「――ほ、本当に映らない……」

 自分のスマホをどくろさんに向けるが、画面には影も形もない。
 私の瞳だけに彼はいる。

「じゃあテレビでよくある心霊特集、あの時見せられる写真や映像は――」
「ま、ほとんどが作りもんだろうよ」
「なんて夢のない……」
「怜は元々あやかしを信じてなかったんだろ? あれがパチモンだって分かってたんじゃないのか?」
「オカルトは信じていませんでした。でもそれ以上に、自分で言うことじゃないかもしれませんが……私はこれでも純粋なんです」
「はっはー! 確かに自分でいうことじゃないわな! 純粋ほどお前に一番似合わない言葉はないね!」

 ガシャガシャと音を立てて笑われる。
 
「サンタクロースを信じてます」
「お前小学生かよ! くくく、嘘つくのも大概にしとけ。高校生にもなってそんなアホな――」
「なんならこのバッドがあれば、あやかしの二体や三体倒せることも信じている」
「急に血なまぐさい話になったなおい! わ、分かった、お前は純粋だよ。だからその武器を降ろせ。本来そういう使い方をするもんじゃないだろ」

 あやかしに正論を言われてしまう。
 どくろさんは結構がさつな印象を受けるけれど、根はまともなのかもしれない。

「それで……私はどうしたらいいでしょうか?」
「というと?」
「スクープですよ。どくろさん私にしか見えないじゃないですか」

 出会い頭は「人体模型が動いた!?」と錯覚したが、彼は人体模型のお化けではなく『がしゃどくろ』というちゃんとしたあやかしだった。模型はちゃんと定位置にあり微動だにしない。彼はここに好きで居座っているだけなのだ。
 なにか有効な打開策はないだろうか?

「打開策ねぇ。あるようなないような」
「お願いします」
「どうしよっかなぁ。じゃあ裸になって校内を一周し――」

 ぐしゃり。

「うああああああああああ!? なにすんだボケ!?」
「すいません。ちょっと足を踏もうとしたら砕いてしまいました」
「前見て歩いてたら花を踏んでしまったみたいな軽いノリだな!」
「どくろさんと一緒にしないでください。花が可哀想です」
「なにィ!?」
「花は美しいですし、なによりセクハラしませんから」
「ちょ、ちょっとばかし冗談言っただけじゃねーか……たく、現代っ子はキレやすいんだから困るぜ」
「なにか言いました?」
「い、いいえ? なーもですよはい」
「あ、そういえば相対的に現代っ子はキレやすいんだそうですよ。気をつけてください」
「バッチリ聞こえてんじゃん!」

 しょうもない掛け合いである。
 根はまともと先述したが、セクハラとか意外とおやじくさいところもありそうだ(おじさんどころの実年齢じゃないだろうけど)。

「よし、足治ったぜ。さて――じゃあ本格的に約束を果たすとするか」
「よろしくお願いします」

 ようやく本題だ。

「オカルト的存在をカメラに収めたい。そうなるとやり方は主に二通り」
「2つもあるんですか?」
「ああ。1つはさっきも言ったがシンプルに特別な道具を用いること。陰陽師とか聖職者とかが持っているやつなら――」
「す、ストップストップです。なんか当然のことのように仰ってますけど……陰陽師、とか実在するんですか?」
「はぁ? 当たり前だろ?」

 はぁ? とか言われましても……。
 
(でも現代にあやかしがいるのなら、陰陽師みたいな職の人もまた現存していると考えるのが道理――なのかな?)

 良いことがあれば悪いこともある。
 表があれば裏があり、陽があれば陰がある――あやかしの世界もやはりバランス関係が内在しているということなのだろう。 

「だが本職の道具を怜みたいな一般人が入手するのは難しい」
「無理だと思います普通に。でも陰陽師……とかも案外現代的なんですね。カメラ使うんですか」
「昔は筆で描いてたけどな。あやかしの姿を1枚の絵にして情報蒐集をしていた。なんなら絵を使った封印術とかもあったんだぜ? ただし相当に上手く描ける腕と強い心持ちが要求されるらしいけど」
「へ、へぇ……」
 
 やばい。
 なんだか大変なことに足を突っ込んでしまったのではと、今になって思えてくる。
 数時間前のオカルトなんて信じないと言っていた私のイデオロギーはもはや完全に崩壊していた。

