「なにがあっても俺の手だけは離すな。リンクが切れて大変なことになる」

 大変な事態というのが何を指すのか。
 しかし詳細を問わずとも、このあやかしの祭りを見れば、さぞ大変なことになるだろうと自然に想像がついてしまう。
 どういうことが起きるのであれ、間違いなく無事では済まないのだろう。

「ま、ちょっと危険な社会科見学って思うことだ」
「ちょっとどろか、紛争地域に来た気分ですけどね……」
「銃も爆弾もないぞ。あったとしても俺たちには効かないけどな」

 それからどくろさんに引かれ、祭りの中に足を踏み入れていく。

「kmvfdjhう゛ぉf」「rfhvんbwvdっs」「vfdbんwsjvじゃ」「mんkfvbこぴdっc」「ljyh;tんsdvはg」「おtj3jんdldhgぉ」

 あやかしたちは楽しそうに会話をしているが、騒音も相まってどんな台詞を発しているのかまで聞き取れない。
 根本としてどくろさんは日本語を喋るけど、公用語はなんなのだろう?
 やはりあやかしにはあやかしの言語があるのだろうか?
 存在するとすれば私はそれを聞き取ることが可能なのだろうか?

「怜、足下に気をつけろよ」
「足下?」
 
 ひとごみ(あやかしごみと呼ぶべきか)をわけて進んでいくと、忠告が遅かったのかなにかが足にぶつかった。
 それは大きな笠を被った小さな男だった。彼の頭は私のひざに届くかどうかで、なぜか手には豆腐の載った皿がある。

「いたい、豆腐くずれたら、どうする」

 彼はたどたどしいながらも、ハッキリとした日本語で抗議してきた。

「ご、ごめんなさい。次からは足下気をつけます」
「じゃあ豆腐いるか?」
「は?」

 なんだ急に。
 会話に脈絡というものが存在していないぞ。
 
「いらないですけど……」
「人情なし、冷血、友達いない」
「はぁ!?」

 最後のは絶対に悪意があった。
 というか初対面でなぜそこまで避難されなくてはいけないのか。
 ただ私が眉間に皺を寄せると、小さな男は脱兎の如く走り去っていった。

「あれは豆腐小僧だ」
「豆腐小僧?」
「なんら能力を持たず、他のあやかしの小間使いとして各所に届け物をする存在。ようはパシリあやかしだ」
「な、なんかそれを聞くと可哀想ですね……」
「誰かに命令されたり怒られたりすると萎縮してしちまう。今逃げたのはよっぽどお前の形相が怖かったんだろうな。本当に可哀想だだだだだ――目に指を突っ込むな!」

 ぽっかりと開いた目の穴に二本の指を突っ込む。
 ささやかながらの抗議である(ささやかかどうかは受けている彼次第だが)。

「よ、よし、ならグルメを馳走しよう」
「グルメ?」
「俺の奢りだ。それで俺の今までの不敬発言を帳消しに。どうだ?」
「まぁ……」

 しかたない。
 彼がそこまで言うのなら、このあたりでバランスを取り戻すとしよう。
 私とどくろさんは別に主従関係を結んでいるわけではなく、本来平等なのだ。

(主従関係はない。だとしたら私たちの関係は一体――)

 ふと疑問に思う。
 私たちのつながりはなんと呼称するのが相応しいのだろう。
 友達? パートナー? 依頼主と請負人?
 それとも――

「おっさん、ジュース2つちょうだい」

 どくろさんが近くの出店に行き、おっさんと呼んだのは巨大なカエルだった。
 緑色の肌をしていて、とにかく大きい。
 目測だが3メートル以上はありそうだ。
 そんな彼が小さな入れ物でジュースとやらを作っている姿は、ちょっとだけ可愛らしいと思った。

大蝦蟇(おおがま)っつー、見たとおりカエルのあやかしだ」

 どくろさんが手短に説明してくれている内に、商品はできあがったらしい。

「おまたせー」

 と、ゆっくりとした口調でお椀のようなものを渡してくる。
 あのどくろさんが奢ってくれたと考えると、むずかゆい気持ちになるが、せっかくの好意だから――と、そう肯定的になるのは尚早だった。

「……なんですこれ?」
「なにって、カエルのタマゴジュースだけど」

 土製らしいお椀の中には薄黒い液体と、中に真っ黒なタマゴがぎっしりとつまっている。

「今流行なんだろ?」
「タピオカみたいなノリで言わないでください。完全にゲテモノじゃないですか」
「これは本物のカエルのタマゴを使っている。つまりカエル100%ジュース」
「…………」
「なんか写真撮るんだろ? いんすたう゛ぁえってよく学校で女子どもが言ってたぜ」
「……すいません。せっかくの好意ですがお断りということで」
「?????」
「いやわけわらかんみたいな顔されても……。まぁ文化圏の違いということで……」

