日本三大あやかし。
それは伝説とされる3体のあやかしを指す異名である。
様々な諸説があるが有力な説によると、
大江山の頭領、酒呑童子。
平安の妖狐、玉藻前。
伊勢の鬼神、大嶽丸。
これらが三大あやかしの主な概要である――と、私はろくろさんから説明を受けた。
「どれもタチが悪いが、大嶽丸はとびきり凶悪だ。その噂、眉唾ものじゃないのか?」
到底信じられないぜとどくろさんは言う。
「どれぐらい凶悪なんですか?」
私はあやかしのことには弱いので、彼らがそこまで恐れる理由が分からない。
とびきりと言われても、その実どれくらいすごいのだろうという疑問からの質問だった。
「そりゃお前、山を覆うほどの雷雲を作り出したり、それでいて炎の雨を降らせたり、はたまた神通力を使ったりと規格外だぜ」
「なんだか神様みたいですね……」
「みたいというか神様そのものさ。およそあたしたちや人間が敵う相手じゃない。というか戦うべき相手すらない」
根本的な話、同じ土俵に立つことができないということ。
それでも当時の……陰陽師? さんたちは封印できたというのだからすごい。
「大嶽丸は退治されたなんて史実もあるけれど、あれはあたしたちあやかしの中では信じられていなかった。なにせあの鬼は〝蘇り〟という能力を持っていたんだから」
「蘇る……それってどくろさんみたいにですか?」
「ふふふ、がしゃどくろなんかとは次元が違うわ。本当の意味での〝黄泉帰りよ」
あの世から生還できる力。
どくろさんは骨は治せても魂までも治すことはできないという。
しかし大嶽丸というのは、魂があの世に送られても、元に戻せるというわけだ。
肉体だけでなく魂も不死身。
確かにこれは強力だ……。
「だから封印された――と見るのが一番有力な説。実はここ最近あやかしたちがこの街にどっと押し寄せてきている。ようは避難、外での不審な気配を感じ取ってね」
「確かに、久しぶりに来たがやけに数が多いと思ってた」
私は初めて来たから気付かなかったが、あやかしたちが普段より多く集まっているという。
「……しかももうじき満月、か」
どくろさんが空を見上げ、僅かに欠けた赤い月を睨んだ。
「怜、満月ってのはあやかしの力がもっとも高まる日なんだぜ」
「じゃあ……」
「外での段々高まってるっていう不穏な気配ってのは、もしかしたら満月に近づくことによって封印の力が弱まっているからかもしんねぇ」
人間界にも優れた鍵がある。
例えば銀行の金庫を守るための鍵とか。
しかしそれは永劫に鉄壁というわけではない。
日や雨や風に晒されれば当然風化するし、温度や湿度によって錆びて脆くなっていく。
なら鬼を縛った封印術もしかり。
諸行無常。盛者必衰の理。
――いずれは解けるのが自然の摂理というもの。
「もし、もしも本当に、その不穏な気配の正体が大嶽丸だったとしたら、復活したとしてどんなことが起きるんですか?」
私は慎重に尋ねた。
自分がとんでもないことに足を突っ込んでいることは承知している。
己の領分を越えていることも――承知している。
「そうね……」
ろくろさんは耽るようにして応える。
「まずここらのあやかしはただでは済まないんじゃないかしら?」
「だな。彼奴ほどの鬼なら一帯を自らの縄張りとするだろう。邪魔なあやかしたちは片っ端から倒していくだろうな」
私は振り返る。
そこにはあやかしたちの祭りがあった。
どくろさんやろくろさん以外にも、パシリのあやかしや、でっかいカエルのあやかしだとか、他にもたくさん。
みんな私たち人間とは全く異なる姿形をしているけれど、しかし彼らの浮かべる笑顔は本物だ。彼らは私たちと人間と同じように今を生きている。
「しかし怜の運は良いのか悪いのか。まさか写真に映るようなあやかしを探しに来た途端に大嶽丸復活の噂を引くとは」
ガシャガシャと笑って、
「残念だが、ここまでみたいだな」
申し訳なさそうに骸骨の頭をかく。
「ここまで……?」
「あぁ。噂は信じたくねぇが、ここに来たことでなんとなく肌で感じるものがある。この場所は活気と熱気で溢れているがしかし、その底に、薄くてほとんど見えないような恐怖が常に流れている」
彼らは祭りに興じている。
しかしどうしようもない恐れもまたあるという。
「満月まであと3日4日。それまでに逃げようって雰囲気が伝わってくるんだよ」
この街に集まったのも一時避難にすぎない。
本格的な避難は間もなく始まろうとしている。
同じあやかしだからこそ、戦って勝てるような相手ではないと理解しているのだ。
「俺もここから離れなけりゃいけないだろう」
