夢中で腕を伸ばし、なんとか手すりにしがみつく。
 それでも勢いに負けて、何段か滑り落ちてしまった。

「う……」

 突然の出来事に対する驚きと恐怖に、すぐには立ち上がれなかった。
 体のあちこちが痛み、膝がガクガクと震えている。
 それでも辺りを見回し、人気がないか確かめた。
 誰かが私を落とそうとしたのは間違いない。けれど、歩道橋には誰もいない。
 静かに雪が降り積もる中、私は独りきりだった。
 夜の暗さをこんなに怖いと思ったのは初めてだ。
 
 とにかくこの場から逃げ出したくて、立ち上がる。
 身体の痛みよりも恐怖の方が強くて、私は足を引きずりながら、遠くに見える灯りを目指した。とにかく人が沢山居るところに行きたかった。
 やっとの事で駅にたどり着き、普段は使わないタクシーに乗ってアパートに帰った。


 自分の部屋に戻ったことで、ようやく安心する事が出来た。
 明るいところで痛みを感じる部分を確認すると、擦り傷が出来ており血が滲んでいた。
 右足首を捻ってしまったようで、動かすと激痛が走った。手すりを掴んだ手首にも違和感が有る。
 薬箱を出して手当てをしながら、私を突き飛ばしたのは誰なのか考えた。
 ただの通り魔的なものなのか……それとも私と分かっていて狙って来たのか。
 でも、本当に私を狙ったんだとしたら、一体誰の仕業なのだろう。大怪我をさせられる程、人に恨まれる覚えは無いし、目立たない私を妬む者もいないと思う。

「やっぱり、通り魔的なものなのかな……」

 酷い目にあったけれど、個人的に狙われたんじゃないなら、今後危険な目に遭う心配はないだろう。
 少し気が楽になるのを感じながら、薬箱を片付けた。

 キッチンで温かい紅茶を入れてお気に入りのクッションに座ると、ようやく一息つけた。
 しばらく休んでから、帰って来て放り投げたままだったバックを手に取る。
 明日は仕事だから、必要な物を通勤用のバックに入れ替えなくては。
 財布を出し、次にスマートフォンを手にした瞬間、心臓がドキリと跳ねた。
 歩道橋での出来事のせいで、すっかり頭から抜けてしまっていた雪香の事を思い出したのだ。
 着信履歴をチェックする。
 予想はしていたけど、雪香からの新たな連絡はなかった。
 気分が重く沈んで行く。何かに怯えるように弱々しい声で、許されないと言った雪香。
 結婚式当日に、姿を消さなくてはならない程追いつめられていた。

 もしかしたら、さっきの出来事は、雪香が消えたことと関係が有るんじゃないの?
 知らない内に、巻き込まれていたとしたら……頭に浮かんだ可能性に、血の気の引いた。
 再び大きな不安に苛まれ、ほとんど眠れないまま朝を迎えた