 悪気がないのはなんとなく伝わっているので、文化圏を引き合いにしてして回避を図る。
 どくろさんは不思議そう目を細めた後、じゃあ自分で飲むと言って器を傾ける。

「って、全部零れてるし……」

 骨なのだから、収める胃袋を持ち合わせているはずもなし。
 それでも彼は満足そうな表情をしていた。
 どこに満足する要素があったか気になるところだが、水を差すようなことは避けるべきだろうと口を噤む。

「――がしゃどくろじゃないかい」

 すると今度は、どこからから女の人の声がした。
 振り向くとそこには豪奢な和服を着こなした美しい女性がいた。
 昔で言う花魁のようなヴィジュアルである。

「ン、ろくろか」
「随分と久しぶりだね」
「まぁな。今日はちと訳ありで降りてきたんだ」

 ろくろと呼ばれた女性とは知り合いらしい。
 どくろさんは平然とした様子で会話を交わす。
 
「おや珍しい、連れがいるのかい」

 私を見てろくろさんが微笑む。 
 その美しさといったらもう……もはや人の域でないだろう。
 実際人間ではないのだけれど。

「これは可愛らしいお嬢さんね。お初にお目に掛かります、あたしはろくろ首のあやかし。ろくろと呼んでくれたら嬉しいわ。どうぞよしなにね」

 軽やかに挨拶をしてくれるろくろさん。
 私はそれを受け――

「霊ヶ峰怜です。よ、よろしくお願いします」
「? どうしたの目を潤ませて? あたしなんかが話しかけちゃイヤだった?」
「いいえ……ただ、あやかしにこんな優しく丁寧に接されたのは初めてのことで、こんな方もいるんだなとなんだか嬉しくて……」
「オォォォイ! 俺がいるだろうが怜! この優しさの象徴とも呼べるようなこの俺がよ!」
「え、誰ですかあなた?」
「皆のがしゃどくろだよ!」

 あぁ、どくろさんか。
 優しさの象徴と自己紹介していたので、別人だと思った。

「がしゃどくろ。あなた人は喰わないといつも言っていたけれど、こんな可愛い子をつれてまさか……」
「いや喰わんよ。全体喰わん。そもそもこいつ喰ったら腹壊しそうだしな」
「それ私がまずいって意味ですか?」
「なんで怜がキレる!? ちげーよ。ろくろに誤解されそうだから強めに否定しただけだろうが」
「気をつけなよ怜ちゃん。どこの世界も大抵の男は一緒。がしゃどくろがいつ本性をむき出しにするか分からないからね」
「はいろくろさん」
「ろくろの言うことは素直に聞くんだな!?」

 それからろくろさんも交えて祭りを行くことになった。
 彼女はどくろさんの往年の友人らしく、普段は街の風俗街をに根を張っているらしい。
 姿や仕草も華やかだが、それでなにより性格が穏やか。
 大人っぽいというより、これが大人なんだという確信を得た。
 無理だろうけれど、私もいつかこういう人になりたいなと思えるような素敵な人であった(がさつで時々セクハラ発言をしてくるどくろさんにこんな素晴らしい友人がいるとは、本当に信じられないところである)。

「――つまり怜ちゃんは、がしゃどくろに協力をして欲しいとお願いをしたわけだ」

 どくろさんが人である私をここに連れてきた理由を問われ、簡潔に事のあらましを説明する。
 
「映像を撮るためにも、すげぇあやかしを探さなくちゃいけねぇ。だからこいつに社会見学をさせる反面、情報集めをしようとここに赴いたわけだが……」

 どくろさんは旧友に「どっかにいねぇかな?」と尋ねる。
 あやかしと知り合ったばかりの私が言うのもなんだが、そんな都合良くものすごいあやかしが近くに来ているとは思えない。
 だけどろくろさんの対応は想像とは少し違って――

「……がしゃどくろ、あなた本当に知らないんだね」
「どういう意味だ?」
「まぁずっと学校でにーとしてたから当然っちゃ当然なんだけどさ。今――あたしたちの間で持ちきりの〝噂〟がある」

 重々しい口調で、ろくろさんは語り出す。

「どんな噂だ?」
「もうじき鬼が出るって噂だよ」
「「鬼?」」 

 私とどくろさんは顔を見合わせた後、同じタイミングで問い返す。
 
「実はこの街から少し離れた場所に、天応(てんおう)の時代の鬼が封じられているという噂が流れてきたんだ」

 天応とは元号の1つで、後に詳しく調べたところ桓武(かんむ)天皇が国を治めていた時代。
 具体的には西暦781~806年の期間を指す。

「天応時代の鬼……」
「封じられたということは、言い変えれば殺すことができなかったということ。苦肉の策として封印という形をとったいうことだ」
「まさか……」
「それほどまでに強力な鬼、心当たりがあるだろう?」

 短い沈黙を挟み、ろくろさんは告げる。
 封じられし伝説の鬼の真名を――

「日本三大あやかしにして、鬼神魔王とまで呼ばれた存在――『大嶽丸(おおたけまる)』さ」