「ま、また封印することとかできないんですか?」
「封印術は人間の特権だ」
「そうね。常にあやかしは解放を求め、人は抑圧を求める。心の形が違うのよ」
打つ手はないと2人は肩をすくめる。
(私は――)
大きな脅威を目の前にして逡巡する。
オカルトを信じない私があやかしと出会ったのは数時間前だった。
しかし触れた衝撃はとてつもなく、特にここまで連れてきてくれたどくろさんは、私の価値観とか感情とか全部彼方に飛ばしてくれた。
人間と判っても差別もせずに接してくれたろくろさん、こんな風になれたらかっこいいなと思える初めての人だった。
私はまだ知らないだけで。
あやかしたちには色々なヒトがいる。
怖がらすだけが彼らのアイデンティティでないと今なら断言できる。
もっと彼らと話してみたい。もっと彼らと遊んでみたい。もっと彼らと共感してみたい。
知らないのはイヤだ。
私は、もっと彼らのことを知りたいのだ。
だって私は――
「好きです」
これは、確かな私の気持ち。
「どくろさん、私、あなたが好きです」
突然のことに、どくろさんは目をパチクリ点滅させる(実際点滅はしてないけど)。
「私を抱えて飛んでくれたこと、とんでもなく感謝しています」
「え、あ、おう、その……」
「ありがとうございます。私の前に現れてくれて」
言える時に言わなければならない。
誰も過去には戻ることはできないのだから。
脅威を前にそんな気持ちを抱く。
「い、いやぁ……気持ちは嬉しいんだが、お、俺とお前はそもそも種族が――」
照れた様子で、しどろもどろに骨身をくねらせるどくろさん。
ちょっと気持ち悪い。
「ろくろさん、私、あなたも好きです」
「――え?」
「はぁ!? 怜、お前俺のこと好きって言っただろ!?」
「言いました。けどろくろさんも好きです」
ろくろさんは「困るわねぇ」と微笑んでいた。
「というか、私は結構あやかしのことが好きみたいです」
まだまだ彼らと触れ合いたい。
このまま終わるなんてことは――認めたくない。
ただそれを聞いてどくろさんのテンションは悪い意味で上がり、口数はマシンガンの弾ように増えていく。
「お、おいおいおい! どういうことだよ怜!? 前から変わり者だと思ってたがついに頭がイカれたか!?」
「そろそろうるさいですどくろさん」
「いやそれは――がしゃ!?」
と、音を鳴らしてどくろさんが砕けた。
無論私が顔面を殴ったからだが。
「な、なにすんじゃァ!?」
「はぁ。わかりました、わかりましたよ。じゃあどくろさんだけ好きじゃなくて……大好き、ってことにしておきます。差別化できたしこれで満足ですよね?」
「はぁ!? 意味わかんねぇし! なんだそのテキトーな扱い!」
「ふふふ。残念ねがしゃどくろ。今の瞬間の怜ちゃんを見れないなんて」
「ど、どういうことだ!? 顔を潰されたせいで何も見えねーんだよ!」
わいわい騒ぐどくろさんを尻目に、私は2人に改めて覚悟を決める。
もし脅威が本物だとしても、このまま好きな人たちが淘汰されるのは見過ごせない。
「どくろさん。まだ約束は続いていますからね」
「な、なに?」
「私はスクープのためにすごいあやかしに会う必要があるんです。約束を最初に持ちかけたのはあなたなのに、勝手に反故にされてしまうのは遺憾です」
私はまだ願いを果たしていない。
「ま、大嶽丸が怖いというのは十分伝わりましたよ。そりゃあサンドバッグぐらいしかできないどくろさんがビビってしまうのも当然です」
「んな――」
「骨だけじゃなく肉体があったらきっとおしっこを漏らしていたでしょう。でも超怖いんですからね、仕方ない仕方ない」
「い、言わせておけば……!」
頭部が治り、どくろさんはヌルリと立ち上がる。
そして私を上から覗きこむようにして舌鋒を放つ。
「大嶽丸なんて怖かねぇ! むしろ全然余裕! 口ではさっきああ言ったが逃げようなんてこれっぽっちも考えてなかったね!」
「へぇ。じゃあ満月になってもこの街に残るんですね」
「あったりまえだ! なんたって俺は天下のがしゃどく――」
「ではさっそくですが私の提案を聞いてください」
「無視か! 俺のカッコイイ口上は無視ですか!?」
「やかましいですよ。また拳を味わいたいんですか?」
「どうぞ、提案とやらを説明してください」
「よろしい」
「……怜ちゃんとがしゃどくろ、完全に関係ができあがっているような」
ろくろさんが苦い笑みを浮かべていた。
関係とか言われるといかがわしいので、できればやめて頂きたいのだが――今はとりあえず肝心な話を。
私が提案する事柄はただひとつ。
「大嶽丸、私たちで封印をしましょう――!」
