はじまりは花嫁が消えた夜

 立ち尽くしていると、ミドリが側に来て三神さんの視界から隠してくれた。

「……なんで邪魔するんだ?!」

 三神さんは、イライラしたように喚いている。ミドリは呆れた様にため息をつき、三神さんに静かだけれど、ゾッとする程冷たい声で言った。

「そんな考え方だから雪香にいいように踊らされるんだ……もう終わったんだ、自分の過ちを認めろ」

 ミドリの口から出た雪香の名前に、私は驚き戸惑った……一体どういう意味?
 そういえば三神さんも、雪香と関わりが有るような話をしていたけど。

「……あの女が話したのか?」

 しばらくの沈黙の後、三神さんが震える声で言った。

「ああ、あんたとの関わりは全て聞き出したよ」
「……あの嘘つき女が!」

 三神さんは吐き捨て、癇癪を起こした様に頭を抱えた。彼は雪香に対しても強い憎悪を持っているようだった。

 ミドリが携帯電話を取り出し通話を始めた。
聞こえて来る会話から、通報しているのだと分かる。

「すぐに来てくれるそうだ」

 三神さんはビクッと大きく体を震わせた。
それから俯き、ブツブツと何かつぶやき始める。その様子はあまりにも気味が悪くて、警察の到着を待つ間、私はミドリと一緒に外廊下に出ていた。

 蓮も一緒に来ようとしたけれど、『見張り役は必要だろ? それともひとりじゃ怖いのか?』とミドリに挑発され部屋に残ることになった。

「沙雪、随分弱ってるね……いつから閉じ込められていたんだ?」
「一週間位前から……」

 ミドリは綺麗な顔を歪ませた。

「警察が来たら、なるべく早く病院に行けるよう頼むよ。検査も受けた方がいい」
「ありがとう、それより聞きたいことが有るの」
「……雪香のこと?」
「そう、さっき三神さんに言ってたのはどういう意味? 雪香に踊らされてたって、二人の間に何が有ったの?」
「話すと長くなるから結果だけ言うと、三神は雪香に騙されて痛い目に有ったんだ」

 私は驚愕して目を見開いた。一体、どういうことなのだろう。三神さんは私を調べて雪香を知ったと言っていたけれど、嘘だったのだろうか。
 話が見えずに混乱する私を労る様に見つめながら、ミドリは話を続けた。

「雪香は沙雪の名前を使って遊んでいただろ? 三神は偶然その噂を聞いて雪香に接触して来たそうだ。倉橋沙雪だと思いこんだままね」
「それは……何の為に?」

 ある程度予想はつきながらも、ミドリの話を促す。
「三神早妃のことを責める為だったようだ。本当に沙雪かを確かめもせずに、感情的に喚いて来たそうだよ……さっき彼に考え無しと言ったのはそのせいだ」

 ミドリはそう言ったけれど、私は三神さんが間違ったのは無理無いと思った。
 その頃の三神さんは私と一度しか会ったことが無かったし、私に双子の妹が居るなんて知らなかったはずだから。

 それでもいくつかの疑問は残った。

「間違ったのは仕方ないとしても、雪香は人違いって言ったんでしょ? それでも三神さんは信じなかったの? それに私に文句が有ったのなら、どうして部屋に来なかったの?」

 わざわざ外で探さなくても、部屋に来た方が早いのに。

「三神が何故直接部屋に来なかったのかは分からない。何か理由は有るはずだけどね……それから雪香は人違いだと言わなかったそうだ」
「えっ、どうして?」
「雪香は三神の話を聞いて、だいたいの事情を察したそうだ。それで……雪香は沙雪のふりをしたまま、三神との揉め事を解決しようとしたそうだ。どうしてそんな考えになったのかは、俺に理解出来ないけど」
「雪香が……どうして」