「道具の入手は不可能ということで……。2つ目の方法を教えてください」
「こっちもまた単純な答えだけどな。最初にテレビで使われるような心霊映像はほとんど(、、、、)パチモンだって言ったろう?」

 言い方を変えれば、わずかにホンモノもある――ということ。

「どうして稀にとはいえガチのあやかしを撮ることができたのか。それはそのあやかしがすっげー力をもっていたからに他ならない」
「ようは(くらい)の高いあやかしということでしょうか?」
「その通り。存在するだけで周囲に影響を及ぼすほどの高位のあやかしってのは、霊感のない人間や、普通の道具にだって捉えられてしまうのさ」

 常人にも視認されてしまう。
 そこにあるだけで日常を侵食してしまう。
 強力無比であるからこその欠点と言える。

「だから探せばいい――スマホに映っちまうほどのすっげーあやかしを」

 どくろさんはガシャガシャと快哉を叫ぶ。

「でもそれって危険……」
「断るなら断るでいいさ。あくまでお願い事をしたのはお前だからその権利がある。だが俺はお願いをされた以上なんとかして叶える義務があるわけで」
「…………」
「けどオカルトなんかっていう割に、お前の目を見る限りはワクワクしてそうだけどな」

 ワクワク?
 私が?

「そうさ。自覚ないのか?」
「ないです、けど……」
 
 ガシャガシャガシャ、彼はおかしそうに骨を鳴らす。

「境界を越えた先に、お前にとっては想像もつかなかった未知の世界が待っている。そこは真っ暗な闇に赤い月が輝き、得体の知れない魑魅魍魎どもが縦横無尽に踊っているんだ。探索され尽くされたと思われた地球、けれどほとんどの人間が知らない場所がまだ残っている。どうだい――興味が湧いてくるだろう?」

 ドクン。
 
 まただ。
 どくろさんのその真っ黒い目に覗かれたときと同じ。
 心臓が大きく跳ねる。
 一体なぜだ?

「人間がなぜオカルトに惹かれるのか、理由が分かるか?」
「いいえ」
「それはな、命の尊さを再確認できることだと俺は考える」
「命の尊さ……」

 未知に触れる。恐怖に敷かれる。
 そして自らの命の実在を確かめる。
 
「――さぁ冒険しようぜ、怜」

 私を闇へと誘っていくその燦々とした様を見て。
 この時、どくろさんは本当にあやかしなんだと私は知った。
 
「あやかしとはやかすもののこと。あやかすとはつまり、人を時に怖がらせ、時に泣かせ、時に楽しませることに他ならない。さぁ俺に騙されるかどうか決断しな」

 冒険は、危険を冒して険しい道を進むこと。
 私はたかがスクープのためだけにそんなことを――

(いいや、スクープなんてのはきっと口実にすぎなかったんだ)

 私には夢があった。
 部活などする時間はないと、友達と遊ぶ時間はないと、自分にそう念じて黙々と日々をすごしてきた。
 でもやはりずっと上手くいくことなんかなくて――

 つまらない自分を壊してくれる、奇跡のような何かを期待した。

「――分かりました」

 あやかしと出会ったことが奇跡と呼べるのかは定かではない。
 しかしかのパブロ・ピカソが冒険を讃えたように。
 私もこのまま普通の少女(、、、、、)では終われない。

「冒険しましょう――未知なる世界、興味があります」

 彼のポッカリ空いた瞳に惹かれた理由が、少し判った気がする。
 私はきっと――

「はっはー。あれだけオカルトなんてとバカにしてたのに、存外素直なところもあって可愛いじゃねーか」
「セクハラはやめてください。また砕きますよ?」
「……やっぱ全然可愛くねーや」
「砕きます」
「な、なんでだよ!? 訂正したじゃねーか! な、なにが悪かったンだよ!?」
「……知りません」

 本気で殴ろうかと思ったがその前に。
 誤解されたくないのですが、と科白を続ける。
 
「私はオカルトをバカにしていたわけじゃないですよ」

 ただ信じていなかっただけ。
 それから「素直になったな」とからかわれるのも癪である。
 だから今回はどくろさんの口車に乗った騙されたというだけであるという意味で、

「オカルトに()かされた、それだけの話です」