それは伝説とされる3体のあやかしを指す異名である。
様々な諸説があるが有力な説によると、
大江山の頭領、酒呑童子。
平安の妖狐、玉藻前。
伊勢の鬼神、大嶽丸。
これらが三大あやかしの主な概要である――と、私はろくろさんから説明を受けた。
「どれもタチが悪いが、大嶽丸はとびきり凶悪だ。その噂、眉唾ものじゃないのか?」
到底信じられないぜとどくろさんは言う。
「どれぐらい凶悪なんですか?」
私はあやかしのことには弱いので、彼らがそこまで恐れる理由が分からない。
とびきりと言われても、その実どれくらいすごいのだろうという疑問からの質問だった。
「そりゃお前、山を覆うほどの雷雲を作り出したり、それでいて炎の雨を降らせたり、はたまた神通力を使ったりと規格外だぜ」
「なんだか神様みたいですね……」
「みたいというか神様そのものさ。およそあたしたちや人間が敵う相手じゃない。というか戦うべき相手すらない」
根本的な話、同じ土俵に立つことができないということ。
それでも当時の……陰陽師? さんたちは封印できたというのだからすごい。
「大嶽丸は退治されたなんて史実もあるけれど、あれはあたしたちあやかしの中では信じられていなかった。なにせあの鬼は〝蘇り〟という能力を持っていたんだから」
「蘇る……それってどくろさんみたいにですか?」
「ふふふ、がしゃどくろなんかとは次元が違うわ。本当の意味での〝黄泉帰りよ」
あの世から生還できる力。
どくろさんは骨は治せても魂までも治すことはできないという。
しかし大嶽丸というのは、魂があの世に送られても、元に戻せるというわけだ。
肉体だけでなく魂も不死身。
確かにこれは強力だ……。
「だから封印された――と見るのが一番有力な説。実はここ最近あやかしたちがこの街にどっと押し寄せてきている。ようは避難、外での不審な気配を感じ取ってね」
「確かに、久しぶりに来たがやけに数が多いと思ってた」
私は初めて来たから気付かなかったが、あやかしたちが普段より多く集まっているという。
「……しかももうじき満月、か」
どくろさんが空を見上げ、僅かに欠けた赤い月を睨んだ。
「怜、満月ってのはあやかしの力がもっとも高まる日なんだぜ」
「じゃあ……」
「外での段々高まってるっていう不穏な気配ってのは、もしかしたら満月に近づくことによって封印の力が弱まっているからかもしんねぇ」
人間界にも優れた鍵がある。
例えば銀行の金庫を守るための鍵とか。
しかしそれは永劫に鉄壁というわけではない。
日や雨や風に晒されれば当然風化するし、温度や湿度によって錆びて脆くなっていく。
なら鬼を縛った封印術もしかり。
諸行無常。盛者必衰の理。
――いずれは解けるのが自然の摂理というもの。
「もし、もしも本当に、その不穏な気配の正体が大嶽丸だったとしたら、復活したとしてどんなことが起きるんですか?」
私は慎重に尋ねた。
自分がとんでもないことに足を突っ込んでいることは承知している。
己の領分を越えていることも――承知している。
「そうね……」
ろくろさんは耽るようにして応える。
「まずここらのあやかしはただでは済まないんじゃないかしら?」
「だな。彼奴ほどの鬼なら一帯を自らの縄張りとするだろう。邪魔なあやかしたちは片っ端から倒していくだろうな」
私は振り返る。
そこにはあやかしたちの祭りがあった。
どくろさんやろくろさん以外にも、パシリのあやかしや、でっかいカエルのあやかしだとか、他にもたくさん。
みんな私たち人間とは全く異なる姿形をしているけれど、しかし彼らの浮かべる笑顔は本物だ。彼らは私たちと人間と同じように今を生きている。
「しかし怜の運は良いのか悪いのか。まさか写真に映るようなあやかしを探しに来た途端に大嶽丸復活の噂を引くとは」
ガシャガシャと笑って、
「残念だが、ここまでみたいだな」
申し訳なさそうに骸骨の頭をかく。
「ここまで……?」
「あぁ。噂は信じたくねぇが、ここに来たことでなんとなく肌で感じるものがある。この場所は活気と熱気で溢れているがしかし、その底に、薄くてほとんど見えないような恐怖が常に流れている」
彼らは祭りに興じている。
しかしどうしようもない恐れもまたあるという。
「満月まであと3日4日。それまでに逃げようって雰囲気が伝わってくるんだよ」
この街に集まったのも一時避難にすぎない。
本格的な避難は間もなく始まろうとしている。
同じあやかしだからこそ、戦って勝てるような相手ではないと理解しているのだ。
「俺もここから離れなけりゃいけないだろう」
「ま、また封印することとかできないんですか?」