 ミドリと同じで、私にも雪香の気持ちが分からない。

「どうやって三神さんを納得させたの?」
「雪香は三神が、それ以上絡んで来れないような手を打ったんだ」
「……どうやったの?」

 あの執念深い三神さんを遠ざける方法なんて、有ったのだろうか。

「雪香はね、三神より危険な人物を使って彼を脅したそうだ……海藤って言う男だそうだ」

 さっきから驚いてばかりだけれど、今度はもう言葉も出なかった。

 雪香に貸したお金を返せと、私を脅して来た忘れもしない男、海藤。まさか三神さんの件に関係していたなんて、思いもしなかった。

 もっと聞きたいことはあるけど、頭はパンクしそうだった。ボンヤリしてしまい考えがまとまらない。

 そうしている間に警察がやって来たので、ミドリと話している場合ではなくなってしまった。

 三神さんは拘束された。私達も事情を話さなくてはいけない。
 体力的に限界を感じたけれど、私は当事者なんだからしっかり話そうと思っていた。

 でも一歩足を踏み出そうとした瞬間、強い目眩に襲われて体が大きく揺らいでしまった。

「沙雪?!」

 蓮の叫び声を聞いたのを最後に、意識は真っ暗になり後は何も分からなくなった。



 目が覚めたのは、見知らぬ部屋のベッドの中だった。ぼんやりと見つめる先には、真っ白な天井と素っ気ない電灯。
 まだはっきりしない頭で、どこかの病院なんだろうかと考えた。辺りは人の気配は無く、静まり返っている。今は夜のようだ。

 みんなはどうしているのだろう。蓮が踏み込んで来たのは朝早くだったから、もうかなりの時間が経っている。

 気になったけれど、体が重くて起き上がれそうにない。再び意識が遠くなる感覚に逆らえず、私はいつの間にか目を閉じていた。


 私の体はかなり弱っていた様で、数日の入院が必要だそうだ。

 入院して四日目、ベッドで上半身を起こした状態でぼんやりしていると、病室の扉がゆっくりと開く音が聞こえて来た。

 じっと扉を見つめていると、蓮と気まずそうな表情をした雪香が入って来た。

「沙雪……迷惑と思ったけど、私心配で……」

 二人が近付いて来るのを黙って見ていると、雪香がベッドから少し離れたところで立ち止まりながら言った。

「俺は外してる、三十分したら戻る」

 蓮はそれだけ言うと、私の返事を待たずに部屋を出て行ってしまった。
 二人きりになった病室に、沈黙が訪れる。

「沙雪、私やっぱりちゃんと話したくて……」

 雪香の言葉に、私は小さく頷いた。

「私も……雪香には一つだけ謝らないといけないことが有る」
「え?」

 雪香は驚いたように私を見つめた。

「前に雪香を嘘つきって言ったでしょ?」

 雪香が蓮と共に私のアパートに来た時、三神さんの部屋からいつものクラッシック音楽が流れて来た。それを聞いた雪香は、以前にも聞いた事が有ると言ったけれど、私は信じないで嘘だと決めつけた。

 雪香もその時のことを覚えているようで、困惑した様子ながらも頷いた。

「あれは……私が間違っていた。嘘じゃ無かったんだね……」

 あの音楽は三神さんが越して来る前、早妃さんがいつも聞いていた曲だった。

 三神さんとの出会いを思い出したのと同時に気が付いた。三神さんはわざとあの音楽を大音量でかけていたのだと。

 きっと私が気付くかどうか、試していたんだと思う。
 でも早妃さんを思い出しもしない私に苛立っていたに違いない。

「沙雪……」

 雪香は少し驚いたように私を見ている。まさか私が謝るなんて思ってなかったのだろう。

「言っておくけど、雪香を許した訳じゃ無いから、ただ話は聞く……座って」

 愛想の無い声で言うと、雪香は一瞬傷付いたような顔をしながらもすぐにそれを隠し、ベッド脇の椅子に腰掛けた。

「雪香は何を話したいの?」

 私から話を切り出すと、雪香は迷う事なく答えた。

「全部」
「……全部って」

 私が聞きたいのは、三神さんに関する話だけで正直言って全て聞くなんて億劫に感じる。
 この前までの私なら絶対に拒否していたけれど……。

「なるべく手短に話して」

 釘を刺しながらも雪香の話を聞くと決めた。

「もう知ってると思うけど、私はずっと義父の監視下に有って自由が無かったの、義父はとても厳しい人で私にとって辛い毎日だった……そんな生活の中で蓮と会うのだけが楽しみだったの……ずっと蓮が好きだった」

 知っていたことなのに、実際雪香の口から聞くと動揺した。

「蓮は私を大切にしてくれたけれど、その気持ちは家族に向けるもので私を女としては見てくれなかった。蓮は常に恋人が居てそれを見るのはとても辛かった。でも離れられなかったの」

