗耶香は美味しいと言って完食してくれた。

寝る前にお風呂に入りたいという。湯冷めしないように上がったらすぐ寝る約束でお風呂に入れた。

何とか一日寝かせることに成功した。夜寝るころには元のように元気になっていた。抱いて寝てほしいというので、後ろから抱くようにした。これならで発熱するとすぐに分かる。

夜中に何回かは確かめたが、幸い朝まで熱がでなかった。とりあえず、回復したみたいだ。安心した。これからも気をつけなければならない。

朝、紗耶香は一晩中夢を見ていたと言った。どういう夢かと聞くと、いつもの夢だけど僕に抱かれている夢だと言った。でも僕が抱いて眠っていたのだから夢ではないと思う。

元気なのを確認して、今日も一日外出しないように厳命して、出勤した。やれやれ。