「封印術は人間の特権だ」
「そうね。常にあやかしは解放を求め、人は抑圧を求める。心の形が違うのよ」
打つ手はないと2人は肩をすくめる。
(私は――)
大きな脅威を目の前にして逡巡する。
オカルトを信じない私があやかしと出会ったのは数時間前だった。
しかし触れた衝撃はとてつもなく、特にここまで連れてきてくれたどくろさんは、私の価値観とか感情とか全部彼方に飛ばしてくれた。
人間と判っても差別もせずに接してくれたろくろさん、こんな風になれたらかっこいいなと思える初めての人だった。
私はまだ知らないだけで。
あやかしたちには色々なヒトがいる。
怖がらすだけが彼らのアイデンティティでないと今なら断言できる。
もっと彼らと話してみたい。もっと彼らと遊んでみたい。もっと彼らと共感してみたい。
知らないのはイヤだ。
私は、もっと彼らのことを知りたいのだ。
だって私は――
「好きです」
これは、確かな私の気持ち。
「どくろさん、私、あなたが好きです」
突然のことに、どくろさんは目をパチクリ点滅させる(実際点滅はしてないけど)。
「私を抱えて飛んでくれたこと、とんでもなく感謝しています」
「え、あ、おう、その……」
「ありがとうございます。私の前に現れてくれて」
言える時に言わなければならない。
誰も過去には戻ることはできないのだから。
脅威を前にそんな気持ちを抱く。
「い、いやぁ……気持ちは嬉しいんだが、お、俺とお前はそもそも種族が――」
照れた様子で、しどろもどろに骨身をくねらせるどくろさん。
ちょっと気持ち悪い。
「ろくろさん、私、あなたも好きです」
「――え?」
「はぁ!? 怜、お前俺のこと好きって言っただろ!?」
「言いました。けどろくろさんも好きです」
ろくろさんは「困るわねぇ」と微笑んでいた。
「というか、私は結構あやかしのことが好きみたいです」
まだまだ彼らと触れ合いたい。
このまま終わるなんてことは――認めたくない。
ただそれを聞いてどくろさんのテンションは悪い意味で上がり、口数はマシンガンの弾ように増えていく。
「お、おいおいおい! どういうことだよ怜!? 前から変わり者だと思ってたがついに頭がイカれたか!?」
「そろそろうるさいですどくろさん」
「いやそれは――がしゃ!?」
と、音を鳴らしてどくろさんが砕けた。
無論私が顔面を殴ったからだが。
「な、なにすんじゃァ!?」
「はぁ。わかりました、わかりましたよ。じゃあどくろさんだけ好きじゃなくて……大好き、ってことにしておきます。差別化できたしこれで満足ですよね?」
「はぁ!? 意味わかんねぇし! なんだそのテキトーな扱い!」
「ふふふ。残念ねがしゃどくろ。今の瞬間の怜ちゃんを見れないなんて」
「ど、どういうことだ!? 顔を潰されたせいで何も見えねーんだよ!」
わいわい騒ぐどくろさんを尻目に、私は2人に改めて覚悟を決める。
もし脅威が本物だとしても、このまま好きな人たちが淘汰されるのは見過ごせない。
「どくろさん。まだ約束は続いていますからね」
「な、なに?」
「私はスクープのためにすごいあやかしに会う必要があるんです。約束を最初に持ちかけたのはあなたなのに、勝手に反故にされてしまうのは遺憾です」
私はまだ願いを果たしていない。
「ま、大嶽丸が怖いというのは十分伝わりましたよ。そりゃあサンドバッグぐらいしかできないどくろさんがビビってしまうのも当然です」
「んな――」
「骨だけじゃなく肉体があったらきっとおしっこを漏らしていたでしょう。でも超怖いんですからね、仕方ない仕方ない」
「い、言わせておけば……!」
頭部が治り、どくろさんはヌルリと立ち上がる。
そして私を上から覗きこむようにして舌鋒を放つ。
「大嶽丸なんて怖かねぇ! むしろ全然余裕! 口ではさっきああ言ったが逃げようなんてこれっぽっちも考えてなかったね!」
「へぇ。じゃあ満月になってもこの街に残るんですね」
「あったりまえだ! なんたって俺は天下のがしゃどく――」
「ではさっそくですが私の提案を聞いてください」
「無視か! 俺のカッコイイ口上は無視ですか!?」
「やかましいですよ。また拳を味わいたいんですか?」
「どうぞ、提案とやらを説明してください」
「よろしい」
「……怜ちゃんとがしゃどくろ、完全に関係ができあがっているような」
ろくろさんが苦い笑みを浮かべていた。
関係とか言われるといかがわしいので、できればやめて頂きたいのだが――今はとりあえず肝心な話を。
私が提案する事柄はただひとつ。
「大嶽丸、私たちで封印をしましょう――!」