 その時の気持ちを思い出しているのか、雪香は辛そうに表情を歪ませた。

「いつも不満を抱えながら生活していた……そんな時に沙雪と再会したの。私すごくショックを受けた」
「……どうして?」
「沙雪はたった一人で、お父さんの葬儀を取り仕切ってたでしょ? しっかりしててテキパキ動いて……すごいと思った、私達十年前は何もかも同じだったのに、どうしてこんなに差がついてしまったのかって思った」
「取り仕切ってたって言っても、ひっそりとした家族葬だったし……」

 感心される程のこととは思えない。やるしかないから、動いてた訳だし。

 それに……葬儀の時は、私の方こそ十年振りに会った雪香を見て劣等感を持ってしまっていたのに。

「それでもすごいよ。沙雪は何でも自分で考えて決められるんだから……きっと沙雪なら義父の言いなりにならないんだろうと思った。そんな風になりたかった。双子なんだから私にも出来るはずだって……」
「私みたいに?」
「沙雪と会った日から、私は少しずつ自己主張をしていったの。そうしていると不思議なことに義父は私にそれ程厳しい態度をとらなくなった。だから外で遊ぶようになったの。蓮を諦める為にもいろんな人と出会ってみたいという気持ちも有った」
「……そう」

 雪香は不思議だと言ったけれど、私には義父の行動が理解出来た。

 雪香は暴力も含まれていた厳しい躾を受け、幼い頃から義父を恐れていたんだろう。
 でも、義父の躾は行き過ぎていながらも筋は通っていたと、蓮が言っていた。

 義父は雪香を、ただ虐めていた訳じゃ無い。
急に厳しさが無くなったと言うのは、雪香が大人になったと認めたからじゃないのだろうか。

「いろんな人と遊ぶのは楽しかった、今迄知らない世界だったし……沢山の人と出会った。自由になれた気がしたの」

 雪香の気持ちもなんとなく分かる気がした。

 でも雪香は間違ってる。
 自由になるには、その分自分で責任も取らなくてはならないのに。

「私の名前を使っていなかったら、納得出来る行動だったかもね」

 雪香はきまずそうに目を伏せた。

「自分の好きにするって決めたのに、その行動を義父に……それから蓮にも知られたくなかった。失望されたくなかった。それで初め咄嗟に出した沙雪の名前をずっと使ってしまっていた」
「雪香の中で良くないと思ってる行動は私のせいにしたかったんだ……」

 酷く勝手な話だけれど、それが雪香の本音で嘘はないのだろう。

「ごめんなさい……それでそんな時に徹と出会ったの。徹は私に好意を持って熱心に連絡して来てくれた。私は初めは軽い気持ちで徹にも沙雪の名前を名乗ったの」
「ミドリのお兄さん?」

 確認すると、雪香は静かに頷いた。

「私は段々後悔し始めた。ただ楽しければ、寂しさを紛らわせればいいと思ってた徹との付き合いが、私の中で大きなものに変わっていったから。嘘を言ったのを後悔し始めた」
「その頃から彼が好きだったの? 蓮よりも?」
「蓮より好きと言える程の気持ちは無かったけど、徹も必要だったから悩んでた……そんな時ミドリが私を訪ねて来たの」
「ミドリに、彼との付き合いを止めるように言われたんでしょ?」

 以前、ミドリから聞いた話を思い出しながら言うと雪香は頷いた。

「私、すごく動揺した。それまで徹が既婚者だって知らなかったから」

 なんとなくその時の様子が想像出来た。
 ミドリは秋穂さんの気持ちを思うあまり、雪香を強く責めたんだろう。

「怖くなって、ろくに話も出来ないままミドリから逃げたの」
「雪香が動揺するのは当然だよ、彼に妻子が居ると知らなかったんだから……でもどうしてその後も付き合いを止めなかったの?」

 突然ミドリから責められた雪香を気の毒だとは思うけど、知ってからも付き合いを止めなかったのは許されない。

「ミドリと会った後、徹と沢山話し合ったの。お互い嘘をついていたのを謝った。でも嘘がなくなったら気持ちが近付いた気がした。何一つ隠さずに話せるのは徹しかいなかった。十年一緒にいた蓮より近い存在になったの……いけないと分かっていても離れられなかった」

 雪香はとても切なそうに呟く。確かに悲恋だったのだろう。でも私は同情出来ない。

「そんなに彼が好きならどうして直樹に近付いたの?」

 初恋は叶わず、ようやく好きになれた相手には家族がいて、悲しかったはずだ。
 その痛みを分かっているのに、なぜ人を傷つけるような真似が出来たの?

「雪香は直樹が私の婚約者だって初めから知っていたんじゃないの?」

 確証は無かった。けれど勘がそう告げている。雪香は観念したように頷いた。

「沙雪の恋人だとは分かってた。ふたりでいるところを偶然見かけたことがあったから」

 確信していたのに、いざ雪香が肯定すると、気持ちが騒めいた。

「知っていながら直樹に近付いた理由はなに?」

 雪香は躊躇いつつも、語り始めた。

「徹とは話し合って別れたの。でも気持ちは治まらなくて自棄になって一人で夜で歩いていた。そこで直樹を見かけたの」

 少しだけ動揺した。直樹は仕事が忙しくて会えない日が多かったけど、出歩いているなんて知らなかったから。

「直樹は雪香と知り合う前から遊び歩いていたってことなの?」

 雪香は気まずそうに頷く。

「彼は見ていて不快になるくらい女性にだらしなくて、そんな人が沙雪の恋人だなんて信じられなかった……直樹は私にも平気で声をかけて来たの」
「それは……雪香が私の双子の妹だって分からなかったからでしょ」

 私たちは顔の造作は似ているかもしれないけど、醸し出す雰囲気はまるで違う。直樹が分からなくても無理はない。そもそも彼は私を真剣に好きだった訳じゃないのだから。

「そうみたい。私、すごく驚いた。本当に恋人なのかって。それで興味を持って話をしていたら……」
 雪香は口ごもる。

「気を遣わないでいいから、はっきり言って」
「……今度結婚するって言い出したの。沙雪のこと」
「どうせ、悪く言ってたんでしょ? ここまで来たら隠さないで」
「うん……真面目でつまらない相手だけど、お金がかからなそうだし従順だから結婚するにはいいって。結婚後も上手く遊ぶつもりだって」

 私は深い溜息を吐いた。直樹の不誠実さには気付いていたから今更傷つきはしないけど、自分の見る目の無さが嫌になる。それでも気を取り直しては雪香に問いかけた。

「肝心の雪香が直樹とつきあった理由は?」
「はじめは沙雪と別れて貰おうとして近づいたの。直樹なんかと結婚したら沙雪が不幸になるだろうから、引き離そうとした。でも予想より直樹が本気になってしまって、プロポーズされた」

 予想もしていなかった雪香の言い分に、私は大きく目を見開いた。

「なんでそんなこと? 私が直樹に騙されていたとしても、雪香には関係ないじゃない」
「関係なくないよ。沙雪が不幸な結婚したら私も悲しいし」
「嘘! 本当に私の為を思ってるなら偽名なんて使わなかったでしょ? 誤魔化さないで」

 矛盾点をつくと雪香は言葉に詰まった。

「……本当は、沙雪に感謝されたかったから。私たちずっと離れていたし、再会したあとも沙雪は私を避けているみたいだったから。良いことをすれば、喜んでくれて昔みたいに仲良くなれると思ったの」
「良いことって、直樹を取るのが?」
「だって直樹とは別れた方がいいから。私はもう自棄になっていて好きな人と結婚出来ないと思い込んでたの。そんなとき直樹にプロポーズされて……結婚すれば家を出られるし、沙雪には感謝されるし丁度よいと思った」

 私は唖然としてしまった。

「本気でそう思ったの? 感謝なんてする訳ないじゃない。だって私はその時直樹の酷さを知らなくて、ただ直樹と雪香に裏切られたのだと思ったんだから。雪香に対する感情は憎しみだけだった」

 もし本当に私の為を思うのなら、回りくどいことはせずに、はっきりと直樹の悪行を教えてくれたら良かったのだ。そうすれば……恋人の本性を知り傷つくだろうけど、ここまでこじれなかったのに。
「あの時は本気で思ったの。でも実際は沙雪と更に距離が出来てしまった。沙雪はいつの間にか引っ越ししていて、連絡すらくれなくなったでしょ? どうすればいいのか分からなくなって……その頃に三神さんと出会ったの」

 ようやく今回の気に繋がったと、私は居住まいをただした。

「その話は聞いた。三神さんも騙したんだってね」
「うん。彼は私を沙雪だと勘違いして文句を言って来た。驚いたけど私がなんとかしようとしたの」
「どうして、そんなことを?」
「初めはただの思いつきだった。三神さんの件を解決したら沙雪に感謝されると思ったし、仲直りのきっかけになると思った」
「仲直りって……雪香の中では喧嘩になってたんだ」

 そんな軽いものでは、決してないのに。

「沙雪が直樹のことで深く傷付いたとは思ってなかったけど、私に対して怒っているのは感じてたの。初めは、名前を使っていたのがばれたのかと思ってビクビクしてたけど、違うみたいだし……沙雪と縁が切れてしまうのは嫌で不安になったの」

 なぜ私と縁が切れると不安になるのだろう。元々、十年も会ってなかった絆の薄い私達なのに。

「それで、雪香は具体的には何をしたの?」
「それは……初めは適当に話を聞いて宥めれば大丈夫だと思ってたの。私、いろんな人と付き合って経験を積んだつもりになってたからなんとかなると思った」
「適当にって、雪香考えが無さ過ぎるよ」

 呆れて呟くと、雪香は顔を歪め頷いた。

「沙雪の言うとおり、三神さんは普通じゃなかった。私の話なんて聞かないし、しつこく付きまとわれるようになって怖くなった……見た目は本当に普通だったから彼の異常性に気付かなかったの」
「それは、分るけど」

 私も三神さんの見かけに騙されたから、その点は雪香を非難出来ない。

「危険に気付いてすぐに、私は沙雪じゃないことを彼に伝えたの。それで退いてくれると思ったんだけど、実際は三神さんを余計に怒らせてしまった」
「当然でしょ。散々騙したあとに本当は別人でしたって言うなんて……余計にこじれるって本当に分からなかったの?」

 前から思っていたけれど、雪香は人の気持ちを考えたりしないのだろうか。
 今だって自分が怖くなったから私を庇うのを止めたと悪気無く口にした。

「その時は分からなかった。でも三神さんをなんとかしないとって焦ったの」
「……そう」

 雪香は想像力が足りないのかもしれない。
 自分の行動の結果どうなるのかを、予想出来ないように感じる。
 だからその場の感情にまかせ、私からすれば信じられないような行動に出る。

「蓮には相談出来なかった。突然決まった直樹との結婚にもいい顔をしていなくて、そんなときに三神さんの話をしたら凄く怒ると思った。それに遊んでいたことも全て調べられて大事になる気がした」

 蓮に関しては深く考えられるんだ……複雑な思いで雪香を見つめる。

「私は困って、遊んでいた時に知り合った海藤にお願いしたの。三神さんを追い払って二度と近付けないようにして欲しいって」
「え? 二度と近付けないようにって……そんなふうに頼んだの?!」

 私が驚きの声を上げるのを、雪香は不思議そうに見ている。

「どうしたの?」

 私の反応の意味が、本当に分からないのだ。

「どうして海藤にそんなこと言ったの? 海藤こそ危険な相手だと思わなかったの? 大きな揉め事にしたくなかったんじゃないの? 雪香は何もされなかった?」

 海藤がただで頼み事を聞くとは思えない。

「海藤は普通じゃないとは思ったけど、だからこそ三神さんを追い払うには最適だった。実際に海藤はすぐに動いてくれて、三神さんは二度と私の前には現れなかったから」
「……海藤は三神さんに何したの?」
「具体的には聞いてないけど……お金を渡したのと、それから少し脅しただけだって言ってた」

 そんな訳ない。三神さんはきっと海藤に相当酷いことをされた。

 だからこそ、あれほどの恨みを持っていた……眩暈がする。

「……雪香は海藤に何か要求されたりしなかった?」
「実は……頼みを聞いて貰うお礼にお金を払う約束をしたの」
「……そのお金っていくら払う約束だったの?」

 嫌な予感でいっぱいになりながら聞くと、雪香は小さなため息の後に答えた。

「二百万円」

 悪い予想は当たってしまった。

「雪香はそのお金をどうするつもりだったの?」
「ちゃんと払うつもりだったよ。それ位のお金はなんとかなりそうだったから」
「でも実際は払ってないよね? 海藤は私のところに取り立てに来たんだから!」

 あの時海藤を恐れるあまり、詳しい事情は聞きだせなかった。裕福な雪香がなぜ借金なんてしたのか不思議だったけれど、まさか私が関係しているなんて思いもしなかった。

「いろいろあって払うのが遅れてしまっていたけど、結婚式が終わったら渡すつもりだったの」